献盃


5趣味





「お疲れ様です。あれ、ベルさん。帰りはそっちの方面でしたっけ?」

「うん、ちょっと寄るとこあるから。お疲れ様」

ーーーそれから2週間くらい経った華金。

官公庁街に聳え立つビル群の中から出てくる人達は言わずもがな官僚役人ばかりなので、霞が関は官僚の代名詞とも言われている。私の職場である東京地検も日比谷公園側にあり、帰る時は最寄り駅まで徒歩2分と利便性は抜群だ。
だが同じ部署の後輩にも聞かれた通り直行できる道を通らないのは地検から歩いて数分、反対側にある警察庁がある通りに向かうため。わざわざ警察庁の方向に赴く事はないし、本来行く必要もないのけれど。

「(サカズキさん、上階で仕事してるんだろうなぁ……)」

仕事が早く終わった時は、近くの日比谷公園への散歩も兼ねて警察庁の前を通ったりしている。警察庁の知り合いはヒナとサカズキさん、あと数人だけなので、出入りしている人は殆ど知らない人ばかりなのは当然なんだけど、偶然サカズキさんに逢えたらなぁなんて淡い期待を抱いてるのが本当のところ。

「(ストーカーっぽいかなぁ、やめようかな……。)」

警察前でウロウロしてる暇があるなら、Limeでデートに誘えばいいでしょ、とヒナに突っ込まれそう。そもそもあの屈強そうな警察官をストーカーしてる奴なんて、私ぐらいなものだろう。考えれば考えるほど自分が危ない奴だと思って罪悪感に飲まれそうになったので警察庁の方向から踵を返そうとした処だった。

「あー……それやっといて」

「クザンさん!駄目ですよあなた局長でしょ!」

警察庁入り口から出てきた背の高いアフロヘアの男性と一瞬目が遭う。後ろから部下らしい男性が慌てて追いかけてきて、何か書類らしいものを見せるが全く興味なし。ひらひら手を振って警察庁から離れてトコトコと歩いていたが、必死に部下の男性が彼を足止めている。
局長さんと言っていたが、サカズキさんとは別の“局長”の一人だろうか。だとしたら、案外やる気のない局長さんなんだなぁ。

「(時間もあるし、ご飯食べて本屋さんでも行こっかな)」

明日は休日。また“終活”や“貯金”の動画見て家計管理しなきゃいけない。そろそろ動画視聴もネット検索からの情報収集も飽きてきたので、新しい知識と見聞を得る為には書店からが効果的だ。私の人生は、今日も寸分の狂いもなく計画的だ。うん。



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「(趣味……趣味か)」


確かにテンセイの言う通り趣味の一つでも聞いておけば良かった。あの食事した日、色々と話した事を思い出してみるが、彼女が好きそうな趣味が全く見当がつかず2週間近く経つ。もはや自然消滅だ、いや、消滅も何も始まってすらもいないが。
 
「貴様のせいでまた退庁が遅くなった」

「あらら、まぁいいじゃない?カリカリしなさんな」

やり残した仕事をほっぽいて先に退庁しようとしたクザンを部下に無理矢理足止めさせ、再び庁に戻して監視の上で書類作成をさせる。局は違うが、センゴクさんに纏めて報告せにゃならん案件があったため、他の局長もしたがらぬ貧乏くじを引いたというわけだ。コイツが計画的に書類提出してくれれば、此方も早く退庁できるというのに。
帰り際、書類作成をやっと終えたクザンに呼び止められる。

「あれ?サカズキ帰んないの?お前帰りあっちじゃん」

「ちィと本屋に寄るわ」

「本〜〜ん?」

インターネットが当たり前のこの時代。書店業界は倒産や廃業に追い込まれているご時世ではあるが自分も古い人間なのか、スマホやPCで見る活字がどうにも目が痛くなってきて見るのも面倒にもなってきた。只でさえ仕事はPCで業務を行うのに、プライベートまでそれを強いられる覚えはない。
最寄りの書店に赴くと、華金のこの時間だからかあまり人が多くはなかったがそれでも足音が響かない程は客はいた。心なしか、サラリーマンや御婦人方が多いようだ。趣味実用書コーナー付近を見つけると、ガーデニング関連の書籍の中から“盆栽世界”という本を手に取ってしまう。代わり映えもしないおっさんの趣味、まさか彼女が興味を持つ訳もあるまい。
こうじゃない、あれぐらいの世代の趣味を探しにきたのだと一度“盆栽世界”を元に戻す。少し辺りを見渡すと。

