献盃


番外編A寝物語



「ありがとうございます。素敵な指輪」

「欲がないのォ、相変わらず」

やっと出来た婚約指輪の入った袋を渡す。以前、婚約指輪のサイズや柄をベルと選びに行ったものの、派手なもの凝ったものは好みではないようで至ってシンプルな柄を彼女は選んだ。特にブランドや値段も拘りはないようで、案の定一番安いものを選ぼうとしたので流石にそれは止めた。少しは此方の顔を立てて貰いたいものだが。

それだけじゃない、ベルは披露宴さえしたくないと言う。神前式なので基本出席者は親戚のみ(自分は親戚が殆どいないので上司と同僚数人)だが、式の後は、天満宮の境内で記念写真を何枚か撮れればそれで良いと。

「本当にええんか?式のみで」

「ええ。私、そんなに友達多くないですし。なんか、こう……恥ずかしいんですよね皆の前でドレスって」

やはり自分が二度目の結婚だからといって遠慮しているかと思えば違った答えが返ってくる。それすら気遣ってくれてるのだろうが、結婚式は女が主役だ。好きにさせてやりたいが、こう何度尋ねても断られれば立つ瀬がない。

「着りゃええじゃろ、色が白いけェ何でも似合う」

「いいんですって。着物の方が好きなんです」

お世辞でもなく本当に似合うだろうと思って推してみても全く以て駄目だ。実際ドレス姿の彼女も個人的には見てみたい気持ちもあったのだが、肝心の本人がご所望でないなら致し方あるまい。

ここ最近は、指輪を選んだり、結婚式の為の書類をお互い書き込んだりと土日は何かと準備で忙しい。20年前の昔もこんな事をした覚えがあったが、彼女の方がすんなりと段取りが早い気がする。

その内ベルがキッチンに立ち夕飯の仕込みをしていて、自分はテーブルの上にあった書類や紙袋を片付ける。少し早い時間だったが、早めの夕飯でも取るのかと思いきや、徐ろに彼女が黙って寝室の方に向かっていったのを捉える。具合でも悪いのかと後をつけて自分も寝室に入ると、ベッドで寝っ転がっていた。

「ベル?」

「………」

「(全く……)」

少し疲れたか。
気持ちよさそうに目を瞑り眠っている姿を見ると自分も眠気に誘われてしまい、同じ布団に入る。ベルを引き寄せ体勢を整えると、少し身動ぎしながらも受け入れてくれた。

「ん……」

「おん?」

「好き……」

すり、とベルが此方を振り向き、抱き着いてくる。それが可愛くて此方も抱き締め返すと何とも気持ちよさそうな顔をしてはにかみ、「大好き」と一言。とすっとハートに弓矢が刺さった気がする。
夕飯の前ではあるが、彼女が起きているのなら一回ぐらい求めても……と思い、胸と臀部に手をやろうとすると身体を硬くした彼女に拒まれてしまう。

「サカズキさん。今日は、その……」

「?…客かィ」

「……はい」

そう言えば一月経ったか。と思い、向きを変えて腹と腰の方に手をやって擦ってやる。箱根旅行やつい先日のすれ違った時にわざと避けなかったが、実らず終わったのかと思うとそれはそれで残念な気持ちは少なからずある。まぁ、その内子どもの事もしっかり話さにゃならんのだろうが。

「何で分かるんです?」

不意に聞かれる。一瞬、言葉が詰まった。

「……」

「……」

そりゃあ、この歳にもなれば。
加えて一応既婚者だった時期もある。女の体を全く知らない訳でもなし、愚問すぎて何とも言えない。だからといって、威張って言える事でもなく単純に答えに詰まる。しかしまぁ、答えにくい事を彼女はよく聞いてくるものだ。

「だるそうにしちょる」

「す、すみません……」

当たり障りなく言えばこうなるが、どんな答えを待っていたのかは知らない。知らないよりも知っている方が、此方も気遣いやらで余計な気を揉まなくて済むといったらベルは怒るだろうか。
取り敢えずはいつもより体調が優れないのなら、途中まで仕込んでいた夕食の続きでも手伝おうと提案する。

「夕飯、まだ終わっとらんならわしが作るが」

「いえいえ、大丈夫ですよ。あ……じゃあ二つ、ゆで卵の殻綺麗に割ってて欲しいです」

「おん」

それでいいらしい。もっと他に何かないのか。一応独り身が長いので家事は一通りはできると言った事はあるが、料理は堂々と得意とは言えなかったので有り難い事ではある。せめて皿洗いはしよう。
ゆで卵を剥く位何ともないが、珍しく腕の中で少し肩を震わせてくくく、と嗤う彼女。何がおかしいのやら、此方にはさっぱりだが。

「ふふ。ゆで卵割って剥いてるサカズキさん想像したら……」

「あ?」

「可愛いィ〜」

「……」

ベルのツボというのがよく分からない。何処をどうしてこんなむさ苦しいおっさんがゆで卵を剥く姿を、可愛いと形容できるのか理解に苦しむ。まぁともかく、可愛いと言われて嬉しがる訳にもいかないので否定するが。

「褒め言葉じゃありゃせんぞ、そら」

「格好いい〜……何してても格好いい」
 
「アホ」

可愛いが駄目なら格好いいはいいのかと投げやりに言われたかと思えば、いやいや本気なんだという目でベルは此方を見直した。じっと物欲しそうな顔をして、頬を染める。実を言えばこの上目遣いで見られると弱いのが自分の難点だ。

「本当ですよ?ずっと見てておきたいんですよね。サカズキさん、格好良いから」

月のモノが来てなかったら確実に押し倒していた。
どうして彼女はそんな小っ恥ずかしい言葉をすらすらと言えるのか。いや、逆に自分が言わなさ過ぎるのか。だが、好きだの愛してるだのは言葉にすると気持ちが安く見られる気がするし、可愛いだの格好いいだのも言い続けると嘘のように聞こえる性分なもので。言葉よりもまだ、行動に移すほうが容易い。

「……のう」

「何です?」

自惚れかもしれんが、確かにベルから連絡先を渡されてきっかけを作られ、告白だって先に彼女から言われそうになったし、意外と圧されて今に至るので惚れられてはいると思う。それ以上に自分の方が彼女に惚れているのは自負しているのだが、いつも伝えようと思っても上手く口が成してくれない。

ーーーだからどうか。
こんな風に彼女から真剣に伝えられる純粋な好意を、自分の情けない照れのお陰で横道に逸れさせてしまう事ぐらいは許して欲しいと思う。

「男の趣味、悪い言われんか?」

「以前ヒナから言われました」

「じゃろうの」


寝物語。
(でも後輩君みたいな爽やかイケメンがタイプって言ったら怒るでしょ?)
(怒る)

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