30番君
「此方こそ。わ、私なんかでいいんですか?元帥殿」
「そりゃあ此方の台詞じゃが……手柔らかに頼む」
ーーー本部中を駆け回る軍の犬っころ共の飼い主、ベル。彼女は主に20〜30匹はいる軍犬の育成と指導、また現場で活躍する軍犬を取り仕切り、数々の任務を円滑にサポートする海兵だった。
元帥を取り仕切るようになってから苦労の連続の日々。部下は話は聞かんわ、上は上で目の上のたん瘤だわ、未だかつてないほど暴れる海賊共の始末に頭を抱えながらも、前線で動く大将時代とは違って気分転換に海を見据える機会が多くなり、要塞の頂から初めて出会えた光景だった。
『もう、豆助ったら何処に行ったのかしら!』
『だめでしょ、海兵さんに突っかからないの!』
『よしよし!しっかり任務サポート出来たみたいね、偉いわ』
やんちゃな軍犬達に本部中で振り回されるその姿を何度見たことか。とはいえ、ブリーダーとして訓練を怠らず根気強く犬と向き合う彼女の姿を見れば、部下を持つ自分も何処か見習わなければと律しつつ、またそれとは別の密かな情が芽生えつつも踏み出せずにいた今日この頃。
「しっかし旦那ァ、みた?さっきのあれ」
「ええ。どうやら…お取込み中だったようで」
「らはは。初々しいよなぁ、ラブレターなんてさ」
ーーー分かっている。
自分でも年相応の余裕がないことくらい。娘と父親ほどの年の差もありながら交際を申し込むなど、ましてや厚かましいだろうし怖がられるだろうし、女からしたら迷惑この上ないだろう。
だからこそ、親切心と言い訳して行方しれずのワンコロの場所を文で送っただけで最初は満足だった。
名前を知らずとも些細な話を手紙で遣り取りしたという事実だけで、幸せ者だと自分に言い聞かせて。だが。
ーーー欲は深い。知れば知るほど、相手にも自分の存在を知った上で受け入れて欲しくなるとは。
更にはダメ元で送った誘いの話に、まさか彼女が本当に元帥室まで来てくれるとは思わず。
そんな嬉しさも束の間、普段から頭を悩ませる問題児大将2匹の思わぬ登場のおかげで冷や汗掻く始末。普段は報告しに来いと言ってもすぐ来ないくせに。
しかし困った。こういう状況の場合、どうしたらいいのか全く見当もつかなかった。手柔らかに頼むと言ったが、その次が思い浮かばない。
「(な、何を言ったらええんじゃ……)」
「あ。」
ーーープルプルプルプル。
まるで図ったかのように次から次へと元帥という職に事があるのは今に始まった事ではなく、今は電伝虫の存在に初めて救われた気がする。
「あの、今日はお邪魔でしょうから失礼致します。お疲れ様です、元帥殿」
流石は彼女も海兵。
どこか忙しなさを察してくれた上にそそくさとその場を離れてくれるとは有り難い。確かにこの状況では話もままならぬし、また他の海兵が来るやもしれん。
とにかく、彼女は文以上に自分と直接話す事くらいは許してくれたと前向きに捉えよう。無粋に話を進めないほうが彼女も無駄に驚かせずに済む。
「……すまんが、また文を送る」
「は、はい!お待ちしています」
しっかりと敬礼しながらも、若干口角上げて微笑む様がまるで女神で、思わずやに下がりそうな顔を見られたくなくすぐに視線を逸らしてしまった。可愛いと言うのはきっとベルのためにある言葉だろう。
しかし、あれだ、嬉しいのは間違いないが本当に自分でいいのだろうか。
職場の上司の上、年の差も有りすぎて、こんな親父の……。
「元帥室」
とまぁ、いつまでも浸ってられないので煩く鳴り響く電伝虫の受話器を取る。聞き慣れた声のお陰で、変に緊張が解けてしまった。
「オォ〜やっと出た。わっしだよ、わっし」
「はぁー……(お前か)」
「何だいそのため息ィ。例の海賊、討伐完了だよォ。これからインペルダウンに護送するんでねェ。んじゃ」
せめて報告する時は名前を名乗れと今度言おう。わっしわっしじゃ分からんのじゃ、あのバカタレ。
□□□□□
ーーーそれから1ヶ月半後。
一方では、まだかまだかと悶々とした日々を送る彼女も、日がな一日相変わらず軍犬たちの世話と指導に勤しんでいた。
「(来ないなぁ…元帥殿からの手紙)」
「わん!わん…!」
