献盃


6大人の恋は駆け引きありき





【砦の最上階にてはぐれ犬あり。昨晩は礼を言う。三日後、仕事終わり次第先に寛いでよし】


今まで頂いた文の中で最も長い文章だと思う。再びマメが元帥室に遊びに行っている事に驚愕しつつも、続きの言葉に胸がまた高鳴ってしょうがない。マメを迎えに元帥室まで続く階段を登ると、二人ほどの海兵とすれ違う。にやけそうになってしまう自分を自制しても、やはり思いを馳せてしまう。

「三日後……(つまり、私邸に行っていいって事よね?)」

また逢える。
先に寛いでよしと書かれているのは私邸での過ごし方の事だろう。元帥殿は基本不規則の休みしか取れないので不在である前提なのかもしれないが、それでも来ても良い許しを頂くだけでも天にも昇る嬉しさでいっぱいで。
階段でもう一人すれ違った時に、聞き慣れた声に呼び掛けられてまたハッとする。このピンク色のロング髪は確か。

「あら、ご機嫌のようねベル」

「あ、ヒナちゃん」

彼女は任務帰りなのか珍しくスーツに少し汚れが付いていた。歳も階級も近い彼女は新兵時代から何かと顔見知りでよく話せるタイプの子。ついこの間元帥から頂いた手紙に記されていた【私邸】とは何の事だと思うかと聞き込んでしまった事を思い出す。その時は此方も解読に必死ではあったので彼女にまで気を配る余裕もなかったが、勘の良いヒナの事だ。
少し余裕のある聞き方がこれまた意地悪い。

「で?この間の【私邸】とやらに住まわれる御仁とは出会えたの?ヒナ、興味津々」

「……なんの事かなぁ」

分かりやすく目を逸らすと肘をごつかれた。確かにあの時は必死になって彼女に何度も意味を聞いたけれど、どうかもうそれは記憶の彼方に飛ばせて頂けないかなぁと都合の良い事ばかり考える。これ以上元帥殿との関係を色んな人に知られる訳にもいかないし。

「可愛いワンちゃん達と戯れるニヤつきとそうでない違いは分かるわよ。ヒナ、当然」

「まるで私がいつもニヤニヤしてるみたいじゃないですか」

「実際そうでしょ?弛んでるわよそのほっぺ」

ぐいっと右頬を引っ張られて痛い。はい、その通りです。としか言えなかった。最近心浮ついて弛んでるとは思います、はい。
案外つねりが強くて泣きそうになったが、これも気を引き締めろと友達として心配してくれているのだろう。私たち海兵は常に死と隣り合わせの稼業なのだから。一時の弛みこそが命取りになる。ヒナも私も、それは分かってるつもりだ。

「引き締めなさい。貴方案外ぼうっとしてる処多いんだから」

「はひ……」

にこりと笑って颯爽と階段を下りていく彼女は本当に格好いい。部下も持ち、クールで美人な将校かつ魅惑的なスタイルを保つヒナ。私なんかより彼女こそおモテになる女性の代表のような存在なのに。

彼は私の何処を気に入って恋文をくれたのだろうか。
未だに分からないけれど、一枚一枚丁寧に書かれるこの恋文がどうか想いを紡ぎますようにと願ってやまない、そんな処である。




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ーーー三日後の夕方。
約束通り、合鍵を使ってしんとした元帥殿の邸宅内にお邪魔する。

「お邪魔します……」

家主はいないが、念の為。
任務帰りで一度自分の家に帰宅しシャワーを浴び、それから此処に辿り着く。この間談笑した客間ではなく、思い切ってリビングの方へ向かうとテーブルの上に見慣れた文字が書かれた紙が一枚。

【台所、風呂など水回りも使ってよし】

「わざわざ書いてくれてる……」

今日、私がここに来るからとわざわざ気を遣ってメモを残してくれたと言うだけで、どうしてこんなにも嬉しくて堪らないんだろう。あの多忙で厳格なサカズキ元帥が、たかだか一介の女中将一人の為に。

