番外編@親友の家
兼ねてよりサカズキさんの親友(ご本人は兄弟とも呼ぶこともある)ボルサリーノさんご夫婦から、是非ともお宅に来て欲しいとの事で訪ねる。サカズキさんのお家から徒歩数分のこれまた億ションだなんて、局長級の経済力とは恐るべし……。
サカズキさんのお家と変わらない広さのエントランスで、インターホンを鳴らしエレベーターでお宅まで赴く。
「あらまぁ。やっぱりお嫁さん連れて来てくださったんですね、サカズキさん!」
「奥さん、ちィと気が早いですけェ」
玄関のドアを開けて下さった、ボルサリーノさんの奥さんの早速の歓喜にタジタジなサカズキさんがちょっと可愛い。気恥ずかしい時は必ずズボンのポケットに両手を挿し込むのよね、ふふ。
実際に結婚式に入籍するつもりなので、奥さんの仰る通りいまだ“お嫁さん”にはなっていないが。
「オォ〜、こりゃあこんにちはァ〜」
「はじめまして。お、お邪魔します、ベルと言います」
奥さんの後ろから相見えた長身の男性、これがボルサリーノさん。間延びした口調で、サカズキさんとはまた違う、その……ヤのつく職業に就いてそうな貫禄の人だった。胸中で局長になる人は皆ヤクザ顔してないといけない決まりでもあるのかい?と突っ込みつつ、二人に歓迎されるままリビングへお邪魔した。
丸い寿司桶がテーブルの上にドンと置かれ、その他にも枝豆やら揚げ物などつまみになりそうな食卓で嬉しい。さぁさぁ、と促され席に着くとボルサリーノさんにビールを注がれる。私も返して、次にサカズキさんに注ごうとすると既に奥さんが注がれてしまっていた。私が奥さんにビールを注ぎ、まずは乾杯。
それにしてもその場は、サカズキさんでもボルサリーノさんでもなく、にこにことした奥さんのマシンガントーク中心に圧倒される。
「にしても良かったわね〜、こんな若くて美人な……もう!まだまだ隅に置けないわぁ!サカズキさん」
「隅に置いといてもろうて構わんですけ、もう」
ぐびっとビール飲みながら反論した彼だが、それすら物ともせず、にこにこと半分以下になった彼のコップに注ぐ奥さん。あのサカズキさんの言葉が拾われずに私に声をかけてくれる。
「東京地検の方なんですってね!私若い頃にね、隣の裁判所事務官してたからよくお世話になってたのよ〜」
「え、そうなんですか!」
まさか同業種の方だったとは。ちょっとそれが嬉しくて話が弾みそうで安心する。部門にもよるけど、検察事務官としては裁判所とも勾留請求などの連絡も日常茶飯事。ボルサリーノさん、どうやって出会ったんだろうか。
「そうよぉ。旦那とは合コンで出会ったけどね。ねぇ大変失礼だったら申し訳ないけど、おいくつか聞いてもいいかしら」
「さ、31です」
その合コンの話詳しく聞きたいのですが次々に質問が来て、ゆっくりと話せない。いくつかと聞かれて隠す必要もないので正直に伝えると、奥さんが目を丸くして盛り上がる。
「31!?うっそー!!ぴちぴち!!これからねぇ〜。若いっていいわぁ〜、私もこんな時代があったのよね〜、ねー?ボルさん」
「何十年前か忘れたよォ。君はいいからほら、酒持ってきてくれ」
ボルサリーノさんにあの酒を出してくれ、と頼まれると渋々奥さんが不満そうにキッチンに向かわれた。奥さんが忙しなさそうに動かれるので私も何かお手伝いすべきかと動こうとしたら、ボルサリーノさんに「お客さんなんだからゆっくりしてなよォ」と気遣われて仕方なく腰を落ち着ける。
と、束の間の沈黙。奥さん一人その場にいないだけで“間”がこうも取れるとは思わなかった。大の男二人黙っちゃうくらいなかなかエネルギーのある奥さんかもしれない。
「すまねェなァ、妻は典型的な饒舌だからねェ」
「いえ。この度はお招きして頂きありがとうございます、嬉しいです」
歳下の私があまり突っ込むべきではなさそうだと思ったので、当たり障りのない挨拶で交わそうかと思いきや、後ろのキッチンから奥さんの声。地獄耳なのか。
「あら、いいじゃない?いつも男二人で飲んでらしたんだから、少しは華やかになってむさ苦しさから解放されるわぁ、ねぇ?ベルさん」
「むさ苦しくて悪かったねェ〜」
「ハハ……」
反応に困る。
まぁ、この二人だと確かにむさ苦しいかもしれない。隣のサカズキさんなんて奥さんの嫌味なんて物ともしないで黙々とご馳走を食べられてるし、いつもこんな感じなんだろうか。……少し、話題変えた方が賢明かも。
「テンセイさんもよく此方へいらっしゃるんですか?」
と疑問に思った事をボルサリーノさんに聞くと、横からサカズキさんに小声で答えられる。
