献盃


3お礼




『お姉さん彼氏は?います?今』

『やめとけって!どうせヤッとる、ヤッとる乳しとるやろ?』

『ハッハッ、胸しか見てねーじゃんお前』


ーーーあぁ、もう無理。
気持ち悪い、気持ち悪い。男って何でこうも下品な言葉を平気で吐けるの?何で知り合いでもなんでもない、今日遭ったばかりの女性を侮辱できるの?私、貴方達に何かした?そもそも誰?

全ての男性がそうではない、と普段は理性を利かせて思うように心がけているけれど、今日は本当に無理。私が神様なら、今すぐこの世の男性の彼処を切り落としてやりたい。そうすれば幾分か世界は平和になれると思う。

実際は胃からこみ上げてきそうな何かを必死で抑えて、息を整えるのに精一杯だった。最悪、連れ去られたらどうしようと思ってみても三人もの男をかわして逃げるなんて出来ない。
しかしそんな時だった。チンピラ男三人から助けてくれた人がいてその人も男性だった。確か、叔父さんが贔屓にしてた……。名前、なんだったっけ。
気持ち悪すぎてどんなやり取りしたかも、もう余り憶えてない。とにかく何とか最後に、その男の人に形だけのお礼は言ったけれど伝わっただろうか。

その後は叔父さんが手配してくれたタクシーでその夜は自宅に帰って、ベッドに沈むように寝た。包みこんでくれる布団だけがあったかくて、ずっとこの中にいたいとすら思った。

翌日。
叔父さんには電話でお礼を言おうと思って、徐ろにスマホに連絡すると、いつものように明るい声のまま迎えてくれた。

「叔父さん、ごめんなさい。昨日は迷惑かけて」

「いや、気にしなくていいよ。俺より、お礼ならサカさんに言いな」

「サカさん?」

誰だっけ。
と思いきや、そうか。助けてくれた人。確か叔父さんが贔屓にしてるあの人が、そんな名前だったっけ。

「助けてくれた人だよ。サカズキさんって言うんだ、警察官なんだって」

「あ……うん」

警察官。
どおりでチンピラ相手に肝の座ってる人だと思った。大変失礼だが正直、そのサカズキさんが三人相手に威嚇していた唸るような声も怖くて怖くて、顔もまともに見れなかった。私に声をかけてくれた時はそうでもなかったけれど、あの時はもう助けてくれた礼をきちんとする余裕すらなかった。

「一応俺からもお礼はしたけど。大人なら……まぁ、無理はせず。任せるよ」

「うん。ありがとう、叔父さん」

叔父さんからもお礼をしてくれて有り難いし、言わんとする事はご尤もではある。

もしあの時あの人が助けてくれなかったら、と思うとゾッとする。あれよこれよと言われて連れ去られてかもしれないし、最悪あんな狭い路地裏で襲われていたかもしれない。考えるだけで気持ち悪くなるから、もう考えないようにしていたいけれど。

叔父さんも、既に成人も過ぎた大人なら、あのサカズキさんという方にもう一度きちんとお礼を言うべきだと言いたいのだろう。私もそれは思う。
華金はよくウチの店にいらっしゃるから、その時でいいだろう。男の人と顔も合わせるのも、正直怖いけれど……、助けてくれた恩人だ。失礼のないようにしよう。


□□□□□


1週間後。
本当ならば自分だけでまたRed Shoesに飲みに行こうとしたらテンセイに捕まって今に至る。いくら常連と言っても何故またこの店に?と聞かれたが理由を話す義理もない。自分が何処に何回行こうと勝手だろう。嫌ならついて来んでええ、と伝えると渋々ついて来られた。
自分達の定位置であるカウンターに座り、見慣れたメニュー表から注文をマスターに伝えると何処かいつもよりニコニコとした表情で受けられる。マスターに対しては自分の思惑がバレている気がして、気恥ずかしくもあるが致し方ない。何せ、お目当てに知り合うにはここに足繁く通うしか他ない。

そのうち、マスターが最初の一杯を持ってきた処で後ろから「すみません」と声をかけられた。振り向くと目の前に質の良さそうな黒い袋を押し付けられる。少し怪訝そうな、恥ずかしそうな顔で目も合わせてもくれずぶっきらぼうではあったが、この間とは違ってしっかりと聞こえる声で感謝の言葉を受けた。

「こ、この間は……ありがとう、ございました」

「おん……」

「そ、それじゃ」

言い終わったらもう用は無いのか、そそくさとまた上段に登り彼女も自分の定位置に戻って座る。そしてまた、スマホに夢中。懲りずにワイヤレスイヤホンをして彼女は自分の世界へ戻っていった。
横目で一部始終を見ていたテンセイが、呆気に取られた声を出す。

「何じゃあ?今の」

「くくく。ごめんなぁ、サカさん。あれでも精一杯頑張ってる方だよ」

その様子がおかしかったのか、マスターは品良く腹の底から笑っていた。まぁ確かに、男性恐怖症にしては面と向かって話すのも一苦労だったろう。この高級そうな袋については何も言及はされなかったが、取り敢えずはお礼に貰っておいて間違いはないと思う。

「あ?何かあったんか?誰じゃい、今の女」

未だにイマイチ状況が読み込めないテンセイに一から話すのも面倒ではあったが、要約すればつまりはこう。

「チンピラに絡まれとったんを助けただけじゃ」

「ほう?」

「俺の姪っ子でね、この間サカさんが間一髪の処を助けてくれたんだよ。テンさんがいない時だったかな」

丁寧にマスターが掻い摘んで説明してくれる。奴はマスターの姪御と聞いて残念がるが。

「なんじゃ、マスターの姪御か。こりゃ、手は出されんのうサカズキ」

「別に気にしなくていいよ。それは姪っ子が決める事だしね」

「………」

ちら、とマスターに一瞬見つめられる。やはり自分の思惑については承知の上なんだろう。さもなければ、可愛い姪御には決して手を出すなと一言や二言口出されてもおかしくはない。
まぁ、マスターは良しとしてだ。横にいる外野がニヤニヤと見てくるのが何とも不快だ。これが安易に予想できたから、今日は一人飲みしたかったというのに。

「ほう?良かったじゃないの。じゃけんお前、今日もここ来たい言いよったんか」

「やかましい。ついて来んでええ言うたのに性懲りもなく来やがって」

「ククク、下心が見えるのォ?」

反論は出来なかった。
かと言って、じゃあ今すぐに話してどうこう……とは思っていない。本人はついこの間、男に対して大層怖い思いして、余計に男性不信が募っただろう。自分がまたそのトラウマの種にはなりたくもなく、ただ店で姿が見えるだけでも十分だった。それすらも嫌だともし本人が思っているのなら、話は別だが。

「……」

またスマホに対して、彼女はにんまりとした顔をしている。幸せそうな……一体、何がそんなに楽しいのだろうか。


お礼。
(結構ええとこの酒じゃのォ、その御礼品)
(わかるんか)

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