見てはいけないものを見てしまった気がした。
いつものように草薙さんの所に行くために、遊作を迎えに教室に入ろうとした。
そこで、見てしまった。
遊作が見たことのない女子生徒とキスをしているのを。

「ぇ…」

私は、扉の前で止まった。
本来ならばこの場所を離れたほうが良いのに、離れることができなかった。

「っやめろ!」

遊作は女子生徒を突き放し、制服の袖で口を拭う。
女子生徒は突き飛ばされた事に驚いたが、すぐに睨むような表情を浮かべた。

「告白したけど断れられたから…仕返し」

そう言うと女子生徒は、私がいる扉とは反対の扉から出ていった。
遊作は疲れたような表情を浮かべ、首に手を当てた。
その時、不意にこちらに視線を向けた。
遊作は私の存在に気がついていなかったのか、すごく驚いた表情をしていた。

「っ!美優...」
「あっ…遊作、迎えに来たよ」
「見ていたのか?」
「うん。ちょっと…」
「ちょっとってなんだ」
「ちょっとはちょっとだよ…うん」

私はなんとか笑いを浮かべる。
いつものように、動揺しているのがバレないように。

「まさか遊作が告白されるなんてね!しかも、キスされちゃってるし」
「別に、断ったらされただけだ」
「愛だけって…可愛い子だったし、もったいないじゃん」
「別に良いだろ。おまえには関係ない」
「っ!」

関係ない。
たしかに、私には関係のない話だ。
だけど、遊作が告白されてキスされた事は私にとって辛いことだった。

「そうだね。私には関係のない話だね!」
「っおい、美優?」
「ごめん、邪魔したね。草薙さんの所先に行ってて!」

そう言うと、廊下を走った。

「おい、待てっ」

遊作の声が聞こえる。
私は、走る速度を上げた。
彼が追いつけないように、早く彼から離れるように。

「はぁっ、はっ‥」

走って、走って。
私は空き教室に入り、部屋の端にしゃがみ込んだ。

「はぁ…」

息が整うと同時に気持ちも落ち着いてきた。
そして、後悔の気持ちが押し寄せてきた。

「どうしよう…なんであんなこと言っちゃったかなぁ」

関係ないと言われて、ついカッとなってしまった。
いつものように笑っていられればよかった。
しかし、私はそんな事はできなかった。

「(遊作、キスされたんだよね…)」

あの光景を思い出す。
キスのことに関しては遊作も想像していなかっただろう。
だから、彼女を突き放した。
結果的に遊作は告白を断った。それで良かったはずなのだ。
しかし、私にとってショックは大きなものだった。
何故なら、私は遊作の事が好きだからだ。

「(…辛い)」

膝に顔を埋める。
キスをされた光景と、「関係ない」と言われた事が何度も脳内で繰り返される。
消えてほしいのに、消えない。

「やだ、やだよ…」

心が、痛い。
苦しくて涙が流れた。
好きだから、できるだけ傍にいたかった。
気持ちが言えなくても、良かった。
だけど、告白されてキスされたのが辛かった。
「関係ない」と言われたことが悲しかった。

「此処にいたのか」

聞き慣れた声。
顔をあげると、そこには遊作の姿があった。

「遊作、なんで」
「勝手に走っていくから探した」

"草薙さんのところに行くから、迎えに来たんだろ?"と、そう付け加えて。

「こんな所いないで、草薙さんの所行くぞ」

その言葉に私は俯いた。
走って逃げたのに、彼はわざわざ探して此処まで来てくれた。

「おい、美優」
「 ごめん、先に行ってて。ちょっと考え事したいから」
「別にこんな所でやらなくても」
「良いの。大丈夫だから」
「…さっきの事か」
「っ!」
「やっぱりか」
「いや~かなりびっくりな光景だったからさ、あはは…」

そう言って、私は作り笑顔を浮かべた。
遊作にこれ以上変な心配を掛けさせたくなかった。

「可愛い子だったのに、もったいなって」
「それは、お前の見方からだろ?俺は違う」
「そうだけどさ、キスまで、されて…あの子本気、だったんだなって」

言葉を続けていくほど泣きそうになる。
なんとか堪えるが、声が震えるのを隠すことができなかった。

「たしかに、私には関係ない話だけどさ、辛いんだよ。すごく寂しいんだよ」
「美優…」

遊作とは、なんやかんや長い付き合いだった。
最初は全く気が合わなかったけれど、次第に少しずつ仲良くなっていった。
そして、好きという感情に変わった。

「私、遊作の傍にいたいんだよ。まだ、離れたくないんだよ」
「…泣いてるのか」

遊作の言っている通り、私は泣いていた。
だが、顔を見られないように膝に顔を埋めていた。
私が答えないから遊作も喋らず、沈黙が続く。
このまま沈黙が続けば、遊作は私を頬って草薙さんの所に行くかなと考えた。
歩く音が聞こえ、教室から出ていくのかと思った。

「…悪かった」

頭に少し重い何かが掛けられた次の瞬間、遊作に抱きしめられた。
ゆっくりと顔を上げると、頭に掛けられたのは遊作のブレザーだった。

「えっ、遊作?」
「泣かせるようなことをして悪かった」
「っ、遊作は悪くないよ。私が勝手にこんな事したのが悪いんだし」
「だが、お前が辛い思いをしたことに変わりない」
「っ、」
「…俺も、お前の傍にいたい。離れたくない。だから、告白を断った」
「それって…」
「俺は、お前が好きだ」

遊作の言葉に、涙が溢れた。

「っ、私も、遊作のこと、好きだよ」
「!、本当か?」
「本当だよ。だから、傍にいたいし、キスされているの見るの、辛かった」
「そうか…」
「でも、今は少しだけ大丈夫になった」

涙混じりだが、私は遊作に笑顔を向けた。
それを見た遊作は、少し安堵したような表情を浮かべた。

「そう言えば、なんでブレザー被せたの?」
「…泣いてる顔見られたくなさそうだったから」
「そっか、ありがとう」
「美優」
「ん?」

気がつけば、遊作にキスをされていた。
しかし、それはほんの一瞬のことで、既に私と遊作の唇は離れていた。

「っえ…」
「さっき、他の奴にキスされたから…」
「…上書きって事?」

遊作は顔を赤らめながら頷いた。

「嫌、だったか?」
「嫌というか何というか。でも、キスは嬉しい、かな」
「そうか」
「うんっ!」

私と遊作は少しの間お互いを見つめ合うと、もう一度キスをした。
まだ、私が遊作の傍を離れることはなさそうだ。



*前次#





top