「七瀬」
「...」
「七瀬」
「...... 」

何故こうなったんだろう。
私は今、藤木遊作によって蛇に睨まれた蛙のようになっている。
ずっと見られて、名前を呼ばれている。
別に、悪いことをしたわけではない。
彼のPCを壊したわけでも、プログラムをいじったわけではない。
事の発端は、目の前でプログラムを書いていた彼を見て、ただ、名前を呼びたいと思った気持ちだった。
今まで、私は彼を「藤木君」と呼んでいた。
初めて話した時からずっとその呼び方。今はもう大分仲良くなったけれど、癖でなかなか呼べなかった。
彼も別に気にしていない様子で「七瀬が呼びやすい方で良い」と言っていた。
なのに、何故か、呼びたくなった。

「遊作」

こちらを向いた彼の表情は少し驚いていて、その表情に私は自分のしたことを自覚した。
「あ、ごめん!」と言ったときには彼はもう目の前に来ていて、私を見つめて私の名前を呼んでいた。

「七瀬」
「……」

てっきり、いつものような感じで「何だ?」と返してくれるかと思っていたのに、全く違う反応が返って来た。
発端を考えれば私が何か反応を返せばよいのに、彼のその反応は怖く感じ、何も返せなくなってしまった。
名前で呼ばれるのは本当は嫌だったのかもしれない。
呼ばれるなら、こう、好きな人に呼ばれたかったとかあったのかもしれない。
視線に耐えられずにずっとうつむいたまま、私の頭の中ではそんな考えが回っていた。

「…ごめん、本当にごめん…藤木君…」
「…え?」
「名前呼ばれるの、本当は嫌だった…?」
「は…?」
「ごめん…突然名前で呼ばれて、気分悪かった…?ほ、本当にごめん…っ」

自分の中では、何気ない気持ちだった。
でも、彼にとってはそうではなかったのかもしれない。
私は罪悪感で涙が出そうになっていた。

「七瀬」
「藤木君…ごめん」
「いや、そう言う事じゃなくて…」
「本当に…」
「美優、こっち向け」

そう言われると同時に、彼と目が合った。
彼に顔をあげられたからだ。

「…へ?」
「別に、気分が悪くなったわけじゃない…」
「本当…?」

私の言葉に彼は頷く。

「名前で呼ばれることも嫌いじゃない…少し驚いただけだ」
「怒ってるわけじゃ、ない?」
「…怒るわけない」

彼は自信の首に手を当てると小さく。

「怒ったと思わせて悪かった…嬉しかったんだ」

と呟いた。

「えっ…嬉しい?」
「ッ!……」

彼は気まずそうに机に戻ってプログラムを書くことを再開しようとしていた。
多分、これ以上は言いづらい事なのかもしれない。

「…遊作」

私は彼ーいや、遊作の名前を呼ぶ。
遊作は答えない。

「…私の名前、呼んでくれてありがとう」
「…」

遊作は答えない。
けれど、後ろから見えた彼の耳が少し赤くなっているのは分かった。
これからはちゃんと名前で呼ぶよ。









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