メモで仰る通りお言葉に甘えて、元帥の夕食でも作るべきか?と台所に立つものの、いつ帰って来るかも分からないのに作るのも気が引けて迷ってしまう。
そもそもご多忙過ぎる身だ、食事は専ら食堂の定食をブランニュー准将に元帥室まで持ってきて貰ってると聞いた事がある。冷蔵庫の中身を見ても空っぽとまではいかないが、何か夕食を作るほど食材が足りてる事もなかった。うーん、と台所で立ち尽くしては悩み、結局作らないで本人に聞いてみてから考えるか、との答えに辿り着く。

となると、大してする事もなく勝手に他のあちこちの部屋を散策する気もなかったのでソファに座り寛いだ。何か本でも持ってくれば良かったか、いつ帰って来られるか分からぬ主人の帰りをひたすら待ちに待ち、いつの間にか意識がなくなって寝てしまっていた。


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『あれェ〜、珍しいねェ……自宅でも帰ってんのかい?』

『……ちィと休む。いっぺんしかと寝るわ』

討伐遠征中のボルサリーノからの報告の電伝虫で無駄に濁す言い訳。元帥という職務上本部の仮眠室を使うのが常なのに、今晩は何が何でも帰りたくて仕方ない気持ちを抑えてギリギリまで本部にいたわけである。そりゃあ、らしくもなく何かと理由をつけて切り上げたいところ。
見慣れた玄関に入れば揃えられた女物のブーツがあり、彼女が既に来ているようで内心ホッとする。
リビングに赴くと、テーブルの上にあったメモ紙はそのままに正義のコートをブランケットにして無防備な寝顔を晒す想い人が静かに寝ていた。よくもまぁ、一回だけ上がった上司の邸宅で寝られる神経は疑うが。
少し近づくと身動ぎして眉を顰める姿が素直に可愛いらしいとは思う。

「………」

「………」

まぁ寛いでよしと言ったのは自分だ。多忙であるのは自分もそうだが彼女も昼間まで討伐に出動していたはずだし、少し遅くなったのは他でもない自分である。
揺らして起こそうかとも思ったが、女に不用意に触るのは失礼だと思い直し言葉だけで起こす事にした。

「おい、ベル」

「ん?……ん、あ!げ、元帥殿!お疲れ様ですっ」
 
文字通り飛び起きた彼女は少し跳ねた髪のまんま寝惚けた顔で自分に敬礼をする。彼女にとってはソファが大きすぎるのもあるが、ちょこんと正座して敬礼する様はあざといすらも思うものの口には出来ず。
たかだかその様子だけでどうしようもなく可愛いと思ってしまい照れた顔を晒したくなく背けて向こうを向いた。少々突っ慳貪になってしまうのは許して欲しい。

「風呂入って来る」

「は…い……あ、ご夕食は済まされましたか?」

そう言えば冷蔵庫には夕食を作るほどロクなものはなかった気がする。自宅に帰りたい一心で帰ってきたものだからそこまで気も回らず。だが少し小腹も空いたし、一品ぐらい頼むとするか。
 
「……酒呑むけェ、適当にツマミ作ってくれりゃあ助かる」

「は、はい!台所お借りしますね」



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ーーー暫くして風呂から上がれば、ベルはキッチンから既に移動していて縁側のほうに足を出して座っていた。彼女の側にあるお盆に乗った二品ほどのツマミ、それと適当な酒とお猪口まで用意してくれたらしく、軽く礼を言う。

「お前も風呂入りたいなら入ったらええ」

「え!いえ、私は自宅でもう入ったので」

なんだ残念だ。
内心思ったものの口に出すことはない。自分も彼女の横に座ると、少しだけ女性らしい甘い香りが鼻を掠めた。何故女というのは謎にいい匂いがするのだろうか。

「酒はイケる口か?」

「はい、好きです。和の国の酒が特に」

お猪口を出されて酒を注がれ、此方も彼女の持ったお猪口に酒を注ぐ。酒が好きなら良かった。

「恐れ入ります。い、いただきます」

縁側の板張りの上で寛ぎ、互いにお猪口に口をつけて呑むこの頃。あぁ、急いで帰ってきてよかったと心底思う。隣には想い人がいて、気を許して話すことができる。たったそれだけの事が欲して止まないとは自分も丸くなったものだ。

「……美味しい」

「ボルサリーノがこの間土産ついでに買ってきた酒じゃけェ……ようは知らんがまぁまぁじゃのォ」

作ってくれたツマミも一口食べると旨い。今度は何か食事をしに料亭に行ってもいいかなど考えていたら、彼女に空になったお猪口に酒をまた注がれる。その度に少しだけ近づく距離に内心逸る心を抑えるのに必死だった。酒の勢いで、で繋ぐ関係は此方もあまり望んではいないもので。



