5筆不精なもので
結局その晩は可愛い茶菓子を頂き何だかほのぼのした会話で終わった気がする。心中、どこかでそういう、大人な雰囲気になるかと身構えてた自分が恥ずかしい。それはそれで女性として見られてないと思うと残念だけど、多分、元帥殿は気のおけないお話相手として家に招いて頂いたのだろう、うんそうでしかないと自分で納得しようとした矢先に。帰り際の事。
『すまんが、立場上私邸で会う事が多くなるけェ、念の為鍵を持っちょれ』
『え!は、はい……!』
まさか元帥宅の合鍵を貰うとは。
「(う、嬉しすぎる……!)」
自然とにやにやしてしまう顔を抑えなければと思いつつも、お礼を言って私邸を出た途端、真っ赤になった頬を冷める為にも自宅まで猛ダッシュ。冷めやらぬ熱をどうにかしたい一心で風呂に入って水を被った。
想いを綴る時よりも、綴られた想いの文字を追う時よりも、直接逢う時の方がこんなにも胸が裂けそうで緊張してしまうなんて。恋愛が初めてという訳ではないが、ここまで純な気持ちが湧いてくるのは本当に初めてだった。元帥殿と視線を交わしたあの時、心の臓を掴まれた気がした。
ーーただ、ただだ。
好きに、好きになればなるほど、私には一抹の不安と元帥殿に対しての罪悪感に支配されてしまう。最初はどうせバレないだろうと思っていたが、いや……世の中そんなに甘くないもの。
考えないように、とは思ってはいたのだが。
□□□□□
ーーー翌日。
遅番だったので昼前には本部に顔を出し、愛犬たちのお世話に勤しむ。頂いたあの鍵は紐を括り付けお守り代わりに首にぶら下げ、ブラウスの下に隠した。失くしたくないし、な、何となく。
豆助の毛並みをブラッシングしている時だった。普段は犬の訓練場に赴きもしないあの緑色の大将がまた顔を出してきた。どうやら随分機嫌が良いらしくて、目を輝かせている。
「さっきさぁ、サカズキさんから『最近よう(海賊)狩ってくるのう…まぁええわい』って褒められたんだぜ!?もう俺堪んなくてまたラブレター10枚は書いて送っちゃった!」
「はぁ………」
速攻燃やされたけど!!らはは!!
と、元帥殿に拒まれてる事さえ嬉しくって仕方ないとでも言うような我が上司は元帥殿を相当慕っているらしい。最近は公私共に隠す気もない彼に、サカズキ元帥本人はおろか周りも受け流す程度の認識で罷り通っているが。
只でさえ緑牛大将には元帥から壁ドンされてた処は見られるし、文通の遣り取りをしている事も把握されてる。嬉々として話される意図はわかりかねるが、微妙な反応しかできない事実。合鍵貰ったなんてこの人に言ったら即座に干乾びさせられるに決まっている。
すると私の反応がやはり面白くなかったらしい。
「はぁ……じゃねェよ!俺のサカズキさん横取りしやがってよ!あの人の恋人は男は俺なんだよ、女だからあんたが選ばれただけだ」
「色々誤解されるのでもう一度はっきり言いますけど、違います!吹聴しないで下さいよ」
サカズキ元帥の名誉の為にも今はしっかり否定するしかできないとは。
しかし困った。この人は完全に私と元帥の仲を疑いまくってる。いや、確かにそういう関係にはなりたい、なりたいとは思うが此方も色々事情はあるし、元帥殿にだって立場がおありだし。頭を悩ませるものの、それでも上司はなかなか引き下がるつもりもないらしい。
「はいはい、別にいいよ。で?結局何処までいったんだよ」
「どこまでも行ってないです。(どこが別にいいよなのか……)」
文の前後関係すら全く意味が分からないのだが、とにかく否定、否定はしておく。部下になってから日は浅いが、案外適当に考えてる節があることもある人。元帥殿に好意があるのもノリというか、考え方が似てて好きという事もあるのではないかなぁ、と分析した事も実はある。
しかしこの上司。飄々として底が知れないのもまた。
「硬ェなぁ。まぁそういう処もあの人好みか…」
と一言、気ままに人の気を荒らしておきながら訓練場から去っていった。緑牛大将に対する策を練っておかねばならないと固く誓った今日この頃。
□□□□□
ーーー時同じくして砦の最上階、元帥室。
まさか自分が噂されているとは思ってもいない彼は、くしゃみと同時に同僚の厭な視線に気がつく。
「なんじゃ、ボルサリーノ」
「オォ〜、気づいてた〜?視線に」
どこかの誰かに貰った気持ち悪いラブレターの余りで鼻を咬むサカズキの横で、元帥用の大机に寄っかかる長身の彼は海軍本部大将こと黄猿。幼なじみでもあり血の通わない“兄弟”である彼らは、クザンという同期が海軍を去った後も関係は良好であった。
「緑牛から君、随分熱烈に愛されてるねェ〜。今までそんな事もなかったから新鮮だろォ?」
