献盃


5慣れましょう



友達になりましょうと言ったって、別に連絡先を交換した訳でもないし、必ずこの日時で会おうなんて口約束すらもしていない。元々自分がそんなタイプでもないし、ベルも気持ち的にも縛られるよりは楽だと思って敢えてその辺は有耶無耶にしていた。

次の華金も店に赴く。やっぱり友達すらも無理だと心変わりしてなければいいがと思って上段のいつもの席に視線を向ければ、またぺこり、と会釈された。良かった、もしかしたら待っていてくれたのだろうか?と内心は都合の良い事を思う。

マスターから「今日は向こうで飲むんだね、サカさん」とサラッと揶揄われたがまぁいい。自分も上段に赴き、ベルの前を陣取ると今日は得意のスマホすら出していない。摘みと酒1杯だけで、まるで本当に待っていてくれたかのような。いや、自惚れも程々にしよう。

静かに挨拶されて、他愛のない話を交わす。マスターに揶揄われた時に1杯注文でもしておけば良かったと思いつつ、彼女からメニュー表を受け取る。動きが以前よりは少し滑らかなのは気のせいか?

「警察官、の方なんですね。叔父から聞きました」

「あぁ。あんたは?」

「普通のOLです……こ、こんな感じなので職場は女性だらけで」

「ほう」

ぎこちなさは全ては取れないものの、初対面のあの時よりは幾分か話はしてくれるようになった。未だに目をしっかり合わせてくれはしないが、大分話が流暢になっている。やはりこの間は急に近づきすぎて吃驚させたのかもしれない。

ベルの話によると、女性だらけの職場を何とか選び就職はしたが、直属の上司が男性で、同僚に一人だけ男はいるらしい。だから世間話をするぐらいなら何とかできると。

「いつもこの時間に来とるようじゃが、スマホで何しとるんじゃ?」

「え。と……執筆してて」

「物書きか」

是非ともいつもスマホで何をしているのか教えて欲しいと思って聞けば、なるほど。執筆しているからスマホに齧り付いていたのか。一体どんなジャンルを執筆しているのか。そしてあのニヤけた顔は何から来ているのだろう?

「たまににんまりとしとるけェの」

「え……マスクで隠れてるんじゃ」

「いやァ?」

マスクがあろうと目尻が下がって幸せそうな顔は隠せてないぞ、と暗に言えば墓穴を掘ったのか。恥ずかしそうに俯き始めて黙ったので、あまり掘り下げるべきではなかったかと思い直す。話を変えるか。
他にそうだな、聞きたいことと言えば。

「あんたは、生まれはここら辺か?」

「いえ。生まれは東京なんです。祖父が40年前にこの店開いてて、執筆するにはお酒も飲めるし雰囲気が良いから、もってこいの場所で」

「なるほど。で、この場所が定位置になっとんのか」

店の中のお気に入りの場所にどん座っていた理由。執筆するには下段の人通りが多い処より、上段の人も少なく見晴らしの良い処の方が書きやすかろう。店に入ってすぐ見つけられる場所でもないから、落ち着ける書斎代わりなのかもしれない。

「ここ、店内を見渡せるから……好きなんです」

「……」

決して自分に向けられた視線ではないが、下の階の方を見つめて少し微笑ましく口角が上がったのが可愛く見えた。見惚れるというのはこの事なのだろうか。その表情をもっと見ていたいと視線が痛かったのか、またすぐ摘みに彼女の視線が移る。今日の摘みはこの間とは違い、枝豆に穴が空きそうだ。
なかなか此方に視線を向けてくれないのは、恐怖症ならば致し方ない事なのだろうか。どうしたもんかと思っていると、思い出したようにベルから話しかけられる。

「あの……この間は、本当にありがとうございました。お礼ちゃんと言えてなくて」

「いや、気にせんでええ」

別に礼なら絡まれていたあの時に既に受け取った。それに本人から高級酒まで貰ったし、マスターからもそれなりに。

本当は、どうして男が怖くなってしまったのか核心を聞いておきたかったが、まだそんな深い内情を話せる程の仲ではない。恐怖症といっても話した感じ重度ではないとは思う。何か、きっかけさえあれば開いてくれる心もありそうな気はするが。

「喧嘩、お強そうですよね……」

「どうかいのう」

それからまた、他愛のない話が続いた。たまに沈黙が流れる事はあったが、どちらかがまた話し始める。静かで落ち着いた会話で、随分と進展した気がしていい気分ではあった。まぁそれも、“友達”ならではの進展ではあるが。
女と喋るのに、その日の下心が全くないというのも何処か新鮮であったのかもしれない。


□□□□□


「また、来週来る」

「は、はい」

1時間も経ってはいないが、会って話すのはこの店でと約束した手前いつまでもどん座っていても迷惑だろう。余程、話に花が咲けば別だろうが。一応次に来れる日を伝えておくと、こくりと頷いてくれた。

「……嫌なら下で飲むが」

さて、どんな反応をするだろう。別に揶揄って言った訳ではない。単純に、興味本位で聞いてみたかっただけなのだが。

まさか、また枝豆を穴を空く程見つめて、此方が反応するに困る答えをくれるとは思わなんだ。あくまで“友達”だと言う事を忘れてしまう程、嬉しい。
心なしか顔が紅かった気がするのはアルコールのせいなのだろうか。それとも……。


「い、いえ…さ、サカズキさんなら……大丈夫、です……」


くそ、愛い。



慣れましょう。
(仲良くできた?サカさん)
(……楽しんどるんか?マスター)

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