献盃


4後味どの味



※注意書き※
地方、地域ごとのジェンダー差別的な描写や偏見もあります。色んな意見はあるとは思いますが、あくまで二次創作の中のお話なので苦手な方は閲覧を控えて頂くようお願いします。



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ーーー私の休日は誰よりも充実していると思う。

日本人女性の平均寿命は現在87歳。国家公務員の退職年齢が今のところ65歳、少子高齢化の社会ではまた65歳から引き上げられる可能性もあるでしょう。月々の年金額にも寄りますが、老後に必要な金額は16万7000円✕12ヶ月✕22年で……。

テレビの動画視聴の検索履歴は専ら“貯金”“老後に必要な貯蓄額”“終活”だの、とても20〜30代女性の検索履歴とは思えないだろう。だが構わない、どうせ私の検索履歴を見る奴はいない。興味関心の高い動画を聴き流し、いつものように財布の中のレシートを確認し家計簿にペンを走らせる。

「家賃10万、光熱費合わせて固定費は……うわぁ、最近ガス代も電気代も高すぎやん、おかしいでしょ」

他国の戦争による物価高、社会保険料の引き上げなどここ数年の家計管理はより厳しい。東京は住む処ではないと以前からよく言われるが、いよいよ私も都内からは引っ越すべきか、それともいっそ住宅ローンでマンション購入しようかと思い悩む。

「あ、でも昨日の浮いた3万は仕送りに回して、と」

昨日の食事ではサカズキさんにご馳走する為いくらか余裕を持ってお誘いしたけれど結局奢られてしまった。まぁ、あれぐらいの年代になると女性に奢るのが当たり前だと思われてそうだけど、今回は私がお礼するつもりだったので悪い事したなぁと思ってしまう。お金がかかったのは行き帰りの電車賃だけ。食事代が浮いたのは正直有り難い事なんだけど、サカズキさんならむしろ払いたかった。

「今月の貯金はいつも通り10万。仕送り3万。はぁ……」

この仕送りさえなければもっと貯金できるのに。
九州にいる母も同じく物価高で家計のやりくりは大変だろうが、そもそも……と、文句が長く続きそうになったので母を思い出す事はやめた。

気分転換にスマホを見て、Limeの一番上に表示されてる“サカズキ”の文字を見つめる。勿論、連絡先をおいそれと消すなんてできなかった。

「(流石にもう、関わる事ってないもんね……)」

昨日の食事に行くのも此方が半ば強引に誘った感じだったし、サカズキさんからも特段何も言われなかったし。痴漢の被害者と助けてくれた人、お礼の食事も終わったのでこれ以上の縁は繋がらないだろうと諦めるしかなかった。



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週明け月曜、昼休み。
食堂でいつもの定食を食べた後の休憩所での一服だけは格別だ。午前中のいかなる多忙な喧騒もこの時だけは忘れられる。生憎自分の顔を見ただけで散っていく小心者の部下がいるお陰で休憩所を独り占めできるというもの。
しかしその独り占めも長くは続かなかった。そのうち見慣れたグラサンが入ってきてにやにやと肩を組まれて嫌な予感がする間もなく、華金は何故残業せんかったと問い質され面倒なのでさっさと白状する。どうせ女の事を聞きに来たのだろう。今更隠してももう遅い。

「あん?なんじゃ、地検の事務官じゃったんか。ほう……で?どうなったんじゃ?」

「どうもこうも、飯喰って終わりじゃ」

Limeに表示されていた名前の通り、ベルという女性は東京地検で検察事務官として働き、出身は福岡で大学時代に仲の良かったあのヒナと親友であった。
話してみるとキャリアを鼻にかけた処もなく愛嬌よく答えてくれるし、プライベートも無理に突っ込んで聞いて来ない処が好感が持てた。此方の年齢も考えての事か、食事処も高級感のある和食専門店で小洒落た雰囲気の上、個室を予約してくれていた。ヒナに事前に色々聞いていたとは思うが、相手に合わせて大人の対応ができる女性だとは思う。終始緊張していた様子ではあったがほぼ初対面だ、無理もない。

