献盃


2連絡先交換




「ほう、正月から難儀なもんじゃのォ。新幹線で痴漢なんぞ」

「久し振りに名古屋で降りる嵌めになったがの。まぁ、気分転換みたいなもんじゃ」

年末に今年最後に飲もうと酒を交わして、年が明ければ成人の日を含む三連休に今年の飲み始めをしようと誘われる。同郷の旧友という事もあるが、どちらも所帯を持っていないという事で気軽に誘えるのがテンセイの良さでもある。
行きつけの酒屋で話していたらふと、正月早々仕事外で起こった事件を思い出して話してみた。こんな仕事柄だ、痴漢だの殺人だの日常茶飯事で特に珍しくもないが現行犯で連行するまでは今の役職では遠い昔の話となった。久し振りに名古屋の知り合いに会えたなど寝惚けた事を言っているが、被害者本人にとっては最悪な年明けであっただろう。

「して、ガイシャは」

「20後半か30過ぎか。いかにも、っちゅうおとなしめじゃった」

痴漢に遭う女性の特徴は清楚で大人しめな女を狙うケースが多い。格好の派手な女は騒ぎ立てられる恐れがあり、泣き寝入りしそうな女のほうがターゲットになりやすい。まさにその女は痴漢からしたら典型的なカモで、黒髪に色白、目鼻立ちも可愛らしい部類の上騒ぎ立てられそうな険もない。短いスカートを履いて露出していた訳でもないのに狙われたのは、まさにそういうことだろう。
あの様子を見るに、男側が車掌に言いつけられてしまうと次の駅で降りられなくなるためガイシャに口止めを迫っていたと。気弱な女を辱めておいてなお、下衆な行動しやがってと思い、割って入っていったが運の尽き。無事に下衆は犯人逮捕に至ったが、予想外な事にガイシャから礼をしたいと圧されるとは。

捨てて構わないと言われた連絡先が書いてある抽選券の紙だが、どうにも迷った。正月早々酷い目に遭ったのに、助けた人間にまで丁寧に慮る優しさ。これで連絡をしなかったらどうにも冷たい人間だと思われそうで、後味が悪い。いや、別に思われても二度と会わぬし構わないのだが。

「テンセイ、IDってどう入れるんじゃ」

「はぁ?何じゃお前、連絡先でも交換したんか?」

「向こうからこの紙もろうたんじゃが」

ただ残念な事にアプリの使い方が分からん。最近やっとスマホに慣れてきたばかりで、細々とした設定だの更新だのが意味不明でとにかく連絡や必要な検索以外で触りたくない。専ら情報技術関連にはテンセイに頼ってしまう。
渡した紙に書かれた連絡先を見ると、にやにやと口角を上げたのが癪に障るが。

「ハハッ、こりゃあいい。まだまだ隅に置けんのォサカズキ」

「アホ。ガイシャと知り合う警官がおってたまるか」

一度食事に行けば終わりだ。相手も気が済むはずだろう。

「別に仕事外の事じゃろ。関係ありゃせん、ほれスマホ貸してみい」

素直にスマホを手渡すと、手慣れた手つきで操作に走る。歳も変わりないのによくやるなと感心する。見習わなければならないと思うとまた癪だが。

「ベル、かぁ。略称か偽名かもしれんがの」

「偽名なんて使うもんなんか?最近のモンは」

偽名使うタイプにも見えな…いや、先入観は良くない。仕事柄、疑ってかかるは基本のキ。あのガイシャも例外ではない。取り敢えずの仮名はベルとは分かった。

「さぁの。見ろ、プロフ画像が柴犬じゃ。可愛ええの」

戻されたスマホを見てみると、血統書付きかのような柴犬の画像。別に彼女が悪い訳ではない、ただ先程からにやにやと揶揄うコイツが悪いので今年始めのドをついてやった。


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「許せないわね、その痴漢。ヒナ、激怒」

「いやもう、ホント怖かったんだからさぁ……」


やっと東京に帰ってきて1週間後。最悪な気分での仕事始めから一息の三連休、大学時代からの親友にこの間の話を聞いて貰いたくて飲みに誘ったのはピンク髪の美人な彼女。名前は、ヒナ。元々優等生の彼女は新卒で警察庁のキャリア組に採用され、既に係長通り越して課長補佐まで登り詰めてるエリートでもある。
今回の痴漢の話をすれば嫌味もなく同情してくれて慰めてくれた。持つべきものはやはり親友だね。

「だけど、助けてくれたそのヤクザ風に怯えているのだけは見てみたかったわね」

「結局人って見た目なんだなぁって思ったよ。明らかに強面おじさんが現れた瞬間キョドってたし」

今でもあのおじさんが現れた時の情けない痴漢の顔が目に焼き付いている。まさに強者に怯える弱者。奥さんも子どももいて守るべき存在がいるのに痴漢に走るなんて、男って本当に馬鹿だなぁと思っちゃう。といっても、助けてくれたあの強面おじさんも男の人ではあるのだが。
あの日からチラチラとLimeの通知が来ないか見てしまう。咄嗟にLimeのIDを書いた紙を渡したが、やっぱり既に捨ててしまっただろうか。それとも登録の仕方が分からない、とか。

「はぁー……でも、流石に連絡は来ないかなぁ」

「誰から?」

「そのおじさんにお礼したいから連絡先を紙で渡したんだよ」

そう言うとヒナは少し驚いた顔をした。

「逆ナンしたの?ヒナ、驚愕」

「いや、違うよ。純粋にお礼の気持ちなんだけど」

逆ナンとは失礼な。
あの強面おじさんがいなかったら今頃泣き寝入りしてヒナにわんわんと泣きついていたと思う。許せない行為だけど前歴はついたし社会的信用も地位も失くしたし、私としてはそこの部分だけはすっきりした処ではある。でもそれは、あのおじさんが声をかけてくれたからこそ。

「警察関係者なんでしょう?望みは薄そうだけどね」

「そうなんだよねぇ」

見た感じ50代位の妻帯者だろうし、厳格そうだからお付き合いも絞られていそう。お偉いさんだったら余計に個人情報を渡すなんて危ない橋を渡る事もしなさそうだし、そもそも被害者とは言え全然目を合わせてくれなかったし。
考えれば考える程望みが薄くてちょっと残念。声をかけてくれたのもそうだけど、周囲の無遠慮なスマホの撮影から守ってくれたりした気遣いも優しくて、お礼は是非ともしたい気持ちが勝ってしまったんだけどな。

ぐいっと一杯、そろそろあの強面おじさんの事は忘れようかなとビールを飲んだ時だった。スマホに通知が来たみたいで確認してみると。

「あ、きた」

“友達が追加されました”の文字でお馴染み、タップすると鉢植えに刺さった木が一本真上に聳え立つ画像が出てきて驚く。これって盆栽?盆栽ってよくは知らないけど真上に聳え立たせるものなんだっけ?
独特なセンスはもとい、表示された名前を見てこれはあの強面おじさんのアカウントだと確信した。何となく、多分、うんきっとそう。名前がそんな感じ。

「へぇ、“サカズキ”さんって言うっぽい」

「は?」

またヒナが驚いて煙草を落とした。今日驚いて何本煙草を落としたんだろう。


連絡先交換。
(ちょっと待って、そいつ…)

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