献盃


4金平糖





「で?なぜ貴様からの恋文が?誰が喜ぶっちゅうんじゃ」

「らはは、彼女からと思った?」

基本一文。
だらだらと言葉を並べて口説けるタイプではないのでベルには極力要件のみを送り続けていたものの。今回に限っては場所をどうするか考え物だったのでやっとの想いで0番鴎に文を持たせたその数時間後。

机上にぽんと置かれた手紙一通。
思わずベルから早速の返信かと期待に胸を膨らませたのだが、中身は虫唾の走るような下品で気色の悪い文(好きです大好きですサカズキさん!!!徹底的なスタイルマジ好き!!褒めて!!)を見てしまい、丁度のこのことからかいに来たコイツにまた溜息を吐く。

書いてある言葉は嘘ではないのがまた…。

「何なら俺とラブレターのやり取りしようぜ!全然退屈はさせねぇしさァ、ってあぁー!俺のサカズキさんへ愛を込めた傑作が!」

「くだらん」

ーーー燃えてまえ、アホ。

何が悲しゅうて男の貴様と文なんぞやり取りせないかんのじゃ。そんなに自分を好いてくれるなら海軍大将としてもう少し自覚を持ち行動を慎むようにしろと説教したい。

「……はぁ」

しかし、どうしたものか。

この間元帥室に招いたのはある意味失敗だった。落ち着いて話も出来ず周りも気にしなければならぬ状況だったもので、彼女には悪い事をしてしまった。次はもう少しマシな場所を考えに考え尽くし、料亭など候補地を頭に浮かべるのだが何処を考えてもいい場所が浮かばぬ。これでは話が進むものも進まんし…と嘆きつつ出した答えが私邸一択。

いきなり女を自宅に呼ぶのは悪手だっただろうか。

お互いの立場上、自宅以外に周りを気にせず落ち着いて話せる場所なんぞ皆無に等しい。だからこそ思い切って書いたものだが、女からしたら如何にも下心ありきと思われそうでまた後悔先に立たず。

「(来ん時はそれまでと腹ァ括るしかありゃせんか)」

今晩の事を考えてしまうと、珍しく緊張しすぎて落ち着かぬ。
昔っからこの手の事で上手くいった事が一度もなく、大概きっぱりと振られるか遠巻きに遠ざけられるかのどちらかしかなかったもので、余り希望を持っても致し方ないと諦めていた。

ーーだが、今度は。
案外文の遣り取りというのは、自分にとってはやおら穏やかな心の遣り取りだったかもしれない。むず痒く照れくさいこの恋情でさえ、今なら彼女との仲を取り持ってくれる気がしてならなかった。





□□□□□




ーーーその晩。
如何にもな御仁が住まう邸宅の前。ニューマリンフォードでも上層部や一部年配の中将達が住んでいる特区で、とてもじゃないが中将に上り詰めた新米の私でさえこの地区は踏み入れた事はない。

「(元帥って、凄いんだなぁ……)」

【私邸】とは。
私邸とは自宅のこと……よね?何度も辞典で調べたもの。ヒナちゃんにも一応確認したもん。

こんなに他所様の家へ訪問するのが緊張する事は二度とないだろうな。意を決して電伝虫のベルを鳴らすも、正直ちょっと声が震えていた。

「こ、こんばんは…ベルです」

そもそもドアが何処にあるのかよく分からない造りで、暖簾の奥に入ると右側に廊下が奥まで続き何部屋かあるようだ。しんとした屋内だけど仄かに鼻を擽る紫煙が否が応にも元帥殿を彷彿とさせて心なしかドキドキする。

するとガタリ、と音がして一番手前の襖が徐ろに開き出した。

「おう…よう来たの」

この間、元帥室に来た時と同じ少し驚いた顔をされていたが、比較的いつもよりは声色も尖ってなくて安心した。それに仕事用の白スーツ姿ではなく灰色の着物と黒い帯の姿で、和物が様になってるし、何だかいつもと違う人みたいで……。

うう、格好良い。直視できない。

「どうした?」

「あ、いえ。もしご家族とかいらっしゃったら……お邪魔かなって思って」

出任せではない。大きな家だったし、元帥殿にご家族がいても何ら不思議ではない訳で、もしいらっしゃったら一言ご挨拶するのが礼儀かとも思ったのだが。

「……心配せんでええ。生憎この歳で独り身じゃ」

「そ、そうなんですね……」

じゃないと普通家に呼ばないよね、と内心胸を撫で下ろす。別に独り身に安心したって訳じゃないけど…!自分に言い訳しつつ、元帥殿に此方の部屋じゃ。と促されてその背中についていくように廊下を歩く。
少し行くと右側には園庭が拡がっており、枯山水が漂う。やっぱり、似合いすぎる。着物と庭園がここまでマッチングしてる人も初めて見た。

見惚れていたと知ったら、この人はどんな反応するんだろう?

