昼食後、有希子さんはまた来週と言い残して帰っていき、沖矢さん——の姿をした赤井さんは自室へと戻っていった。
ありすも自室に戻ったものの、特に何かすることがあるわけでもなく。部屋の入り口で佇んだまま改めて部屋を見回していた。
有希子さんに案内された部屋はベッドとデスクがあるシンプルな部屋で、誰かが使っていた様子は見られない。持ち込んだ荷物も即席で用意した着替えと大学用の荷物ぐらいで、正直ここでできることはほとんどない。
ありすは暫く考えたのち、とりあえず鞄から取り出したノートパソコンの電源をいれることにした。
画面に次々とロゴが表示されては消えてゆくのを、頬杖つきながら眺める。
良くも悪くも大学に持ち出しているこのノートPCには研究以外の”余計な痕跡”を残さないようにしていた。それは即ち他の情報にはアクセスできないということで、問題山積みの今のありすにとってはとてもシンプルに思えた。
どうせできることがないのなら、データの整理でもしてしまおう。
そう思い立つと、ありすはキーボードへと手を伸ばした。
******
あれからどのくらい経っただろう、気がつけば窓の外は薄暗くなっていて。
手元のグラスはとっくの昔に空になっていた。
「…のど、乾いた」
整理されたデータたちを眺めながらありすは小さく伸びをして呟くと、ノートパソコンをパタリと閉じて席を立った。
キッチンは昼までの賑やかさが嘘のように静まり返っている。寂しいからなのか、慣れていないだけなのか…誰もいないこの場所にありすはどこか居心地の悪さを感じていた。
他人の家の冷蔵庫を開けることに多少の罪悪感があったが、自由に使ってよいと言われているんだと言い聞かせてそっと手を伸ばす。何か飲み物がないかと冷蔵庫を見回すと、野菜や肉だけでなく醤油や味醂から味噌や料理酒まで揃っていて、ありすは改めて驚いた。
うーん、やはり赤井さんは本当に日頃から料理をしているのだろうか…
心情的には理解できないが、受け入れざるを得ないこの状況。
ありすが首を捻りながらミネラルウォーターを注いでいると、上着を着た”彼”が部屋に入ってきた。
「沖…赤井さん?」
中身が赤井さんだとわかっていても、沖矢昴の姿で出てこられるとやはり混乱して…ありすはこのカオスな状況に苦笑する。
「沖矢でいいですよ。少しお隣の様子を見てきます、暫く帰ってこない場合は…お隣の留守番をお願いできますか?」
「お隣の留守番…?」
「ええ、家の外に不審な人物がいないか程度で結構ですので」
この家の隣は阿笠邸、博士とあの少女—— 灰原哀が住んでいる家
「…わかりました」
「それではよろしくお願いします」
ありすは、玄関に向かう沖矢を横目に2階へと進む。
部屋へ戻り出窓に腰かけると、ちょうど沖矢昴が阿笠邸の敷地に入り込む姿が見えた。
そのままなんの迷いもなく家の中へと足を踏み入れて…再び外へと出てくると、沖矢さんはどこかへ出かけて行った。
その後、特に怪しい人物も現れずに小一時間が過ぎて。
日が傾き始めた頃、自宅へと帰ってきたランドセル姿の灰原哀と阿笠博士の傍には、沖矢さんの姿。
「…Mission complete」
ありすは小さく呟くと、部屋を後にした。
ALICE+