献盃


Love meA※



悶々とする日々を過ごした。
突然やってきた不完全燃焼なあの行為に翻弄されてしまった上に、自分では慰めるなという彼の命令にも馬鹿正直に従う私を呪う。セックスは苦手なのだから、一人で欲求不満を解消するぐらい訳もなくすればいいのに、禁欲した上でサカズキ君と触れ合うとどうなってしまうのかと興味が尽きないという私も私である。

そして。あの日から5日程経ってやっと、彼からLimeに連絡が来た。

【今夜来ます】

たった五文字を嬉しがる気持ちに嘘はつけず、崩れそうになる顔を引き締め、午前中の仕事を昼休み前までにしっかり終わらせた。うん、この調子で定時に帰れるようにして、ご飯食べてシャワー浴びて新しい下着着て……なんて今夜の段取りを考えるものの。

ふと、私達の関係について第三者から客観的に見てほしくなった。

「ねぇ。恋人でもセフレでもない関係って何だと思う?」

「はぁ?…なに、いきなり」

昼休憩に偶然鉢合わせた、別部署所属の友達に聞いてみる。
友達とは私の大学時代からの知り合いで、職場で唯一気心が知れる。友達とサカズキ君は2年前に同じ部署だったので旧知ではあったし、あらかた、5日前の出来事を掻い摘んで話してみる事にしたのだが。
詳細を聞くと友達は呆れ顔で眉を顰めた。

「それ、ほぼセフレじゃない。って言うより、サカズキってあのクソ生意気、あんたの事好きだったんだ」

クソ生意気って言われる程だったとは、思わず閉口する。現在は同じ部署とはいえ、私はそこまでサカズキ君と仕事で関わった事がなく、クソ生意気な場面に出くわした事もない。
しかしまぁ、セフレ認定されるのは不服だったのでそこだけは訂正するものの。

「さ、最後まではしてないもん。私が全然感じないなら練習台にでもしてくれって言われて……」

圧に負けたっていうか。彼の押しに敗けたというか。言い難くてごにょごにょと言葉を濁しても、友達は変わらず呆れ顔を崩さなかった。
 
「変わんないって。結局身体のお付き合いじゃん、それ」

なに歳下に丸め込まれてんの、とつっこまれる。
はい、まぁ仰る通りだけど。と思って押し黙る。

客観的に見ればほぼセフレだろうと指摘されて、どうしようもなく何とも言えない気持ちになる。一応向こうから恋人として付き合ってくれと告白された上でのこの関係だからね?少なくとも恋人として付き合いたがってたサカズキ君を振ったのは自分であり、それが何故かこのどっちつかずの関係になし崩し的に収まってしまったという経緯である。

友達に言いたい事はいっぱいあるのだけれども、自信を持ってセフレではないという証拠もないので沈黙のままでいると。

「まぁ、告白断られてそれでもあんたに迫るぐらいだし?愛情はあるだろうけど、気をつけなさいよそいつ」

「え?何か知ってんの?」

私の知らないサカズキ君の情報を知ってるのだろうか。気をつけろと言われて、何かとんでもなく素行が悪いとか変な性癖があるのかと心配したが、大して目新しい情報はなかった。

「いーや?ただ上司でも先輩でも噛みつく程変わり者らしいから。仕事の実力は間違いないんだけどね、出世頭だし」

変わり者なのはもう、告白されたあの流れから承知の上だったから特段驚きもしない。仕事も今は同じ部署なので彼の優秀さについては充分承知している。
なぁんだ、と受け流そうとした私に友達は忠告してくれた。私には少し耳の痛いが。


「なぁなぁにはしちゃだめよ、ベル。男なんて皆一緒なんだから」


ーーーわかってるよ。
結局ね、サカズキ君だってそういう行為がし難い女にいつか飽きるんだろうし。
最初からこんな私を全て受け入れてくれる男がいるとは思ってない。彼の目が醒めるまでお戯れに付き合ってやってるだけ。そう、あくまで主導権は“私が”持ってるの。


