がんばる
『笑う任務の鬼』とは、私のことだ。
どんなランクの任務も笑って「はい喜んで」と素直に請けてしまうから、そんなあだ名がついてしまった。
犬のお守りから隣国大名の暗殺まで、どんな仕事でもやりたかった。やらせて下さいと上司に頼み込む内に、気づいたら取り組んだ任務が二年間で三千にも及んだ。
換算すると、一日に四つ前後の任務を引き受けていたことになる。
私には出世欲があった。
ただし、頂点の風影を目指すことには全く興味がなくて、むしろそのサポートをする秘書になりたかった。
その秘書になるには、認められるには多くの経験と実績が必要だった。
そのため私は、任務の鬼とまで呼ばれるほどに大量の任務を引き受けてきたのだ。
もちろん、成功ばかりではないし、私自身に特別な力があるわけではない。
常にメモと予習復習、調査、努力と根性、トライアンドエラーのおかげで「あの忍に頼めば間違いがない」とまで言われるほど信頼を得られるようにもなった。
これほどまで任務に執着し、遂行し、自分のキャリアを高めようとする私の原動力。それは、
「風影様、よねぇ?」
ランチを共にしていた同僚のスズちゃんにからかわれ、私は飲んでいたコーヒーでむせた。
「正に一途。健気。その言葉、ほんっと名前子、アンタのためにあるようなもんだと思うわ」
「す、スズちゃん……声大きいよ」
スズは同僚でもあるが私の幼馴染で、小さい頃からお互いをよく知っている。背中のほくろの数、足のサイズに胸のサイズ、好きな香水、好きな人まで。
「ま、そのおかげで明日から風影様の秘書になれるんだから、すごいよね」
「うん……もう一人の人と引き継ぎから始まるんだけどね」
そう。私が秘書になりたかった理由は、風影様――我愛羅の隣りに立ちたいからだ。
彼と同じものを見て、彼が描く里の未来を一緒に支えたいと思う。
おこがましいかもしれないけど、その一心でここまで来てしまった。我ながらよくやったと感心してしまう。
私は明日のことを思うと胸がドキドキしてきてしまった。
「明日、頑張ってね」
「大丈夫……かなぁ、ちょっと不安」
秘書候補の募集があったのは、前任の方が高齢で退任されるからだ。
選抜には一波乱あったのだが、それは割愛。これから引き継ぎを受けながら、もう一人の秘書候補と能力を競い、風影自身が決めた候補どちらかが側近になれる。
自分は上手く立ち回れるだろうか。
「緊張しすぎてまた言葉が出なかったらどうしよう……」
「あはは、心配しすぎよ。……名前子、」
スズちゃんが珍しく真面目な低い声で私を呼んだ。うん?と答えると、私の手を取って真っ直ぐに見つめてきた。
「大丈夫。アンタは今日までひたむきにやってきたじゃん。伊達に三千も依頼はこなしてない。これからが勝負なんだからね、もう一人の秘書候補に絶対負けんな!」
「……スズちゃん……」
私はキラキラと目を潤ませながら彼女の言葉に感動していた。スズちゃん、まさかこんなに私の事を応援してくれていたなんて……。
ありがとう、私も嬉しいよと返そうと口を開いた瞬間、彼女がニヤリと笑みを作る。
「ま、我愛羅と進展あったら教えてよね! 面白おかしい話、期待してるから!」
「ええっ!? も、もう……」
何だかんだで最後にからかってくる親友は、やっぱりいつもの親友だった。しかしその言葉のおかげで、肩の力が少し抜けたような気がするのだから不思議だ。
私は会計が済んだ後、早速家に帰り明日の準備に取り掛かった。
翌日。
私の一日は起床四時、毎朝の鍛錬から始まる。凡小な自分は鍛えていないと体がいざという時に動かない気がして、毎朝かかさず続けている事だ。
服を着替えて朝食を取り、忘れ物がないか確認した後に本部へと向かう。
風影室の場所は知っている……はずなのに、緊張しすぎて反対方向へと向かってしまい、受付のお姉さんに呼び止められる。
もう片方の候補の人は、まだ到着していないようだ。私はドキドキしながら、唾を飲み込むと軽く扉をノックする。「入れ」という短い言葉の後に、私は失礼しますと扉を押した。
部屋は両サイドに同じような扉が取り付けられ、扉を挟むように背の高い本棚が並んでいる。里を一望できるガラス窓を背景に、風影様の椅子と長机が配置されていた。そこに、彼――風影様の我愛羅が書類に目を通しながら座っていた。
「お前が名前子か」
「は、はい」
ちらりと翡翠色の瞳が私を捉える。目が合えば、ドッドッと胸の奥で我愛羅に太鼓を叩かれているような気分になる。
緊張が半端ない。何だか下手なプレッシャーのせいで気持ち悪くなってきた。
それでも、ここはきちんと挨拶はしておきたい。
「き……今日から秘書候補としてお世話になります、宜しくお願い致します」
「そう固くならなくていい」
風影様は、先程より柔らかい口調でそう言うと、ゆっくりと立ち上がり私が出てきた扉を見つめた。
首を傾げて後ろを振り向くと、ノックの音と共に前任の秘書のナマリ様と、もう一人の秘書候補の方がやってきた。
私は軽く会釈をすると、二人も同様に会釈で返す。
「これで揃いましたな」
ナマリ様が嗄れ声で私たちを見渡すと、えほんと咳払いをして説明を始める。
「では、それぞれ自己紹介をして頂きましょうかな。私が現風影様の秘書を務めておりましたナマリと申します。風影様はもちろんご存知で、お二人は候補者選抜試験の時にお会いしましたな」
「はい」
私は軽く頷く。では、奥の方から……ともう一人の候補からの紹介が始まった。
「はじめまして、私はプラチナと申します。私のサポートで風影様が十二分にお力を発揮できるよう、尽力致しますわ」
ナマリ様が感嘆の声を漏らす。
というのも、隣りをチラリと盗み見たが、プラチナという人がとても美しかったのだ。
名前の通り白銀の髪に、透き通る青い瞳。雪のような白い肌に、華奢な体は男性の庇護欲を掻き立てる。
隣に置いておくには相応しい秘書だろう。
あんまりじっと見ていたものだから、ぱちっとプラチナさんと目が合ってしまった。彼女は私を一瞥すると、フッと目を細め笑った。あ、何か今馬鹿にされたかも……。
「では、次は名前子殿に」
「あ、はい」
自分の名前が呼ばれ、風影様やナマリ様に向き直る。
……やばい、風影様が見てる。私はさっきまで何を言おうか考えていたことがすっぽりと抜け落ち、慌てながら答えた。
「名前子です。……ええと」
だらだらと汗が滴り落ちる。
な、何か言わなきゃ……。そう考えれば考えるほど、ドツボにはまって言葉が出て来ない。心なしかお腹も痛くなってきたような気がする。
私が口をもごもごさせていると、不思議に思ったナマリ様が首を傾げて「どうされましたか?」と聞いてくる。プラチナさんがくすりと口元に笑みを浮かべたのがわかった。
やっぱり、不安の通りこうなってしまった。
私は周りから複数の人に『見られている』と思うと、極度の緊張が襲い、上手く喋られなくなる。任務を山ほどこなしても、参考書を読もうとも、これだけは治らなかった。
ナマリ様がため息をつき、私の紹介を簡単に済ませようと口を開いたその時。
風影様が私の前に立って見下ろしていた。
「部下からよく話を聞いている」
「……え」
私は半泣きの顔で風影様を見つめた。何の話だろうと。ナマリ様もプラチナ様も風影様を見つめていた。
「二年で任務を三千もこなしたという、『笑う任務の鬼』苗字名前子だとな」
「あっ……ご存知だったのです、か」
「……候補者に関する情報は念のため俺も調べている」
私は風影様の耳にまで通り名が知られていたかと思うと、恥ずかしくて頬が熱くなり思わず俯いてしまう。
風影様は表情の変わらない顔で目を細めながら、
「『笑う任務の鬼』とやらが、どれほどのものか。期待している」
そう言って、私を真正面から見つめてきた。
私は目をぱちぱちと瞬かせ、ずっと追いかけてきたその人を見上げた。
……風影様は、私のことを知っててくれたんだ。そして、期待してくれてた。
ずっとずっと風影様のために、風影様の隣りに立ちたくて、追いかけていた私は、その言葉で胸がいっぱいになった。
ふと、親友のスズちゃんの言葉が脳裏によみがえる。
『大丈夫。アンタは今日までひたむきにやってきたじゃん。伊達に三千も依頼はこなしてない』
……そうだ。私はやっと、風影様のところまでやって来れたんだ。
それは私が、今まで死ぬ目にあいながらも頑張って任務や色んなことに挑戦してきたから。
何で頑張ってきたか。それは、風影様の隣りに立ちたいから。隣りで彼の支えとなって、里を一緒に守っていきたいからだ。
私は目をごしごしと擦って、くっと顔を上げる。風影様の綺麗な瞳と目が合った。
こんなところで泣いてるわけにはいかない。泣いてたら、今まで頑張ってきた私が無駄になったような気がするもの。
私はにこっと笑った。
スズちゃんの『がんばれ!』という声が聞こえてくるような気がして。
自分自身に、胸を張らなきゃ。
「はい、伊達に任務の数はこなしておりません。経験は人の二倍です。風影様と里に生きる人々のために、己を粉にしても務めを果たしてまいります!」
「ああ、宜しく頼む」
風影様は表情を変えぬまま頷いた。ナマリ様もうむうむと見守ってくれている。プラチナさんの顔はよく見えなかったけれど――私はこうして、秘書候補としての新しいスタートを切った。
……To be continued