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森の奥深くにある屋敷。そこにある兄妹が暮らしている。

「今日は寝坊しなかったんだね、オルガ」
「私だって、ダイアゴン横丁に行く日くらいは早起きできるよ」
「お兄ちゃんは毎日早起きしてくれると嬉しいんだけどなぁ」
兄のアランは朝食を作りながら、オルガに話しかける。そうして、焼き立てのトースト、ふわふわのスクランブルエッグを食卓に並べ終え、2人は朝食を食べ始めた。
「買い物のリストを忘れないようにね」
「うん、ちゃんと持っていくよ」
9月から、オルガはホグワーツ魔法魔術学校に入学する。その準備をするために、ダイアゴン横丁へと買い物をしに行くのだ。
「オルガはどの寮に入るんだろうね?」
「うーん、私も特に入りたい寮ってないからなぁ。アランはスリザリンだったっけ?」
「そうだよ。でも、オルガの父さんはグリフィンドールで、母さんはレインブンクローだったし、オルガ次第だね」
オルガとアランは血の繋がった兄妹ではない。アランをオルガの両親が引き取り、同じ屋敷の中で育つことになった。アランとオルガの間には16歳の差があったが、2人は本当の兄妹のようである。

「じゃあ、そろそろ行こうか」
「…やっぱり今日も煙突飛行?」
「オルガ、煙突飛行には慣れておくべきだよ」
「今までずっと苦手なモノを慣れるのは結構難しいと思うんだけど」
「何事も経験だよ。ほら、入った入った!」
煙突飛行が苦手なオルガを暖炉に押し込み、アランは注意を促す。
「いいかい?落ち着いて着地するんだよ。僕もすぐに行くから、待っていて」
「…わかった、がんばる」
オルガは手に煙突飛行粉を取り、それを足元に投げつけながら「漏れ鍋!」と叫んだ。

ガタッ!漏れ鍋の暖炉近くで、派手な音が鳴った。
「やあオルガ。相変わらず下手っぴだなぁ」
漏れ鍋の店主トムはそう言いながら、オルガを助け起こす。
「ありがとう、トム。でも、こればっかりは仕方ないと思うの」
「そう言われちゃあな…まぁいつかは慣れるさ!」
「だといいのだけれど」
「今日はアランと一緒じゃないのかい?」
「ううん、もうすぐ来ると思う」
そう会話をしているうちに、アランも暖炉から現れた。ただし、オルガとは違って華麗な着地をしてみせた。
「おぉ、アラン!」
「やあトム!今日も妹が世話になったね」
「どうってことないさ。今日は2人で買い物かい?」
「あぁ、オルガの入学準備のためにね」
「そうか、オルガも大きくなったってことだな。ん?ってことはハリー・ポッターと同じ学年なのか」
「ハリー・ポッター?」
オルガとアランは同時に聞き返した。
「さっきハグリッドと一緒にダイアゴン横丁に行ったよ。」
「じゃあ、どこかで会えるかもしれないねオルガ。友達1号になったりして」
ハリー・ポッターは、生き残った男の子と呼ばれている。11年前に例のあの人を退けたことで有名だ。しかし、オルガは然程そのハリー・ポッターに興味はなかった。
「そうかもね」
オルガはアランに当たり障りのない返事をした。

トムに挨拶をした2人は、魔法使い、魔女がひしめくテーブルを通り抜け、煉瓦で囲われた中庭へ出た。アランが取り出した杖で煉瓦をコツコツといくつか叩くと、煉瓦の壁は独りでに動き出し、ダイアゴン横丁への道が開かれた。
「まずはグリンゴッツに行こうか。お金を引き出さなきゃ」
アランがそう言って、2人はグリンゴッツへと向かう。目的地へと辿り着き、アランは小鬼に鍵を渡した。
「シュタイナーの金庫を」
「かしこまりました。どうぞこちらへ」
鍵をじっくりと見て確認し終わった小鬼が歩き出し、2人もその後に続いた。

お金を引き出し、マダム・マルキンの洋装店でローブをつくり、フローリシュ・アンド・ブロッツ書店で教科書を揃えた。鍋も買い終わった。残すは杖のみである。オリバンダーの店に到着し、店内へ入った。

「いらっしゃい、オルガ・シュタイナーさん。お待ちしておりました。」
オリバンダーが店の奥から出てきながらそう言った。
「こんにちは。今日は杖を買いに来たのだけれど」
オルガがそう返すと、オリバンダーはにっこり笑いながら、杖を並べ始めた。
「ええ、この店に必ず貴方にぴったりの杖がありますから、お任せください」

しかし、杖選びは困難を極めた。店に来てから軽く1時間は超えている。オリバンダーも心なし疲れているようだ。一方のオルガも杖を選ぶためとはいえ、窓を割りまくるなど店内を荒らしていたため、申し訳なく思っていた。

「アラン、杖なしでもホグワーツに入学できる?」
「そんなこと言わないで、オルガ。きっともうすぐ君ぴったりの杖が見つかるから」
2人でそんな会話をしていると、オリバンダーが叫んだ。
「そうだ!もしかしたら!」
店の奥へ向かったオリバンダーはごそごそと棚を引っ掻きまわし、1つの箱を取り出した。
「これをお試しください。樺の木に、セストラルの尻尾の毛、29センチ」
渡されたのは、一見真っ黒だが、光が当たると青黒く輝く杖だった。オルガがその杖を振ると、杖先から星屑のような光が溢れ出し、店内を舞った。
「素晴らしい!この杖は初代店主が作ってからというもの、まだ誰の手にも渡っていなかったものです。このままずっとどの魔法使いにも忠誠を誓わないのかと思っていましたが…いやはや素晴らしい瞬間を見た」
オリバンダーは興奮しているようで、目を輝かせていた。
「オリバンダーさん、本当にありがとうございました。一時は杖を諦めないといけないかと覚悟しちゃいました」
オルガも長く時間をかけたが、自分にぴったりの杖が見つかって喜んだ。
「いやいや、此方こそ素晴らしい瞬間を見せてもらって嬉しいよ。その杖は変身術や無言呪文に優れている。きっと貴方の力になることでしょう」
杖の代金7ガリオンを支払い、2人は帰路につく。漏れ鍋へと戻り、再び煙突飛行をすればもう家だ。

「そういえば、ハリー・ポッターと会わなかったね」
アランがそう言ったところで、オルガもやっとその事に気がついた。
「そういえば、そんなこと言ってたね」
アランはオルガが然程ハリー・ポッターに興味を抱いていないことを気づいていたようで、オルガの返事にくすくすと笑った。