「父母は?兄弟はおらんのか」

急に話題を振られて少し驚く。
 
「数年前にどちらも海賊に殺されたので。兄弟は私が幼い頃にはいなくて。元帥殿も、その…?」

「出身はノースじゃ、親兄弟は顔も知らんがの」

海兵の中には、家族に囲まれた幸せ者の人間の方が圧倒的に少ない。皆、海賊のせいで故郷や家族を喪ったからこそ海兵に志願している者が多く、頼りがいなくても生き抜く者達ばかりが“正義”を背負う。
それはこの人も、私も例外ではない。元帥殿の思想からして何となくそんな気がしてはいたが、お互い家族の話題は暗いものばかりかもしれない。

何か違う話題を。と思った矢先。
通された客間はシンプルに両側にソファと真ん中にテーブル、テーブルの上には何処か可愛らしいお菓子とお茶が用意されていた。

「(可愛い……)」

「今日は、急にすまんかった」

ソファに腰を据えられた元帥が軽く頭を下げたので慌てて私も頭を下げる。

「い、いえいえ!お手紙来た時、嬉しかったです。本当に」

改まって言われると恐縮です、と添えて伝えれば、ゆっくりとお茶を手にする元帥殿。少し伏せた視線に安堵していると、飲み終えた彼が徐ろに湯呑みを置いた。

……そこで今日やっと、視線が合った気がする。
まじまじと上から下まで自分を見られているようで、思いの外恥ずかしくて誤魔化すように私もお茶を頂いた。私こんなに男性に免疫なかったはずはないんだけどな。

「分かっちょるとは思うが…最近は文を書く暇もなくてのう。あれから少し間が空いてしもうた」

「でしょうね。お気になさらないで下さい、今は大変な時期ですし」   


頂上戦争から1年半。
未曾有の海兵不足の解消は世界徴兵のお陰で多少はとれた。マリンフォード移転も成し遂げ、新体制の基盤は揺るがぬ物になりつつある。問題は山積みだけれど、この人が元帥になってからは海賊の拿捕率が上がり、世間を海賊の脅威から守る海兵達も順調に正義を全うしていると言えよう。

正義を思えば一瞬だけ、脳裏に掠める。
幼い頃に私が生き別れてしまったその人だけは、今もこの海で海賊をしているのだろうか。

ーーー私の兄も、いつかは。

「どうなるんでしょうね……」

「?」

いけない、思わず口に出てしまった。

「あ、いえ!何でもありません。これは?」

ずっとさっきから気になっていたテーブルの真ん中。
元帥側にはこしあん饅頭が置かれていて、私の方には子どもがよく食べるカラフルな金平糖と兎や熊や赤鬼といった可愛らしい練り切り(生菓子)が数個皿に並べられていたのだった。これ、私が知ってるお店の商品かもしれない…!

「客招く言うても、正直何を用意すりゃええんか分からんでのう。ちょっとした茶菓子じゃ、喰え」

何処か罰が悪そうに仰る元帥殿をよそに、元帥殿がご自分でこのお菓子を用意されたと聞いて軽くショック。
私の頭の中では若い女の子から子どもに大人気なあのマリンフォードでも有名な和菓子屋さんで、全く似つかわしくない元帥殿があれこれ迷っている姿が目に浮かんでしまう始末。ひとつひとつ、徹底的に丁寧に選んでそう。

「ふっ、くく」

これを元帥殿が?買ってきたの?あのお店で?
え、何それ。すんごい可愛いすぎる……!

「な、なんじゃ!」

「いえいえ!ちょっと…想像したら可愛くって…!」

思い出せば出すほど失礼ながらその光景が可笑しいやら可愛いやらで笑いが止まらず、クスクスと何とか堪えるのが精一杯だったのである。いや、似つかわしくないにも程がある。
ダメよ、こんな事聞いたらそろそろキレられて大噴火されてしまうかもしれないと思いながらも聞かずにはいられなかったら。

「元帥殿、ピュアって言われたりしませんか?」

「言われんわ!」

こがぁな親父捕まえて何言うとんじゃアホ!と流石に顔を紅くされてキレられた。可愛いだのピュアだの言われた事は初めてらしく、心外過ぎるとかなり不服そうに眉間に皺寄せて睨まれてしまった(おぉ、やっぱりおっかない)。

それでも。

「でも、わざわざ選んでくれたんですよね?ありがとうございます。すごく嬉しいです」

多分、色々悩んで私の為に選んでくれたと思えば嬉しくて堪らなかった。有り難く金平糖のひとつを取って、ぱくりと口に頬張ると拡がる懐かしい甘い味。おいしい。

「ほうかい」

照れくさそうなのに、最後は呆れた顔されたけど。

「何年振りかなぁ、金平糖なんて」

次は何色食べようかな、と考えるのがまた面白い。可愛らしい練り切りも、元帥殿チョイスかと思えば少し食べるのは勿体ない気もする。何気に皿に乗せるセンス良いし。
私も何か土産の一つ持ってくるべきだったかな、と自己内反省をしていると不意に聞かれた質問にまた胸が高鳴る。

「今度は好きなもん用意しちゃるわ。何が好物なんじゃ」

「……それって」

ーーあの、好物を聞くのは、今度また逢いましょうって事で解釈していいんでしょうか。

厚かましいかもしれないけど、口の中でとろけ続ける金平糖の甘さのように、乗っかって真意を聞いてみてもいいかもしれない。きっと今なら、元帥殿から良い答えを期待出来そうな気がしたから。

手紙ではなかなか聞けないその真意を、いつか面と向かって言って欲しい。そんな欲張りは、まだ言わないから。


「また、此方へ伺っても……?」

「…構わんが」 


目が合うと今度は心の臓を離さない程掴まれたと思う。

文の遣り取りでくれる言葉とは別次元の、直に火照る体がその証拠に。今すぐ抱きしめて欲しい燻りそうな衝動が、理性で消されるもどかしさ。




私の経験で言うなら、これは明らかに恋でしょう。




金平糖。
(また、文を送る)

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