献盃


1鼻の利く野良犬




約40年前。
1980年代に私の祖父が立ち上げたのはこのカフェ・バー“Red Shoes”。いわゆる酒だけを愉しむ昔ながらのバーと、カジュアルな雰囲気を併せ持つカフェとしての機能もあり、駅近という事もあって最盛期には連日満員御礼だったという。駅の路地裏の少し奥まった処にあり、隠れ家の様なこの店が私は幼少期の頃から好きで、趣味の執筆をするにはうってつけの場所だった。

「………(比翼連理とは……男女の情愛の深くむつまじいことのたとえ。相思相愛の仲。ふーん……こんな熟語初めて知った)」

現在の店長は私の叔父。身内とはいえ勿論代金は落としていくし、繁忙期には勤めている会社には内緒だがこっそり手伝いもする。全盛期ほどではないけれど、活気のある地方都市とも言われる駅近なので客足は遠のく事もない。単に叔父の経営が上手いという事でもあろうが。

「お、テンさんにサカさん。いらっしゃい」

「おう、マスター。久しぶりじゃのう」

店内はいくつか段差があって、私の定位置は店内を見回してもすぐに見つけられないような、上段の端っこの席だった。マスターと呼ばれた叔父が迎えたのは、ここ数年通ってくる広島弁の常連さん。店の雰囲気からして、客足は女性よりもどちらかと言えば年配の男性の方が多い。30代は超えているだろう恰幅も良く背丈のある二人を叔父も気に入っているらしく、たまに個人的に一杯奢っている処も見た事はある。

「今日はえらいのが来ちょってのう。取り調べに時間がかかったわい」

「お前が早とちりするけェじゃろうが、テンセイ」

「まぁまぁ。今日も市民の為にご苦労さん、二人共」

男の人が複数人でいる時の声は何故か野太く大きく聞こえる。特に調子が出て笑い出した時のあの「ハッハッハ」と誰にでも聞こえるような音。飲み屋だから仕方はないが、今の私には耳障りで小説執筆にはとかく邪魔だった。となると、選択肢は一つ。バックからワイヤレスイヤホンを取り出し、耳に装着して調整している時だった。

何となく目に入ったその常連さん一人と、視線がバッチリぶつかる。あたかも貴方達が煩いからイヤホンをしていると思われたくなくて、そそくさと執筆しているスマホに視線を移す。

「(お、コメントくれた!)」

嬉しい事にたまにくれる小説の感想が私の原動力。マスクの中でだらしなく少しにまにまとしていた。そして、口寂しくなればおつまみを摘んでハイボールを一杯。酔いがほんのり回る頭で描く、男女の睦まじさは恋愛小説の中で十分だ。至福の一時とはこの事を言うのだろう。


□□□□□


「すまんが、わしは先に帰るけェ」

「あ?何でじゃ」

徐ろに席を立ち、自分が飲んだ代金だけをテーブルに置くテンセイ。まだ1時間も経ってもないのに、何故置いていくと不満を漏らすと、小指を立てコートを着る。

「コレよ、コレ」

「ハッ。色ボケしとると痛い目見るぞ」

「お前はもうちィとボケとけ。堅物すぎると使いモンにならんくなるぞ、サカズキ」

余計なお世話だと言おうとしたら、鼻で嗤われてさっさと店から出て行った薄情な親友。
何故あいつはあぁも女にモテるのか。自分とは違って、野良犬のような野暮ったさがなく、家柄も恵まれグラサンを外せば甘いマスクが隠れてるからだろうか。どうせ自分は、王道から外れた無粋で野暮ったい田舎モンだ。フン、それで何が悪い。

話し相手がいなくなったら、手持ち無沙汰。酒をどんどんかっ喰らうしかなくなる。店内を見渡せば、華金の夜なんて専らカップルが何組か、若干煩い男子大学生が数人で呑んでいるくらい。

物珍しいのは、上段の隅っこで一人でイヤホンをしてる大人しそうな女。20後半ぐらいか。終始スマホで何やら熱心に打っており、この店に常連になってからよくその姿を見かけてはいた。華金の夜にこんな洒落たカフェ・バーで一人呑みとは、彼女もある意味自分と変わらん変わり者かもしれない。

「……(よう見かけるのう)」

「あの娘、私の姪っ子なんですよ」

目敏い。
何処に視線をやっていたかマスターに丸分かりだったのが若干恥ずかしい。しかもマスターの姪御とは。なるほど、だからいつも我が物顔で店に居座っているのかと妙に納得できた。

「何じゃ、あんたの身内なんか」

「この店を作ったのがあの娘のお爺さんでね。小さい頃からお店のお手伝いしてくれたんです」

「ほう」

よくある、家族経営の話だ。この店に連れてきてくれたのはテンセイで、駅近で、何処かレトロで落ち着いた雰囲気で老舗感があったので自分も気に入って常連にはなった。多分、スマホで検索してもなかなか分かりにくい場所にあるのが、より一層隠れ家みたいで下手な飲み屋のチェーン店より好感が持てた。代々続いてる店らしく、カウンターの壁には訪れた有名人のサインが飾ってある。

「いい歳になるのに、男の一人や二人連れてきやしないからねぇ。心配ではあるけど」

「おってもわざわざここには連れて来んじゃろ………ん?」

姪御の将来を心配をするマスターだったが、たとえ男がいても叔父がいるカフェ・バーにわざわざ連れてくるだろうか、と突っ込むと、ふと視界に入った上段の席の男子学生達が気になった。

互いに顔を合わせ酒を呑んで話してたら問題はないのだが、チラチラとマスターの姪御の方を見て話してるのが何故か不自然に思う。しかも自分にも聞こえるような下卑た嘲笑い声。

「(え!マジ!?無理って!!)」

「(ナンパして来いよ!行けって!!)」

肝心のマスターの姪御はイヤホンをしてスマホを打つに夢中。マスターは調理場に赴きいそいそと次の摘みを作っていて忙しそうだ。恐らく気づいてもいまい。

別にナンパ自体が罪ではないが、野郎三人で一人の女囲んでする事ではなかろう。事の成り行きを今は静観するべきだと思い、呑んでいたジョッキを一旦テーブルに置く。数分経った処であろうか、先にマスターの姪御が席を立ち上段から降りてきた。

「叔父さん、お代置いとくねー!」

少しカウンターの中にまで入って話しかける処を見るあたり、やはり身内。奥からマスターの声がして、姪御は現金を外から見えぬように置いて店の外へ出た。
その様子を注意深く見ていた男子学生達も、続いて上段から降りてくる。やはりあの姪御、カモにされているかもしれんと思い、煙草を消し、男子学生達の後ろに勘定を待つ客として並ぶ。奴らも釣り銭をマスターから急いで貰うあたり、疑惑が確信に変わっていった。

「あれ。サカさん、もういいの?」

「マスター、すまん。釣り銭はええ、急ぐ!」


自分の嫌な予感はよく当たる。当たらなくてもいい事まで当たるのだから、たぶん、今回もそうだ。


鼻の利く野良犬。
(変わり者同士が出会った店)

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