「(…あの好意にさえ、目を瞑れば)」


純粋に告白をしてきたサカズキ君に罪悪感は募るも、彼も彼で承知の上でこの関係を望んだのだからお互いwin-winの関係なのだろう。無理矢理にでもそう思う事にした。


□□□□□


それから3週間ぐらい経った。
友人の忠告が頭の中を反芻しつつも、サカズキ君との何度かの逢瀬はやめなかった。別に付き合ってる訳でもなく、セフレでもない。個人的に自分のこの濡れないカラダはコンプレックスであったから、自ら練習台として買って出てくれるのならその話に乗っかるのもアリかな、と軽く考える事にしていた。

「サカズキ君ってさ、自分の欲はどうするの?」

「?……」

恋愛をしてる訳じゃないのに、彼の事を気にしてしまう。とはいえ、こんな卑猥な事をしてるのだから、男性の生理現象で下半身が反応しててもおかしくはない。だから、少し盛り上がったスラックスを目にしても特段驚きもしなかったが、一向に彼は自分の欲にだけは無視を決め続けている。ふい、と視線を逸らして彼は答えた。

「気にせんでええです」

「でも。この間も何もしないで帰っちゃったじゃん」

する、とこれを機に彼の下半身を掴もうとしたのだが。先に勘づいたサカズキ君の方が私の手を阻む。そして、両手首を掴まれて荒々しく押し倒されてしまい、深めのキスでそれ以上の反論をさせてくれなかった。

少し不機嫌そうな声がより情欲の我慢を堪えている気がして、幾分か気分が良かった。

「集中してつかあさいや。今あんたを気持ち良くさせたいのが分からんですか」

「ふっ……んんっ」 

馬鹿だなぁ……流れに任せて自分も気持ち良くなればいいのに。と内心笑う。

化けの皮を剥がしてみたい気持ちと、やはり未だ紳士を気取る彼を見ていたい気持ちがせめぎ合う。サカズキ君は後者であり続けようとしていて、なかなか鉄の理性を崩してくれない。最初に約束した事を徹底的に守りきる、何ともストイックな性格だと思い知らされる。その代わりと言っては何だが。

「あんま、見ないでよ。えっち」

身に纏う服を一つずつ脱ぐ工程にしても、私が髪をかき上げる仕草にしても、一切を見落とそうともしない視線が若干痛かった。電気を消したいと懇願したが、真っ暗では見えないので補助灯は点けてくれと言われたし。此方は視線だけで抱かれてる気分にもなる。当の本人は無自覚だろうけど。

「そう言う割には拒まんようじゃが」

「胸、すき?」

自分からはらりとブラを外すと一瞬だけ視線を外した彼。何度か見てるくせに少し揶揄ってみただけでちょっと動揺しちゃうところが可愛い。
私に揶揄われた事に不満な上、気恥ずかしさを隠せない照れた顔が忘れられない。眉間に皺が増えていっているから尚更。

「……からかわんでください」

「ふふ。可愛い」

頭を撫ぜる。番犬みたいで可愛いのよね、と内心微笑ましく思いながら抱き締め合うが、彼の不満は続いていた。

「いたっ!」  

がぶがぶと音がしそうな程、胸元の薄い皮膚を噛まれてしまう。鬱血した痕がいくつか見えて、なかなか消えてくれなさそう。
先程揶揄った仕返しなのか。サカズキ君の両頬を掴んで上を向かせると、いかにも不満気な犬がガルルと唸っているような鋭い目つき。

「痕、付けたら駄目だよ?付き合ってもないんだし」

「他に見せる奴がおるんですか?」

すかさず聞かれた質問に一瞬迷った。が、嘘をついてもサカズキ君にはバレるだろう。小細工はあまり通用するタイプではない。

「いないけどさぁ……」

ならええでしょう、と言わんばかり、これでもかと歯型を肌に食い込ませる。
まるで自分のものだとマーキングされてる錯覚がして、いい顔はしなかった。こんな時にも彼の純粋な恋心が垣間見えた気がして、罪悪感が募るから。