当たり障りなく金曜の事を伝えると、バシバシと背中を叩かれて飲んでた缶コーヒーを吹き出しそうになった。加減をしろ、馬鹿。

「かぁーーー。アホじゃのう、何か趣味やら観光やらで次のデート釣りゃええじゃろ」

「ぐ、歳を考えろ歳を」

デートなんて烏滸がましい。向こうは痴漢事件の礼をしたかっただけだ。食事が終わればまた赤の他人だと言えば、グラサンの中からでもわかる見透かした視線で何を綺麗事を抜かしよるとあと一回背中を叩かれた。

「今時20歳差ぐらいで結婚しちょる奴なんて普通におるわい。お前かて下心一切なしに食事行っとりゃせんじゃろ、聖人か?」

そう言われると反論ができない。下心が全くなかったらあの連絡先の紙は今頃ゴミ箱行きではあった。的を射ているが、だからといってあの件のお礼にと感謝している真面目な若ェ女を節操もなく下心で包むような事はしたくはなかった。それに。

「そうは言うても既に男がおるかもしれんじゃろ」

堅い職業に就き、言葉遣いや雰囲気も感じの良い清楚そのもの。顔も悪くない、適齢期となれば自分だけでなく周りの男が放っとかないだろう。まぁ、指輪は着けてはなかったが、外して来てる可能性だってある。

「おったらわざわざ連絡先渡してお前みたいな親父とメシなんぞいかんわ。助けてくれてありがとうござんしたで終いじゃろうが」

女も暇じゃないんで?と言われて正論過ぎてもはやぐうの音も出ない。名古屋の警察署内で一度礼は断ったのに新幹線のホームでわざわざ連絡先を書いた紙を渡して来る程だ。あれで男がいたら随分気の多い罪作りな女だろう。
とはいえだ、もう男女の事柄に関しては20年前の離婚で懲り懲りなのだ。あれからたまにセンゴクさんにも再婚はどうだだの、このテンセイからも知り合いの伝があるだの度々紹介を受けた事はあるがいまいち乗り気になれない。溜め息と気怠い雰囲気を見て取ったのか、次は背中に一発叩かれはしなかった。

「あっち(九州)の女子は気ィは強いらしいが亭主関白には慣れとるけェ、お前にゃ持ってこいじゃろ。お前只でさえ出逢いないんじゃけェ、目の前に新鮮な魚が来たら掴まないけんど?」

「お前も人の事言えんじゃろうが」

「わしは元々自由を愛しとるだけじゃい」

自分よりもコイツの方が一度くらいさっさと結婚しろ、と言いたいが一度失敗に終わった自分が偉そうに言うと一にも十にも返して来そうだったのでやめておいた。ちょうど吸い終わった一本で煙草の箱を切らし、お節介焼きのグラサンが立ち去ったお陰で再び休憩所が独り占め状態になる。

「ふぅ……」

テンセイの言う通り、一度バツがついたからといっていつまでもへっぴり腰じゃ掴めるものも掴めぬまま。昼休みの休憩が終わるまであと15分。足を組み瞼をそっと綴じ、金曜の帰り際改札口で手を振るお嬢さんを思い出す。
彼女は自分に奢るつもりだったと言うが、いくら事件の礼とは言え若い女性に奢られる程腐っちゃあおらん。会計時に店の大将から「綺麗な奥さんですね」と言われた事に内心心が躍った出来事があったのだが、もうすぐ別れてしまう事が過って上手く返事が出なかった。

『今日は本当に来てくれてありがとうございました。私が奢るはずだったのに……』

『あれでわしが奢られちょったら格好つかんわ』

もう少し話したい、と思ったのは事実。ただ相手からしたら痴漢事件での礼として、仕方が無くこんな親父と食事をしてくれていたのだとしたら。別れた後に速攻連絡先を消してしまう可能性だってある。只でさえ痴漢の出来事で男性不信も募っているはず、彼女にとってはこれで終わった方が幸せな事かもしれない。

『とにかく、周りには用心しておけ』

『はい。サカズキさんも、お気をつけて』

当たり障りのない別れの挨拶をして、帰路に立った。
一度食事に応対すれば相手も気が済むだろうと思っておいて、相手どころか自分の方が何とも後味の悪いまま。彼女の連絡先もおいそれとは消せないとは。

「テンセイの言う通り、アホかいのう……」


ぽりぽりと頬を搔いて、独り占めにしていた休憩所を出た。



後味どの味。
(物足らない味って何なんだろう)

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