つがいの春が咲いている



我々はモネータのサーシスへ捧げる悲しみを讃えた愛から生まれた。サーシスを求める昏く、悲恋的な愛。それを抱えきれなくなったモネータがサーシスの神体といえる枝に涙を落とし、花を咲かせた___。白い可憐な花は咲くと同時に散ってしまった。その様を見てモネータはサーシスに捧げるべき美しいものだと感じた。モネータは毎日涙を流してはサーシスにその花を捧げることを決意する。しかしサーシスはモネータの涙を見ていられず、ある日モネータに語りかける。
____なぜ涙を流す? モネータは答える。___貴女への愛がどれだけ言葉を尽くしても語りきれないからです。この花が唯一の聴き手なのです。それも1日で散ってしまいますが___
サーシスはモネータの愛に身じろぐ。そしてモネータの最後の落とした涙と花を見て、新たに生命を創造されこう言った。貴女の花を散らないように創った。これで泣くのをやめてくれるか___。しかし、モネータは微笑みながら首を振りました。___いいえ、サーシス。わたくしはこの花が散ることこそが美しさの証だと思うのです。ですから、わたくしの花を咲かせる土壌をください。わたくしもお手伝いますから___。サーシスはモネータの願いを聞き入れ、彼女の身体からひとつ枝を分け与えた。
モネータが彼女の神殿のそばにサーシスの枝を突き刺し、一滴の涙をこぼすと、細い枝から白い花が咲き、実を茂らせ、そこから生命が生まれた。その創造物はサーシスへの愛と希求をもち、モネータへの献身を見せた。
モネータのダクロン__涙から生まれた我々はダクリスとして、モネータに尽くし、サーシスを求める。それはサーシスとモネータが結ばれ、この世界に豊かな文化が生まれた後も、我々こそが担うべき悲愛なのである。
____我々は浪漫を語る者のためにこの身に咲く花を捧げ、智者を愛し、導くだろう。我らが世界から途絶えるまで。
(パルフォス古代寓話集より抜粋)



「パルフォス……モネータを信仰する都市国家らしい浪漫あふれる伝承ですね」
聞き終えたヒアンシーがうっとりしたように、ゆっくりと瞬きをした。
「伝承自体はわかったけど、結局これがアナイクス先生の何を示すんだろうか」
「そう、ですね。モネータならオクヘイマへ行って、アグライア様にお話を伺っても良いのかもしれません……」
ファイノンの疑問にキャストリスはゆっくりと本の表紙を撫でた。
「何もお役に立てていませんね……」
「いいえ、キャスたん!そんなことありませんよ!」
行き先を見失って背中を丸める二人に向かって、ヒアンシーは立ち上がった。
「ふふん、関連する書籍さえわかってしまえば、こうして、こう!です!」
「?ヒアンシーさん、何をしたんだい?」
「樹庭のデータベースで『パルフォス古代寓話集』で検索したんですよ〜」
ほらほら、とヒアンシーが自分の石板の画面を見せた。そこには関連する論文が一件あることを表示していた。
「えっ、そんなことができるなら初めから『ダクリス』で調べればよかったじゃないのかい?」
「ふふ。それが……樹庭には膨大な数の蔵書があるので……タイトルでしか絞り込むことができないんです……ですから論文で引用されている資料が見つかれば関連資料も見つかるという話なのです」
「な、なるほど」
「一件ありますが、これは礼拝学派の論文みたいですね。閲覧申請に行きましょう」