「(あの奥さんじゃけェ、独り身を突かれる言うてあんまり来んのじゃ)」
「(なるほど……)」
テンセイさんとも一度しかお会いしていないが、確かにあのタイプは奥さんと合わなさそうかもしれない。以前居酒屋でヒナともちょい喧嘩してたから、我の強い女性とは少し距離置きそう。話題のチョイス間違えたかな。
何となく人間関係の様子が垣間見えたところで、ボルサリーノさんからも話し掛けられて話が進む。
「わっしとサカズキは同郷でねェ、あのテンセイもそうだけども、既に顔見知りなんだろォ?」
「ええ、テンセイさんとは居酒屋で偶然お会いしまして。皆さん広島ご出身なんですね」
「逆に言えば広島出身はこの三人だけでねェ〜。妙に異動先でも一緒になるからァ、腐れ縁みたいなもんだよ」
「羨ましいです。私はそういうご縁、なかなかありませんから」
よしよし、この調子でサカズキさんの昔の話とか引き出してみよう。
その内奥さんが新しいお酒を持ってきて下さって、やっと奥さんも腰を落ち着けて飲まれるようになったので私もお酒を進ませた。美味しいご馳走も頂いて、お酒の勢いもあってか段々と話に花が咲くようになった。
□□□□□
会が始まって数時間。
サカズキさんの昔話やボルサリーノさんと奥さんの馴れ初めの話やらで笑いも混じる中、皆お酒が進みに進んで普段無口な彼でさえ少し喋るようになった頃。私は席をボルサリーノさんの横に移動し、サカズキさんとは離れるとボルサリーノさんからの質問に少々戸惑う時があった。
「サカズキは自分から君の事あまり話してくれなくてねェ〜……だから直接聞きたいんだけどもォ」
「はい?」
「何処を好きになったのォ?サカズキのォ。バツイチの親父だよ?君ならもっと若ェの捕まえられそうだけど」
何処を好きになったのかーーー。
そう言われるといっぱいあって何と言えばいいか。姿形も性格も好きだし、正義感も言葉も、不器用な気遣いも飾り気のない優しさも全部が好き。むしろ嫌いだと思う処が特にないので返答に困っていると。
少し酔っ払い気味の彼が訝しげに此方を見ていて、不満そうにボルサリーノさんに突っかかってきたのだ。
「ボルサリーノ!お前セクハラ案件じゃぞ今時…!」
「ここ職場じゃねェよォ?すぐセクハラに結びつける方が如何わしいってんのに」
「この!」
「ほら、喧嘩しませんことよ!二人とも!」
何故か二人で軽い取っ組み合いが始まって私が二人から少し離れると、奥さんが仲裁に入ってくれた。ちょっとサカズキさんが手を止めたがボルサリーノさんが口笛を吹いて煽ってしまったので、続けて取っ組み合いが始まる。珍しい、お酒でこんなに絡むサカズキさん。これがボルサリーノさんに見せる顔なのかと感心していると。
日常茶飯事なのか、やれやれと奥さんが溜め息を吐いて此方まで近づいてきてもう一度聞かれる。
「で?何処が良かったの?サカズキさんの」
あなたが聞くんですか……。にっこり笑顔で。
「い、いえ……その」
そんなの、どれかの絞れる訳がないのに。
でも、言わないと奥さんからは流石に逃げられそうにないと思ったので小声で伝える事にした。
「(ぜ、全部……です)」
恥ずかしい。
だがどれとは本当に決められない。存在自体が好きと言ったら何だか大袈裟だろうから、適当に濁してその言葉に落ち着いたのだけれど。
聞いた途端、奥さんがあっはっはっと高笑いする。むう、そんなに嗤う事ないじゃないですか。
「やだぁ!もう可愛い〜。ねぇサカズキさん、この子うちの娘って事で預かっていい?実は私、もう一人くらい娘欲しかったのよねェ〜」
「やめておくんない……」
何故そうなるとやや呆れ気味の彼だったが(私もそうだが)、ボルサリーノさんが奥さんに「何て?」と聞かれたので、またサカズキさんが突っかかるハメになる。その繰り返しの遣り取りが面白くて傍観者になっていると、奥さんから小声で「幸せそうで安心したわ、ありがとうね」と言われた。
お節介かもしれないがお互い夫婦でサカズキさんの事、20年前の離婚から色々引き摺ってらっしゃるのではないかと内心心配されてたみたい。
素敵なご友人に恵まれてるサカズキさんが羨ましくなるほど、ご夫婦の優しさを感じずにはいられなかった。
□□□□□
夜も遅くなって、そろそろお暇しようかと思ったら是非とも泊まっていってくれとご夫婦に圧されてしまったのでお言葉に甘える事にした。サカズキさんからしたら泊まりも日常茶飯事みたいで、一言礼を告げて案内された部屋に二人で入る。
「ご丁寧なこったのォ、あの奥さん」
「ハハ……」
