わたしの海で泳いでください
事故のように、アイツはオレの人生に割り込んできた。それ以上でもなきゃ、それ以下でもない。ドラケンに出会ったあんときの家出を『ドラマ』に例えるなら、きっと、ルイとの出会いはありふれた事故だ。
事故がありふれてたまるかって言われても困る。だって、オレたちの間にドラマ性なんか微塵もねえんだ。多分これからも。
ただ偶然、おんなじ歩幅だっただけ。でも、だからこそ、俺は白樺ルイをどうするべきなのかがわからない。
春のような、雪のような、そういう古典的な形容詞が似合うヤツ。だけど一個の人間であることは疑いない、俗っぽくもあるヤツ。
アイツが泣いたのは片手で足りるだけ、もちろん大寿君に聞いてみればごろごろでてはくるんだろうけど。
でも、オレの前で泣いたのはほんと、今日とか、いつかのクリスマスの日とかだけだ。それ以外はいつだって狂ったように笑っている。笑顔しか知らねえのかよって、オレには言えなかった。
でも泣きたいのを堪える必要はないだろ?安心しろよ、オレが泣いてんの隠してやる。なんなら、ちゃんとした嗚咽のあげ方だって教えてやるからさ。そんな顔すんなよ。……いっとくけど、泣きたいとき泣けばって最初に言ったのはそっちが先だからな。
「ルイの泣き顔は、オレが知ってればいーんだよ」
愛してる。好きだ。
どれも不適当。大人になっても、というか10年経っても、オレのオマエに向ける感情に、当てはまる言葉を正しく理解できない。
言葉がこんなに難しいって知らなかった。オマエと出会わなければきっと、オレは、『愛してる』『好きだ』の言葉だけで生きていけたんだろう。オレの人生はオマエの存在あるなしじゃ、大して変わんねえ。わかってる。でもさ、オレ達は出会えたわけじゃん。
「誰よりもトクベツなんだ」
初めて吐く言葉ではなかった。
今まで付き合ってきた女の子と何が違うのか、なんて語れない。だってカノジョたちのことだってちゃんと好きだった。
オレだって健全な男だし、きれいでかわいくて、手を繋いだりとかセックスしたりしたカノジョを、正しく恋愛として好きだった。フラれるなんて夢にも思わなかった。尽くしたつもりだし、未来でカノジョがいないなんて想像したりしなかった。
馬鹿のひとつ覚えだっていっていいしふざけんなってキレてもいい。ルイの口癖の通り「ばか」って言ってくれていい。でもその「ばか」がオレだけを指していて欲しいんだって話。
なあ、おじいちゃんとおばあちゃんになるまで仲良くしようぜ。
◇
スケッチブックの表紙を撫でる。黒いサインペンで15と振られた文字を指で引っ掻いた。
「……ルイのウエディングドレスのラフとか描いたりすんだけど、それをきて誰のとなりに立ってるビジョンも納得いかねえの」
我ながら最低な切り出しだった。でも、それ以外に言えない。好きだから結婚しないでほしいわけじゃない。
きれいに笑うオマエの横顔とか、白い生地に並べた白い刺繍が揺れるスカートとか、ピンクっぽいルージュの乗った唇とか、そういうのが全部オレの中でぐちゃぐちゃになる。
幸せならいい。強がったって、オレはオマエにコッチを見ろって言いたくなる。
「だからさあ、別な男と結婚するのやめてくんない?」
へらへら笑って、ルイの返答を待つ。ばかいうなって、言われんのかな。
「ばか、タカって本当にばかだよ。あなたはほんとうにばか」
「……いくらなんでもそこまでは言い過ぎじゃねえか」
「だってばかじゃん。わたしが男と本当に結婚まで至れるとでも思ってるのがサイコーにばか!」
不機嫌なルイの顔。嘘だよ、とか本気になってんなよバーカ、とか前もって準備してた言葉はなんも出ない。ルイがオレに抱きつく。
黒いピンヒールが床に転がった。裸足のルイが椅子に座ったままのオレを抱きしめている。
冷房の中、身体だけが熱かった。
鬱陶しいとか邪魔だとかそういうことはいつだって言えた。でもオレは、ルイの背中に手を回す。肩甲骨と背骨が確かにそこにある。
「結婚は、父さんがノリノリだっただけで、わたしと彼にはそんな覚悟なかったの」
「……すげぇダセーじゃんオレ」
「まあ今回はユズハと八戒にうまく言ってるって話ちゃったのがアレだったかも」
ぎゅうと抱きついてくるから、表情が見えなかった。
「こっち向けって」
「やだ」
ガキみたいな幼い言葉に笑って、力任せに身体をひっぺがす。やだっていう割になんの抵抗もなかった。ずるいよな、やだって言われたらオレが絶対するってわかったんだろ。
「……泣いてんじゃん、泣きてーなら大人しく泣きたいって言えよ。何回も言ってんだろ?」
ルイがガキみたいにたくさん目に涙を湛えて、それでも大人みたいに微笑んだ。いつだってそう。
決まってルイはオレの前じゃすぐ年上ぶって、オレのこめかみに触れる。子供が親にするみたいに、髪を撫でて、タカ、名前を呼ぶ。
「知ってた?もうとっくに10年経ったよ」
答え合わせをしよう、ルイの細めた目から涙が落下した。幸せなのか、辛いのかわからないけど、でも、今度は10年なんかじゃ足りないよな。
21.07.18