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ほとほと頃合いがいい時間になったのだろう。一時間か二時間か、語らいもあれば心地よい沈黙もあって夜も更けていっていた。時折元帥殿が皺の寄った眉間に手を当て解す様子を垣間見てから、あまり長居しすぎるのも失礼かと思い、飲み干した自分のお猪口をお盆の上に置く。

「お疲れのようなら、お開きにしますか?」

ぴくりと眉を動かし、徐ろに此方に視線が向いて少しだけ怪訝そうな顔されてびびってしまう。

「もう帰るんか」

いや、その。帰らなくていいなら帰りませんが……!
声を大にして言いたい気持ちを抑えて、おずおずと控えめに聞いてみる。

「まだ、いても……いいんですか?」

ここで帰らないということは、ほぼ泊まっていくと言う意味だ。その意味が分からない程子どもでもないし、合鍵を頂いてる時点で多分私達はそういう関係なのだろう。私も元帥も、単に付き合ってる恋人同士と表現するにはあまりにも歳を取りすぎてしまっていた。大人の恋愛というのは曖昧なものである。曖昧だからこそ言葉にする事も憚られるし、白か黒で決めつけて溢れるものを逃したくはない。
すると元帥殿が残った酒を浴びながら、最後にトンと勢いよくその瓶を置くと視線の先は庭園のまま。流石にそろそろ酔いもあるせいか横から見ると赤ら顔でいらっしゃった。

「嫌なら遠慮せんで帰ったらええ。フン……なに、いきなりお前を取って喰いやせんけェ安心しろ」

「え!いや、あの……!」

まさかそんなにダイレクトに表現されるとは思ってもみなかった。わざわざ言葉にされると背中の芯から逆流してきて顔が沸騰しそうに熱いが、事実は事実なので何にも言えなかった。本音は元帥との関係が進むのが、進みたくもある気持ちもあるのに少し怖い。懸念している事もある上に私はそういう事には全く慣れてもいなかった。

内心慌てふためる私等全く見向きもせず、客用の蒲団があったけェ出してくるわ。もう少し飲んどれと言われて奥の襖の部屋へ消えた。
こうして恋文での遣り取りや話をしてみると、彼は案外外見と中身のギャップが少しおありな気がする。外見の通り厳格で苛烈な思考であるのは間違いないんだけど、大胆さも慎重も併せ持ってそこが可愛く見えることもあり。私だけなのか、私に経験が少ないからか…あぁ、よく分からない。

程なくして、客間に蒲団を出してきたといって案内される。勿論、元帥殿は十メートルは離れた反対側の奥の部屋で寝られるらしい。

「わしは朝早よう出るけェ、玄関の鍵だけしかと閉めちょってくれ」

「はい」

「ほならな」

「元帥殿、お疲れ様です。ゆっくりお休みください」

「おん……」

変に意識してしまって、まともに顔を見れず目も合わせられなくてに見送ってしまった。だって視線を合わせたらもう、顔が紅いのがばれてしまう。
遠慮なく蒲団の上に転がると、鼻腔に少しだけ元帥殿の匂いが拡がる。ぎゅっと蒲団を掴み、少しでも熱いこの顔を冷ましたかった。

「(ほ、ほんとに何もされなかったし……全く触れもしてくれなかった)」

酒の勢いで押し倒される展開なのではと今度こそ思ったのだが、指一本触れられる事なく事なきを得るとは。
たぶん、大事にしてくれてるんだろうとは思う。それか、大人ならではの余裕だろう。少しのからかいも含めた言葉で私の反応を試したのかもしれない。実際は私の怖じ気も全くなかった訳でもなく、流されたい気持ちもなかった訳でもない。

でも。

「(少し、くらい……元帥に触れたかったな)」

せっかく近くにいたのに。お猪口を注ぐたびに近づく距離、毎度恋文に掠める同じ葉巻の匂いが強くなるだけで胸の高鳴りが止まなかった。彼に聞こえやしなかっただろうか。



大人な恋は駆け引きありき。
(少しでも触れたいと思うのです)

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