まるで旅館の一室みたいに二つの蒲団が隣合わせで並べられていた。今更恥ずかしがる関係でもないし、婚約までしてるけれどちょっとどきどき。
とはいっても、今夜は酒もお互い結構飲んだので後はもう寝るだけだろうが。
「すまんの、今日は付き合わせて」
「いえいえ。サカズキさんの大切なご友人と聞いていたので、お会いできて嬉しかったです」
「ボルサリーノの家には月に一回は来ちょってのう。これからも何かしら付き合いはあると思うけェ……」
ボルサリーノさんとサカズキさんの父親同士が元々親友だったらしくて、二人は父親に連れられてよく遊んでいたと。3歳の差はあるけど、学生時代にご両親が亡くなったサカズキさんの事をボルサリーノさん父子で気にかけてきたらしい。ボルサリーノさんのお父さんも、サカズキさんの事本当の息子のように思ってたと聞いて二人の仲の良さに納得がいった。
「ふふ。サカズキさんの事、ちょっと知れて嬉しいです」
「おん」
兄弟、って呼んでるぐらいだもんね。もっと知れたらなぁ、と思いつつ先程ボルサリーノさんの奥さんに借りたパジャマを拡げる。
彼はゴロゴロと布団で寛いでいらっしゃるが、ちょっとの間向こうを向いてもらおう。
「あ、あの」
「ん?」
「ちょっと向こう向いてて貰えますか?着替えるので」
「おん……」
貸して頂いたパジャマを着るために着替えようと思ったのだが、如何せん畳部屋の為陰になれるような場所がなく、サカズキさんに襖の方を向いてと頼むと素直に従ってくれた。
「……」
「……」
それ以上の事なんて何度もしてるはずなのに、何だか、妙に緊張して恥ずかしい。ん、おかしいな、あんな事やこんな事してる時は思わない気分だ。酔っているからか。
サカズキさんに背を向けて、急いでパジャマのボタンを締める。こんな時に限って、手が少々震えて掛けにくくて困る。と、その時。
「ベル」
「きゃ、……むぐ」
後ろから突然抱き締められて口を彼の手で塞がれ、未だに締めきれてないパジャマの隙間からもう片方の手を入れられ、胸を揉まれる。驚きの声すらも出させてくれない。
「(声、出さんようにな)」
耳元で囁かれる無駄に声のいい低音に絆されそうになるが。抗議はしっかりしておく。あなたはここを何処だとお思いか。隣の部屋にはボルサリーノさんが寝てるのに……!
「(ま、待ってください!今日はもう寝ましょうよ、ここ人様のお宅ですよ!?)」
「(あんな言葉聞いたからにゃ滾るっちゅうもんよ……わしの何処が好いちょるて?)」
ボルサリーノさんの奥さんとの話、まんまと聞かれてたとは。
かぁぁっと背筋から炎が急に辿ってきたように恥ずかしくて、穴があったら入りたいと自分の布団に潜ろうとしたらそれについてきて後ろから押し倒される。もはや逃げ場なんて勿論ないんだけれど。
「(も!待って……!)」
くるりと仰向けになって対面すると深くキスされる。荒々しくされるかと思いきや、案外丁寧に舌を絡められ味わうようなキスだったので拒めなくて。
ずるい、そんな熱の籠もった目で見られたら私が断れないの知ってるくせに。
「っ……ん………」
「(声、我慢せえよ。手短に終わらすけェ)」
そう言うけれど、手短に終わった事あったかしら。
「(ばか……)」
あぁもう、抗えない。
口から首筋に、首筋から胸元に降りてきたのでどうか隣の部屋に聞こえませんようにと願うしか他なく、サカズキさんに身を委ねてしまった。
□□□□□
「ぁ?」
「……」
折角いい夢を見てたはずなのにどうしても小便がしたくなって間の抜けた声と共に途端に目が覚める。ベルは隣で乱れた服のまま気持ち良く寝ていた。剥き出しの白い太腿を見なかった事にして、おずおずと部屋を出る。
やはり布団が違うと身体の回復がまた違う。いや、昨晩は手短にするために変な処で身体に力を入れたからか?
「サカズキ、お前ェさんさァ〜……」
「おん?」
寝ぼけた面して廊下に出ると、偶然隣の部屋から出てきたボルサリーノに引き留められる。不満と羨望、五分五分に入り混じったかのような。小声で言われるそれは、昨日の秘め事が案の定ばれていたらしい。
「流石にちょっとお盛んじゃないかァ?」
「ハッ、何の事かィ……?」
少し羨ましさの方が勝ってそうなボルサリーノの顔に優越感を感じて、たまには此方から冷やかしてみる。他人の悔しそうな顔は、時にいいスパイスになるものだ。
親友の家。
(お前も久々に奥さんとすりゃええじゃろ)
(もうそんな関係じゃないんだよォ……孫までいるんだぞ?)
(ハ、そりゃ溜まるのォ)
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