あの時、“また文を送る”と言われたので素直に待ってから1か月は経つ。まさか本当に元帥殿からの文の遣り取りとは最初は驚いたものの、実際会ってみると思ったよりも反応が純粋で恥ずかしがり屋な部分が見え、多分見かけに寄らない人なんだろう。あの豆助すら懐いていたぐらいだし、悪い人ではない…と思う(いや悪い人は海兵にならないけどね)。
「(……もっと、お話してみたいな。)」
伝書鴎の0番君、来ないかな。
「よ!元気か?ブリーダー中将さんよ」
「ひ、緑牛大将…!何かあったんですか?」
ぼーっと青空を眺めていれば、にゅっと現れた見慣れた癖毛の上司に軽くビビってしまった。確か単独任務の報告しに行くと朝は言ってた。普段は自分からこの軍犬用訓練場に来る事なんてほとんどないのに、今日は珍しくも姿を現したとは、何か緊急任務でも入ったのか。
だが、当の本人はひらひらと手紙らしきものを二指に挟み振りながら呑気に笑っている。いや、むしろニヤついている気もするが。
「ベルちゃんさぁ、ラブレターって欲しい?」
「え?……何言ってるんですか。この前自分はそんな性分じゃないって言ってたくせに」
俺はそんな性分じゃねぇよ面倒くせぇ!らははってあたかも興味なさそうな言っておいて、やっぱり興味ある風なのか。しかし女好きの彼なら直接口説いてそうな気が9割方するものの、案外シャイ…。
「ふーん、いいのかねぇ?じゃ開けちゃうぜ?ベルちゃん宛のラブレター」
「!」
本人ではなく、まさかの私宛だと聞いて咄嗟にその手紙を大将から奪い取った。その通り、海軍マークの封筒で表紙には大きく“0(ゼロ)”、裏には“ベルへ”と書かれた見慣れたあのきっちりとした文字。更には微かに鼻孔を擽った巻煙草の匂い。これは間違いない、元帥殿からだ。
「っていうか、何で大将がコレ持ってるんですか!?」
「いやぁ、通りすがりの0番君をちょーっと眠らせてさ。俺も欲しかったんだよね、サカズキさんから愛の手紙」
「なに勝手に郵便物強奪してるんですか!」
伝書鴎眠らせて郵便物を強奪する人多分貴方ぐらいしかいませんよ!信じらんない。と罵声を浴びせても差して気にする風でもなくニヤついてるこの人。
だけど何故この手紙が元帥殿からだってこの人は分かったんだろう?宛名はともかく、差出人は書いていないのに。
元帥殿はこの間の反応からしてあまり他人には知られたくなさそうだったし、何なら緑牛大将にこそ一番知られたくない気はするけど(何となく)。妙な噂を勝手に立てられても困るので、一応は念を押してみたのだが。
「あのですね、コレ元々は緊急用の伝書鴎なんですよ?仕事に決まってるでしょう。もしかしたら他の大将殿とか、事務官からかもしれないし」
「いやぁ?0番のカモメ使えるのは元帥だけだぜ?大将共は1番君、中将は2番君だろ?」
「え……」
それ初めて知った。そう言えば私も伝書鴎使う時必ず2番君の鴎が来ていたような。あれって適当に鴎に番号振られてるんじゃなかったの……。
ーーーうわぁ、もう恥ずかしいじゃんこれ。
居た堪れなくなって豆助を抱っこして逃げようとしたものの、にゅるっと小枝で肩を掴まれた私は過去最高にニヤついた上司にあれやこれやと問い詰められる事となった。
「なぁなぁ、こないだ壁ドンされてたじゃん?どこまでいったの?あ、図星で紅くなってらぁ、可ぁ愛いー」
「もう、絶対黙っててください……!早く任務報告しないと怒られても知りませんからね」
「へいへい、分かった分かった。いいなぁ、俺もサカズキさんに愛の手紙送ろうっと」
来た瞬間その手紙破り捨てられてしまえばいいのに。と軽口叩けば何か本気で怒られそうな予感がしたので流石にそれ以上は言及しなかった。
他の大将と比べて緑牛大将、リスペクト激しいんだよなぁ。
その後こそりとお手洗いに行って、肝心の中身を開けてみた。たった8文字の言葉なのに、内容のお陰で暫く真っ赤になる顔を抑えられなかった。
【今晩、私邸で待つ】
0番君。
(あの、早すぎませんか……?)
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