司書の席は友愛の館の奥にある。いくつも書架を乗り越えて、司書のいる席がちょうど見えてくる。無数の資料に埋もれながら司書が蔵書の整理をしているところだった。ファイノンたちに気づくと顔を輝かせ、「ちょうど良かった!」と大量の資料を指差した。
「あなたたちとてもいいタイミングで来たわね!これをしまうのを手伝ってくれないかしら?」
「もちろん!あっ、でもこっちも探している資料があるんだけど……」
「あはは、全然よ。じゃあ先に聞いてしまおうかしら……。何かお探しですか?」
ファイノンは司書から資料を両手いっぱいに受け取る。全て礼拝学派の書いた論文のようだった。神、タイタン賛歌、寓意、神跡____。いかにもな単語が並んでいるタイトルを見てファイノンは眉を下げた。きっと、アナイクスならこれを見たらきっと鼻で笑うだろう。そのまま司書の指示した方向へファイノンは資料を仕舞いに向かった。
「ファイノン様。私はこちらの資料をしまって参ります」
「ありがとう、キャストリスさん!助かるよ」
資料を運ぶファイノンとキャストリスの代わりにヒアンシーが一歩進み出ると、石板の液晶を司書に見せた。
「探している資料なんですが……『なぜモネータは花は散ることが美しいと定めたのか?パルフォス古代寓話集におけるモネータからの考察』です!」
「ああ……その論文は樹庭では賢人の許可がなければ読めないわ。もう古い論文だしね。」
メガネのつるを右手であげ、司書は即答した。想像以上に厄介な伝承に手を出したようだった。ファイノンは手早く資料をしまうと、そっとヒアンシーと視線を合わせた。悪戯っ子のようにグリーンの瞳が光っている。心配そうなキャストリスにファイノンは深く頷く。
「問題ありません!わたしたち、アナイクス先生から許可はいただいています!」
「アナクサゴラス教授の……。しかし、礼拝学派のものですから。少なくとも二名以上の教授からの許可が必要です」
「駄目、ということですか……」
「ごめんなさい。ファイノンとキャストリスには資料を手伝ってもらったのに。もしよければ私の方から礼拝学派の教授に閲覧許可が出せないか確認してみるわ」
「いいんですか?」
「ええ。そのくらいはね……けれどあまり期待はしないでちょうだい。礼拝学派と知種学派の仲はあなたたちもよく知っているでしょう?」
せめてのお詫び、とオクヘイマで流行っている焼き菓子を渡された。球体状の可愛らしいその包みを手元でころころと転がしながら、ファイノンは思わず大きくため息をついた。
「困りましたね……一応ダメでも連絡はいただけますが……最速で明日の昼になりそうですね。うーん、期限的に……」
「本当にアナイクス先生も無茶を言うよね……」
「ですねえ……」
「ヒアンシー……!それからキャストリス、ファイノンまで。ちょうどよかった、全員揃って落ち込んでいるところちょっといい?匿ってくれる?」
先ほど講義を終えた時と変わらない表情でエフィメリアが飛び込んできた。いつも通り皮の鞄を抱えて、エフィメリアは肩で息をしている。
「匿うって何からですか?」
エフィメリアはヒアンシーの言葉を最後まで聞く前に、資料の側にしゃがみ込んだ。司書は慣れた顔でエフィメリアを無視して資料整理を続けている。顔を見合わせるが答えがさっぱり見えてこない。

「こんにちは、資料受け取りに来ました……って今日は結構な人出だね」
ファイノンに気づくと青年は笑いかけた。
「そういえばあれから、エフィメリア先生を見かけた? さっき研究室もみたけれどいなくて」
「いや……みていないよ。君はたしか礼拝学派の……」
「そう、さっきの授業では面白い意見を聞かせてもらったよ。あの感じだと研究室で」
「三人が揃って友愛の館にいるなんて、何かを探しているかい? 確かキャストリスもファイノンもそろそろ卒業なのにそんな重い課題が残っていたの?」
「ええと……」どこまでいっていいのか。ファイノンの喉元で言葉が絡まっていくのを感じた。アナイクス先生に出された課題。ダクリスについて。論文が読めない。
口籠るファイノンたちに礼拝学派の青年は苦笑し、彼らの手の中を見た。ヒアンシーの石板。口籠るファイノン。本を両手でしっかりと抱えるキャストリス。
「それって『古代パルフォス寓話集』……君たち、もしかして『ダクリス』について調べているの?」
「実はそうなんだ。その、なんて言うのかな、きっかけは野暮用なんだけど……論文を読もうとしたら教授ふたり以上の許可が必要だって言われちゃったんだ」
「君たちが読みたい論文って『なぜモネータは花は散ることが美しいと定めたのか?パルフォス古代寓話集におけるモネータからの考察』?」
「すごい!当たりだ!」
「僕が今借りている論文だよ。パルフォス古代寓話集からあの論文に辿りついたからよくわかる。司書さん、これって僕が借りているものを見せるのってありなのかな?」
「又貸し……」死神でもみたかのように司書は小さく悲鳴をあげた。
「これは独り言だとしたら?」青年は司書さんに畳み掛けるが彼女は渋面のまま硬直した。
「そこまでしてもらうのは悪いよ。僕たちはあくまでもちょっと知れればいいくらいなんだ」肩を叩いでファイノンが彼を引き止める。
「残念だなあ、ここで恩を売ってエフィメリア先生との間を取り次いでもらおうと思ったのに。それで、君たちは実際問題どうするんだい?」
「どうしようか……他に関連する資料にあたるのがまず浮かぶけれど、普通に調べても出てきなかったんだよね」
ファイノンはこめかみを抑えながら、ヒアンシーやキャストリスに助けを求めた。
「神話生物の観点っから調べてみるのはいかがでしょうか。古いものでなければ論文も確認できますし、山羊学派がそういう研究を進めてましたし」
「アナイクス先生の言葉を改めて振り返ってみてもいいのではないでしょうか。もしかすると、何かヒントが隠されているのかもしれません!」
「……あはは、大変そうだね。アナイクス先生のところを選ばなくて正解だったみたいだ。僕もダクリスについてはもっと知りたいから何か分かったら教えてよ」
三人が始めた議論に彼は苦笑し、そのまま資料を受け取ると去っていった。