「……?」

趣味実用書コーナーの反対側、何となく見たことがあるような紺色のコートを纏った女性が書籍を読みふけっている姿が目に留まる。

……おる。

まさに今どんな趣味を持っているのか頭を悩ませていた女性、ベルだった。
何の偶然かまさか書店で再び出会うとは。とはいえ、お互い霞が関が職場だし、遭遇する確率も決して低いとは言えないが。若者らしくワイヤレスイヤホンをして書籍を読みふけっており彼女自体は全く此方に気づいていないが、この間は新幹線の駅で肩まで叩かれて話をさせられたのだ。少々無粋ではあるが、思いきって此方も彼女の肩を軽く叩いた。

ちら、と見えた本のタイトルについては後で聞くとしよう。

「おい」

「……?え、サカズキさん!」

肩を叩かれ、自分に気付いた彼女が明らかに嬉しそうな顔だったのは、自惚れていいものなのか。



□□□□□



「何かすみません、近くはちょっとしたカフェ店しかなくて。ご夕食は本当によろしいんですか……?」

「いや構わん。此方から呼び止めたけェ、気にせんでええ」

彼女は既に夕食を取ったらしく、その帰りにあの本屋に立ち寄ったらしい。何処か夕食を食べれる処はどうかと聞かれたが、此方が呼び止めたし自分の夕食に付き合わせるのも悪いと思い、近くのカフェ店に入る事にした。お互いホットコーヒーを頼み、一息つく。

「またお会いできるとは思ってませんでした。職場は凄く近いですけどね」

「まぁの。迷惑かと思うたが、声かけてしもうた。すまん」

「いえいえ!嬉しかったですよ、ちょっと吃驚しましたけれど」

ふふ、と優しく笑う仕草が何だか眩しすぎて思わず視線をコーヒーの方にずらす。会いたかったのは事実だが、この間は料亭の個室だったからまだしも、カフェ店での明るさや雰囲気、周りの客層を見ると何だか自分が場違いに思えてくる。彼女は気にも留めていないだろうが。
  
「盆栽がご趣味なんですか?」

「おう。かれこれ20年程しとるがの」

「20年……!」

先程手にしていた“盆栽世界”という本を結局購入してしまった。単純に興味を唆られたのが理由ではあったが、彼女も手にしていた書籍をそそくさと購入していたからというのもある。

「あんたこそ、趣味は何かしちょらんのか?」

盆栽の事を突っ込まれる前に、今度こそ彼女の趣味を問い質そうとした。此方はそれが分からぬが故に2週間も手を拱いていたのだ。参考にさせてもらわねば。

「しゅ、趣味ですね〜……うーん」

しかし珍しく歯切れが悪く答える。彼女も視線をコーヒーにずらして少し考える素振りをした後、申し訳なさそうに答えた。

「特段なくて。あ、ダメですよねいい大人が」

まぁ、趣味が一つ二つある人間ばかりでもないが。最近の若い人は動画視聴だの、サブスク?という映画鑑賞ができるサービスを使って時間を潰していると部下から聞いたことがある。どれも自分にはよく分からないので、もしかしたら遠慮して言わなかったかもしれない。
となると、話が途切れてしまった。まさかここで盆栽の話を永遠としたら嫌われるだろうし、何か話の種になるものはと考えていると、彼女が買っていた本のタイトルを思い出す。荷物置きカゴに入った彼女のバックの横に書店の袋が見えた。彼女が読んでいる時一瞬だけ見えたがタイトルは確か、“ひとりでも一生お金に困らない本”、“30代から始める終活講座”だったか?

「買っちょった本は?」

「え!えっと、その……実家にいる母にあげようかなって」

終活に関する本はまだ分からんでもないが、何より“30代から始める終活講座”の本をわざわざ30代でもない母親に渡すだろうか。彼女の母親はいくら若くても自分と同じくらいの50代かそれ以上だろう。いや、内容の良し悪しによってはその本を敢えて選んだとか?
どこか釈然とせずに癖で目を瞑って黙ってしまっていたら、それが伝わってしまったのか。少し顔を紅くして、俯きながら何故か謝られた。

「自分用です。ごめんなさい……」

「……すまん、気にせんでくれ」

詮索しなければ良かったのだろうか。
別にこんな嘘の一つや二つ構わないのだが、仕事柄腑に落ちない事があるとどうも徹底的に突き止めないと気がすまないのが禍いをした。まぁ、自分よりも遥かに若いのに“終活”とは、えらく真面目過ぎるお嬢さんだとは思ったが。

「あ、いえいえいいんです。何処から話せばいいかなぁ………」

「?……」

彼女が自分から何を話してくれるのか、正直趣味云々よりも興味津々だった。


趣味。
(そっちよりも気になる)

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