身体の愛撫をされ続けながら、話題を変えようとした。咄嗟に出た言葉が君の本気を促すとも知らず。

「でもホント。不感症でもいいって、大概物好きだよね。サカズキ君」

「……」

他愛もない話が見つからなくて、君が如何に変わり者だということを伝えたかっただけなのに。数秒の沈黙が妙に長くて、何か気に障る事でも言ったかと心配になったものの。
噛みついた肌から口を外し、此方に視線を映した君の瞳が何とも雄々しげでどきっとさせられてしまう。本人は無自覚なのがまた、たちが悪い。

「ええ。俺は女をそこだけで判断しとりゃせんので」

「っ……」

あ……だめだ。ぞくっとした。何だ、今の。
反射的に目を背けてシーツに顔を埋もれさせて気持ちだけ逃げるも、後ろからがちっとホールドされてしまった上に耳元で囁かれる言葉に魅了させられてしまう。成す術もなく、低く重厚感のある声帯によって甘い痺れに絡まれるのだ。

「あんたが気持ち良うなってくれりゃそれでええ」

え……やめてよ。そういうの。
何か本気で惚れちゃいそうになるからやめてほしい。
頭の中でこれは不可抗力、不可抗力と唱え続ける。決して、あぁ決して。格好良いと思ってしまった事なんて決してない。気のせいだ。気のせ……。

「……ん、んん?」

ふと、下腹部に違和感がして視線をやる。すると、俄に信じられない光景が目に入って一瞬驚く。

「指!……あ、あれっ」

「気づかんかったんか」

濡れないはずの自分なのに、痛さも然程なくてサカズキ君の中指をどっぷりと咥え込んだ其処。よく見ると少しだけ濡れている気がする。中で蠢く度にヒリ、とした痛さは若干あるが、我慢できない訳でもない。

「ぅあっ……嘘。な、何か……」

この突きつけられた事実が恥ずかしい。まるで彼に惚れてしまったんだろう?と図星を言い当てられたかのような羞恥心。次第に中指が動くたび気持ち良い処を掠めて変な声が出そうで、片手で漏れそうな口元を抑える。

あ、だめだ。これ。虜になりそう…。

「此方向いてつかあさい」

「や、やだっ!」

思わず拒んだその声に一瞬沈黙が流れるが、彼は素直に従ってくれた。すっと私から離れていった中指。あぁ、抜いてほしい訳じゃないのにそっちで解釈されてちょっと残念な気持ちになる。
そして、一言。こんな時にも痛かったですか、と慮るサカズキ君。何よ。どうして君は化けの皮が剥がれないの?

「……」

もう、こんなに翻弄されて半ばヤケだった。全く濡れないステージからやっと濡れたステージに昇格した事には感謝する。苦手な指もいつの間にか中に入ってたぐらい、丁寧に慣らしてくれた事にも感謝する。が、だ。私だけいつも、申し訳ないもの。

「君も切ないんじゃないの?」

再びする、と下着の中で痛そうな程盛り上がりを見せているサカズキ君の下半身に触ろうとしたら。相変わらず直前に私の手を阻み、指一本すら触らせてくれない始末。彼は器用にも私の猛攻をかわしつつ、脱ぎ散らかしていたズボンを身につけ始めるのだ。

「っ……帰りますけェ、どいておくんない」

「(堅いなぁ……)やだ、って言ったら?」

ほらほら、我慢できないんじゃない?とズボンの上からも触ろうとして挑発したのだが。そうそう安い挑発に乗ってくれるはずもなく、両手首を纏められてシーツに縫い付けられると噛み付かれるようなキスに翻弄されるのだ。
長めに続いたおかげで、息継ぎが出来なくて固い胸板を叩いてやっと解放される。

「ん、んうっ!っは……はぁっ……ちょっと!」

その激しい熱にしばらく茫然としていると、いつの間にか彼はYシャツやネクタイまでも身に付けている途中。

「……っはぁ。俺を舐めんでください。次はないですけェ、ほいじゃあ」

後ろを振り返り捨て台詞を言いながら、腕で濡れた口元を拭う……あまりにも様になりすぎていて、むしろどうして君はこんな冴えない私を好きになってくれたのか、理解に苦しんだ。


ーーーとうに私は。


Love meA
(恋に落ちてしまった)

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