女からも恋文を貰うような色男とは言えぬ硬骨漢なのだから、黄猿としてもサカズキの好かれ様は異様でもあり面白くもあった。当の本人は鬱陶しいように扱ってはいるが、心底嫌う様子でもないようで。
「はァ……ほんならぁ、上司命令をしかと聞いてくれっちゅう事っちゃ。命令外で手を出すこともしばしばあるからのう、あのガキ」
大将だからこそ実力は認めるが上司(サカズキ)の命令に忠実でもなく、褒められたいが為に独断専行してしまう彼の行動は頭痛の種でもある。
「ハハハ、まぁクザンとはまた違った問題児だよねェ〜」
「………」
残念ながらクザンの方がまだマシ……と言いそうになった口を紡ぎ、苦虫を潰す。大将全員、もはやボルサリーノを三人に増やせばどれだけ助かるか。
他愛もない話をしているうち、障子の向こうからとてとてと元帥室に入ってくる獣が一匹見受けられた。元帥室に敬礼もせず入室してくるとは失敬なペットである。どこのどいつだ。
「わん、わん!」
「んん〜?その犬………」
ベルの柴犬だ。またこのワンコロは飼い主から脱走したのか。
一度吠えると、黄猿なんか目もくれず椅子に座るサカズキの横まで来たこの柴犬こと豆助は、確かベルが一番に可愛いがってる犬。彼女との恋文の遣り取りが出来たのはひとえにコイツのお陰ではあるのだが。
「こら、仕事中じゃ。出て行かんか」
「へっ、へっ」
懐いているとはいえこれじゃ仕事にならん。軍犬ならばもう少し躾が必要だろう、彼女にも伝えておかねばなるまい。となると、最近お世話になっている軍のレターセットの出番かもしれない。
「………フゥ、致し方ないのう」
流れるような手つきで羽根ペンを取り出し、新しい紙を捲って一枚破る。宛名は恋しい女性の名。勿論、お宅の愛犬豆助が元帥室に戯れに来たので連れて行けという主旨を書くつもりではあるのだが、昨晩の礼やら次に会えるかどうかも含めてまとめて書いてしまおうと思うとすぐに筆が走らない。
頭の中で一言一言簡潔にかつ丁寧に、と考えるとどうにもこうにも徹底さを求めてしまう自分がこんな時に憎らしい。顰めっ面で紙と向き合う彼は実に珍しい場面である。
一方の何も知らぬ黄猿は長年の勘で、手紙なんか普段書かない筆不精のサカズキに何の気もなく助け舟を出してみると。
「わっしがこのワンちゃん連れて行こうかァ?確か飼い主はブリーダー中将の子だったよねェ〜?」
サカズキは少し驚く。
ボルサリーノはただの親切心で提案したのだろうか。まさか自分の邪な想いがバレてはいやしないか、と。
しかし、仮にも元帥まで登り詰めた男。ポーカーフェイスを買われてセンゴクからも作戦の揺動役を頼まれるぐらいだ。たとえ長年の友であろうと……。
「む、…別にええ。それよりお前はまた1週間程討伐に行って貰うけェ、出動の準備に入っちょれ」
「はァ、わっしは社畜だねェ……」
溜め息交えて黄猿は大机から離れ、端にあるソファに茹だった。どうやら此方の杞憂だったと安心したサカズキは密かに続きを書こうと再び筆を取る。しかし。
あぁ、やはり人の目があると恋文というのは書きにくいものである。そもそも仕事中にする事ではないのだが。
「……早よう、行かんか」
「んん〜?……はいはい」
頑なに手紙を書こうとするサカズキを見て何かを思ったらしい黄猿は、彼に尻を叩かれ渋々と現場に赴く為その場を後にした。その後も一人二人と部下からの海賊討伐の報告や軍部の収支報告などを受けて、取り敢えず庶務を終わらせると、一旦休憩する為に元帥室の外に出て変わらぬ景色を見ながら一服する。
手紙の文面を考えようとすると否が応でも昨日の事が頭から離れない。
「……」
昨晩は取り敢えずは家の合鍵を渡す事はできた。
立場的に逢瀬は基本私邸になると話せば、彼女はそこまで嫌な顔もしなかったしむしろ喜んでいたような気がしないでもない。
理性を利かせ、他愛もない話で終わらせる事はできたものの、こう……男として悶々とする劣情がない程聖人でもない。相手もいい大人だ、家に上がったり合鍵を渡される意味が全く分からん程子どもでもあるまい。
かと言って強引に事を進めようと余裕がない訳でもなく、怖じ気づいて何も手を出せない程初でもない。
ただ彼女とは男女の関係に急がずとも、大人ならではの程よい距離感から温めれば良いとは思うのだが。
「サカズキ元帥!ご報告します!」
「……なんじゃ」
考え事に耽る暇もなく次々と報告に現れる部下に溜め息ひとつ。少々突っ慳貪になるのは許して欲しいものだ。
結局一文も筆を走らせずに手紙は宛名だけ書かれたまま、多忙な彼の一日はこうして終わってしまうのである。
筆不精なもので。
(もういっそ、「愛してる」と書きたい)
- 5 -
*前次#
ページ: