献盃


�N正義と悪の狭間に於いて※(END)





時間がゆっくり動いた。
窓に張り付く雨脚の音が強くなってきて、稲光も依然として収まらないまま。いつも寝ている自分のベットに背中を預けているのに、招かれざる体温がその上にひとつ増えている。外に追い出された相棒が気になるのに、不思議と頭は冴えていた。どの道、今すぐは助けに行けそうにない。

「まず、君は本当に自分の事をコイキングだと思ってる?」

「……は、はい。自他共に認めてますが」

「そうかな。俺にはそうは思えない」

口角が少し上がり、ゆっくり目を細めて私を慈しむような表情。一見そう見えてはいても、彼は穏やかに、だけど確実に怒ってる事は分かっていた。

「自分の事を情けない女だって言っておきながら、ちゃっかり俺に大事宝に扱って貰おうとしてる。毎回会うたびにキスだけで我慢してた俺の気持ち、君にわかるかい?」

「……」

「まぁそれは俺の都合だから、百歩譲って置いておくにしても……一番聞きたいのはさ、君は今、俺の事どう思ってるんだ?」

彼は自分にも落ち着けと言い聞かせるように、一度しっかりと瞼を伏せてのち、その灰色の瞳をゆっくり開いた。

「す、好きですが……」

「どれくらい?」

「え、と……」

どれくらい、とは。何と形容すれば的確なのか。

付き合いをずっと続けたいくらい?
結婚したいくらい?子どもが欲しいと思うくらい?

分からない。ただひとつ言えるのは、昨日のプテラの洞窟の彼を目の当たりにして、私は彼が怖いと思ってしまったこと。好きとか、嫌いとか、それとはまた別の感情。好きで居続けようとするのに、彼の二面性を見た途端戸惑って立ち止まってしまう。
もごもごと口籠る私の態度も、彼には想定の範囲内であったのだろう。続く言葉に核心を迫られてしまった。


「“あんな下衆な処を見ても好きだ”と思えるくらい?」


射抜かれるような視線に心身固まってしまう。
要は、彼が聞きたいのはそれしかない。逆に言えば、それさえクリアしてくれればあとはどうなったって構わないのだろう。そうして気づいたのは、彼はあの凶暴な一面すらも愛してくれる女性をずっと探し続けているのかもしれない、と。

「そ、それは……あの……」

「……」

しかし無用な嘘をついてもきっとすぐに見破られる。今の正直な気持ちを伝えるしかなかった。私にはまだ、全ての彼を受け入れられる自信はとてもなかったから。

「……しょ、正直、こわい……です」

視線を逸らしたまま伝える。
すると若干から笑いしたのち、それまでの緊張感が緩んで彼の声のトーンや雰囲気が穏やかなものに変わった。いつもの彼に戻ったかの如く。

「……はは、そうだよな。本当に、怖がらせてしまってすまなかった。謝るよ。……でも、俺のこと嫌いではないよな?」

「は、はぁ。あ、あの……ワタルさん?」

嫌い?
と言われたら。そういえば確かに今までそんな感情は一度も浮かびもしなかった。
あんな事があって、今もこうして彼を怖い、怖いと思う事はあっても。忌み嫌ったり嫌悪感を持ったりする事はない。憎たらしく思うのもまた違う。

彼は私の隣に横になると、後ろからその長い腕が伸びてきて抱き締めてきた。此方からは顔が見えないまま、後頭部に鼻を埋められいつもの私を甘やかしてくれる優しい彼に戻る。


「君が欲しいな。もっと」


あ、ダメだ。飲み込まれる。
部屋に招いた時点でたとえウインディがいても万が一はこうなるかもしれないとは分かっていたのに、いざその時がくるとみっともなく怖じ気づく。
言っていいものか、でも言わなければエスパータイプでもないのだからぶっちゃけてしまう事にした。

「あの……その。経、験ってのが……なくて」

今日はどうかその辺ご勘弁頂きたいとの旨を込めて伝えるも、少し沈黙が流れて余計に焦る。
     
「と、途中で……だめかも……?やっぱり、がっかりさせてしまったら」

彼の二面性を知っているからこそ、念の為にまた念を押した。未知な世界だったし、本やテレビで見たり聞いたりする事はあっても実際は痛くていきなり入らないだの、何回も試してやっとなんて情報を見ると、気持ちよく最後までどうぞとは言えず。

というよりは、まだ完全に彼に全てをゆるしてる訳ではなかったから。状況が状況とはいえ部屋に入れてしまったのは確かに私が悪い。でも、何処かのタイミングで止めてと言おう。せめて昨日の事があったから、もう少し彼との関係は冷静になりたかった。

「善処するよ。大丈夫、凄く……嬉しかっただけだ」

私の思惑とは裏腹に、彼は喜んでいるらしい。
ちら、と後ろを垣間見ると慈しみ深く見つめられて唇に優しくキスをされた。

「怖くなったらすぐに言ってくれ」



□□□□□



この人のキスから始まった物語。多分、あれがなかったら私達はもう少し違った関係のままだったかもしれない。

「ふっ……ん、」

優しい。優しいのに、少しせっついているような息遣いを隠せてないのも求められているようで嬉しい。私は優しいワタルさんが好きだ、だから唇同士を預け合うだけで甘くて蕩けるような幸せな気持ちになる。耳元で私の名前を呼ばれてぞくりと感じてしまいながら。

昨日の洞窟程の暗闇ではないが、一応電気は消してくれて、たまにカーテンの隙間から稲光が漏れては一瞬部屋の中が照らされる。暗いとは言っても、目の前でお互いどんな姿かぐらいまでは薄っすら見える。
黒いTシャツを脱ぎ捨てた彼は先に上半身裸になる。この薄暗さじゃ素肌の色までは分からないが、流石引き締まった肢体をお持ちなのはよく分かる。それだけでも胸の高鳴りが止まらなかった。

呆けてる私をよそに、昨日よりは遠慮なく、パジャマのボタンを外されて素肌を晒されるのは早かった。たったそれだけでも私は凄くドキドキして恥ずかしいのに、お構いなしに上半身はブラだけにされてしまう。昨日も近い形は経験したけど、そうは言いつつも、首筋から胸元へ這う舌と、下着の上から確かめるように揉まれる手に私も興奮する。人に胸を揉まれるって、また違う快感があるんだなとまだ冷静に分析できて。

「すまなかった、この傷。痛かっただろう?」

「っ……だ、大丈夫、です」

愛撫の心地よさに耽っていると、急に謝りながら昨日つけられた痕を余すことなく舐められる。そもそも誰のせいで、なんて恨み節をぶつけるつもりはないけど、昨日のあれは取り敢えず事故だと思う事にした。

そのうちふわり、と締め付けられていたものが外れて胸が軽くなる。軽くなるという事は必然的に彼の目の前で晒されてしまうので、両手で覆ってしまいそうになったが許されずに阻まれる。

「わ」

「……」

ぎゅ、と抱きつかれる形で彼の顔が胸に埋められる。
い、意外とそういう事するんですね。といらぬ感想を言ってしまいそうになるのを抑える。小さくはないと思うが特段大きい訳でもない私のそれは、彼の頬を包める程度はあった。
柔らかさを堪能するように、やわやわと彼の指が皮膚に沈みこむ。ダイレクトに伝わる体温が私より高い。時折、既にとがってしまった処を擦られるたび甘い痺れのように声が震えた。

「……」

「ん……んんっ……」

形を変える胸や敏感に反応する乳首を翻弄される快感もあるが、それ以上に視界に映る彼に私は興奮していた。
この人が、こんな淫らな事してること自体に、何というか、意外というか、見ちゃいけないものを見たかのような背徳感すら覚える。

「はっ……やっ…あっ!」

ぴん、と先を抓られ無意識にて腰が揺れる。片方をやられたと思いきや、もう片方も時間差なく弄られるから休む暇もなく。
そこでようやっと、彼が無口のままであった事に気づく。薄暗いものだから、表情もはっきりとは分からないが。

「……」

「?……はっ。あの、何か、私…おかしいですか?」

ずっと私を穴が空くほど見つめ続け、沈黙のままな彼に我慢できなくて問いかける。初めてだからこういう時の雰囲気がよくわからない。ここまでで何か変な事をしてないか不安だったので聞いてみたら。

「いや?綺麗で、可愛くて。つい、見惚れていた」

「……。い、意外です…」

「……」

というか、こんなえっちな事してる貴方自体が意外すぎて、私にとっては新鮮な気持ちの方が大きい。普段とのギャップが大きいというか、真面目で堅物そうなのにな、なんて。
しかし彼にとっては、私の感想は少し不服な反応だったらしい。

「俺だって、ただの人間だよ」

「ひゃ……あっ!」

何かに言い訳するような、拗ねたような言い方をしながら、愛撫のお陰で今にも触れて欲しい胸の先端を口に含まれて余裕がなくなってしまった。
変な感じがする。今までとは全然違う快楽がピリッときて自分の身体がおかしかった。

「うっ……っあ、だめっ」

過ぎる快楽を本能的に回避しようとするらしい。気持ち良すぎて、彼の両肩を押すがなかなか退いてくれない。

「君とこういう事したいって、何度思った事か」

「んん…あっ、…あぁ!……っ」

一頻り、胸への愛撫が続いていった。
快感を与えられるたび、触られる処だけでなくきゅんとする下腹部が堪らなくなってもじもじと膝を擦る。不思議な感覚はずっと続いて、触って欲しいと思うのにいざ脱がされてしまうパジャマのズボンを見ると何とも言えない気持ちになってしまって。

「?……」

「うぅ……いや……」

パジャマのズボンを脱ぐまではいい。でも、最後の一枚を脱がされるのがどうしても怖くて、頑なに脱がされまいとパンツを掴んだままの私を彼は若干不思議そうに見たあと、それ以上は無理強いしなかったが。

「……そのままでいいよ」

「な、なにを!?」

ぐい、と両膝裏を持たれて左右に拡げられて彼の目の前に全てを曝け出す。そんな格好になってしまう自分に猛烈に羞恥心を感じて暴れてしまった。

「暗いし布越しだから見えてはないんだ。少し、我慢をしようか?」

「むり、は、ずかし……!そんな破廉恥な!しにます!」

何て格好させるんだと、今にも恥ずかしさで自爆してしまいそうで物騒な言葉を羅列してしまう私に、彼は少し苦笑しながら答える。

「……もっと恥ずかしい事するって、わかって言ってる?」

「〜〜っ……もう、顔……見れません…」

皆こんな卑猥な事を平気でしてるのかと思うと頭がおかしくなりそうで顔から火が出てしまう。両手で顔を覆う私の事などお構いなしに、彼は足の間に踏み込んでいく。

「ひゃ…!」

パンツ越しから触れられると、いつの間にか湿り気があってか濡れた感覚があって。何度かそこを往復した彼は、パンツの隙間から侵入して私も余り触れた事のない場所を掻き分けた。よく分からない、何処を触られているのか自分でも理解できなくて、とにかく擦られると気持ち良い処に当たると情けない声が漏れる。
そうして何度目かの声が漏れたところで、掴んでたはずの一枚を脱がされてしまっていよいよ痴態を露わにしてしまった。彼は未だにそこから退いてくれず、顔を近づけようとするのだから最後の悪足掻きを試みるも。

「〜〜ッ…!も、やだっ!むり!汚いのでほんとにやめっ……!」

「ダメだよ。ちゃんと解さないと君が辛くなるんだから」

「うぅ……うー……!」

いい歳して言い聞かせられてしまい、枕を持って顔を押し付けて、もう何も見ない事にした。しかし怖いもの見たさには抗えない。
彼は問答無用に左右に足を拡げさせて、痴態を目の前にじっくりと見つめると、ひくつかせてるそこにぬるっとした感触が蠢かせる。

「は……ぅ……!あぁ!」

羞恥心と快感の波に襲われて、なすすべもなく喘ぎ声が部屋中に響く。段々と彼の唾液と自分の愛液が混ざる音がする。ちゅ、と吸われた処が凄く気持ちよくてそのたびにびくっと足を揺れてしまう。
視界も音も卑猥で、とてもじゃないが明るかったら卒倒してしまうんじゃないかと思う。

「だ、めっ……頭、おかしくっ……!」

胸を愛撫された時とは比べ物にならない、快感が頭に上り詰めて怖かった。経験した事のない快楽で震えが止まらなくて、彼の肩を掴みっぱなしで。

「いぁっ!だめぇっ!あっ、あっ……!」
   
「イッたね。可愛い」

力が抜けてぐったりと天井を仰ぐと、彼はようやくそこから顔を上げてくれた。この時を待っていたように、今度は彼が後ろから抱き締めるような形に体勢を変えた。

「でも、まだ慣らさないとな」

「んっ……」

今度は彼の指がそこに入っていく。一瞬抵抗を感じたが、一度イッたそこはとろとろで意外とすんなりと受け入れる事ができた。一本だけで済むかと思いきや、いつの間にか二本に増やされて膣の中を掻き回されてしまう。慣れ、というのは恐ろしいもので、ここまで来るとあれだけ燃え盛った羞恥心ももはや形が残ってはいなかった。しかも最後、私はまた軽くイッてしまったらしい。

 
ーーー気持ち、いい。
息をする度に下腹部と濡れそぼったそこがじんじんする。イくってこういう事だったんだ。


そろそろ。流石にここまできてしまったら、お預けというのも酷な話かもしれないけども。今日は何せ初めてだし、彼も少しは察してくれるのではないかと思っておずおずと言い出してみる。できるだけ甘い声を出して強請るようなずるい事はしたくないけれど、これも自己防衛のひとつだと思って割り切った。

「ワ…タルさんっ……私、もう今日は……このへんで」

「……怖い?」

「は……はい」

そう言うと頬や蟀谷にキスされて頭を撫でられて、よく頑張ったねと労われる。
良かった。また今度、会う時までに冷静になって考えよう。少し身体を落ち着かせて、そうしてようやく気怠い身体を起こした時だった。ベット淵で何かゴソゴソとしていた彼が此方を向く。


「すまない、リト」


一言の謝罪と共に世界が暗転する。

また見慣れた天井が背景となり、覆い被さってきた彼。よく見れば今度は彼は一糸纏わぬ姿のまま、そそり立つそこにしっかりと避妊具をつけていて目を疑う。

「っ!?いやっ!最初に言ってた事とちがっ」

「“善処はする”とは言ったよ。君の言う事を聞くとまでは言ってない」

善処とは?
そもそもどういう意味だったか正確には知らなかった。今更辞書を調べても後の祭りで。

初めて見るそれを未だ滑りつくそこ宛てがわれて、ぐっと負荷がかかってくる。両足を閉じようとしても、既に間に彼がいるから完全には閉じれなくて。
ダメだ。さっき2回もイッてしまったお陰で、腰や足に思うように力が入らない。そもそも、乗っかってくる男の体重を蹴飛ばすのも容易ではない。

「いやっ、まって……!あっ…んん」

せめて自由の利く腕で抵抗を示すも、簡単にベットのシーツに縫い付けられる。こんな薄暗い中でも分かるぐらい、突き刺す視線はまるで獲物を狩るような竜の瞳だった。

「リト、君は俺と結婚するんだ。他に可能性なんて万に一つもないんだよ」

「!……」

やっぱり根に持ってた。
私が父に紹介しない事を、この人はずっと怒ってたはずだったんだ。それなのにまんまと絆されて、私はなんて、馬鹿な女だ。

腰の抜けた今の自分ではベットから這い出る事も出来ず、ただ彼の思うようになされるがまま。
ぐっと圧迫してくるものは最初の方はまだマシではあった。彼が丁寧に解してくれたお陰ではあるのだろう。だが、そのうちなかなか奥に進まなくてその狭さに彼も顔を歪めている。息遣いもお互いに荒くなって、ぽたりと彼の汗が落ちた。

「あ、あぁっ!い、たっ、いいっ…」

「……ほん……とだ。…凄く、狭いよ」

びりびりとするような痛さに我慢ならず、悲鳴をあげる。これ以上は前に進まない、お願いだから抜いて欲しいと目で懇願するも、それは許さないとばかり深いキスをされた。進まない場所で、一旦は呼吸を整えるように時がとまる。

「う、ぁっ……ん、ワタ…ル……さ!んん」

「力抜いて。息を吐いてくれ」

力を抜けば?息を吐けば?この痛みから解放されるのかとおとなしく従う。彼は特に私の足の力を抜いて左右にもっと拡げて欲しいようで、太腿を擦りながら真横に押される。確かに、ざらりとした痛さは少しだけなくなったが、その代わり。

「ふぅぅ……う、ぐ、っううっ」

「そう。……いいこだ」

真正面からの圧迫が更に重くなっていく。自分の身体が自分のものじゃないみたいに、自分の意思とは反するように下腹部から微動する事自体に恐怖を覚える。

「こ、わ…い」

「大丈夫だ。怖くない、よ……」

ついには怖いも言える権利もなくなって、ただ彼に縋り付くだけ。

「いっ……い……も、いやぁっ」

「好きだよ。大好きだ」

「〜〜っ!」

ぶち、って音がした気がした。するわけないのに。
最奥まで圧迫が進んで止まった時、下腹部と足が震えてしまった。自分でも信じられないくらい、気持ちいい何かが頭の天辺まで食らいついて一瞬何にも考えられなくなってしまう。

「……奥まで、入ったよ。軽くイッちゃったみたいだね」

「うぁぁっ!……あっ……な、んで…」

「初めてをくれて嬉しいよ、ありがとう」


ついに受け入れてしまった。半ば強引に、彼に請われて。
恍惚とした表情で至極嬉しそうな彼に、私は泣きそうになって唇を噛んだ。そうしてやっと言葉にできたのも、決して彼を許せるものではなくて。


「ば、か……!」


私が?彼が?もうどちらかか分からない。

暫くそのままで固まっていたが、私の息が整ったのを見届けてか、動くよと一言だけ言って腰をゆるりと揺らす。律動がするたびに、少しずつ痛みが快感に変わってゆく。

「んぁ、……あっ、だ、めっ……」

「痛くはないかい?」

今更だ。その気遣いができるなら最初からしてほしかった。返事もできる余裕もなくて、とにかく彼から目を背けてシーツに頬を撫でて貰う。私の明らかな拒否が伝わったのか、彼が怒らないでくれと言うように、優しく頬を撫でてくる。

「此方を向いてくれ」

「……い、やっ……」

「頼む……」

ずるい。ずるいよ。
好きな人にそんな切実な声色で言われたら向かざるを得なくなる。わかってやってるのだ、自分が悪いってわかってるからこそ、私が拒む理由を知っててもなお、赦しさえ請う。
しかも、だからといって打ちつける腰の律動は止めないまま。結合してる部分から蠢くお互いの濡れた音が合わさるのが、何とも生々しい。


「好きだ、好きなんだ…!誰にもっ…渡したく……なくて」

「あっ、まっ、て!あ、あぁっ」

「欲張りに……なって、しまう……!」


切羽詰まった彼の懺悔が耳に響く。付き合う当初から彼は自分は欲張りだと言っていた。勿論、それでもいいと思って付き合ったのは他でもない私であって、今更それを咎めるつもりもなかったが。
それはあくまでも私がいいよ、と許す範囲内で、彼も私に強いてまで欲を張るような事はなかったのに。
私を自分のものにしたい、そんな彼のエゴを目の当たりにしてそこまで強く愛されているのだと自惚れてしまう心とともに、一つの疑問が浮かび上がってくる。

「あ、んんっ……ワタル…さ、んっ……す、き」

「リト……!はっ……」

彼は怖くはあるけど、嫌いではない。むしろ好きだ、大好きだ。それなのに。
素直にそれがすべて純然たる愛情だとは思えなかった。それどころか歪な形をしていて、彼自身もその事にあまり気づいていないような気がして。

律動が大きく揺さぶって、彼の息遣いも今までで一番荒くなっていった頃、ぐっと最奥に打ちつけられて、ぶるりと震えて動きが止まる。恐らく彼の方がイッたんだろう。息を整えつつも、お互いの熱さに飲まれながら彼はやっと私の上から退いてくれた。

「はぁ……愛してるよ、リト」

「ワタル、さんっ…」

この際だ、言いたい事を言ってやろうと思った。じんじんする下腹部の痛みに堪えながら、隣で精を放って疲れた身体を横たえる彼に突っかかる。

「私の事、本当に愛してますか?」

「ん…?どういう意味かな?」

心底意味が分からない、とでも言うような顔をしている。

自分で言ってて哀しくなるが、彼はきっと私を心底愛してはいない。でなければこんな酷い事しないはずだ。彼は私の意思より、自分の欲を満たしたかった。私をただ手中に収めたかった。それだけだ。
胸の内を打ち明けて、ぽろぽろと出てきそうになる涙を抑える。私だって、自分でこんな事言いたくはなかったのに。

そんな私を見て、少しだけ眉を潜めた彼は慰めるように髪を撫でてキスを降らす。頬にも、蟀谷にも、目尻の近くにも。愛してないなんて事はないと、決して。

「愛してるよ。多分、俺の愛し方が君には歪んで見えるだけさ」

「え……?」

「俺は間違いなく君を愛してるんだ。君がそう感じなくとも」

この期に及んでまだ愛してると宣う。愛し方って多様性があるものだと。だとしても、私の気持ちを無視して行うものはそれはただの独り善がりではないのか。

「……私の気持ちは?」

「俺を好きでいてくれたんじゃ?じゃないとそもそも付き合わないよな?」

「大好きですよ。だからこそ……!」

「慎重でいて欲しかった?でもなぁ……他の女性のほうが俺にお似合いだの、俺は結婚相手とすら見てないだの散々な言い様で煽ってきたのは君だろう?それにリト、途中で意図して抱かれるの止めようとしてたよね?」

「!?……」

浅ましい考えさえ的確に言い当てられてしまって黙るしかなかった。しかしそれは、まだ貴方に対しての僅かな不信感が拭えないからであって。
いや、だったらそもそも家に上げなければいいのでは?反論しようと思えば思うほど、危機感のなさやその場で流されやすい自分の無能さが露呈してしまう。

彼はそんな事も分かっていたんだろう。
ほら見たことか、と無情な目つきで此方を見る。

「わかるよ。だから少々荒かったが我は通させて貰った。今の君の顔見て余計に確信したよ」

続けて信じられない言葉を次々と放たれる。決して、ふざけて言ってる訳ではない。彼は至って大真面目に、私に好かれようとして聞いているのだ。ぞくっと寒気が走る。


「それとも、俺じゃまだ君の相手として不足があるのかい?」

「……」

「あと何が必要?教えてくれないかな?」



ーーーダメだ、この人。かなりぶっ飛んでる。

友人が言った通りだった。何で見破れなかったんだ、私は。
結婚とか、所詮は紙切れ一枚としか思ってないんだろう。

愛を。多分、知らない。
酷いのに、壊れてるのに、破綻してるのに。

それでも私は馬鹿なので貴方を心底嫌いになれない。憎めばいいのに、恨めばいいのに。
あの時みたいに、また蔑まざるを得ない言葉を口にする事でしか、貴方の歪んだ愛情に抵抗する事はできなかった。


「やっぱり、貴方は下衆です……ワタルさん」

「最高の褒め言葉だよ。それを言ってくれるのは君だけなんだ、凄く嬉しい」


しかも下衆呼ばわりされるのが嬉しいらしい。今日一番、喜ぶ顔を見て何とも言えなくなった。
分からない。どう育ったらこんなに歪むのか。一瞬マゾかな?とも思ったが多分そういう事ではなくて。
いや、育ちが良すぎて逆に歪むんだろうか。本当の自分を曝け出せない程に、周囲が彼に期待するから?肩書もあって、人格者と呼ばれて、トレーナーとしての実力もあって、これ以上何を望む?

醜い、弱い、情けない。
流されやすい、意思が弱い、根気強くない。

彼には絶対許されない弱みであろう。たとえそんな弱点があったとしても、きっと彼なら必ず克服するだろうし、周囲がそれを決して許さない環境だったんだと思う。

あのプテラの洞窟がいい例だ。プテラ達から“格上”と認められるまでに、彼が血の滲むような努力をしたということはよく分かる。獰猛なプテラ達を従えられるのは、弱みさえあってはならない“大空の王者”でなければならなかったんだろう。

でも、だからこそ、私みたいに愚かで情けないコイキングみたいな女を好きになるのかもしれない。流されやすくて、釣られやすくて、でもそれを他人に指摘されてものうのうと海を泳いでいる呑気なポケモン。私がもし、有能だったり意思が鋼のように強い女だったら、きっと彼には相手にもされてなかっただろう。

とにかく、彼から早く離れようと思った。散らかった下着や服を探して一刻も早くここから去りたかった。ウインディの事も気になる。
そんな私の動きに彼は微動だにもせず、ただ眺めているだけ。

「……見たことないです、貴方みたいな下衆な人」

「へぇ、随分な言い様だな。君自身は清廉潔白の身でもないのに?」

「私は貴方ほど下衆じゃないです!」


それだけは絶対自信を持って言える。
少なくとも人の死を何とも思わないようなぶっ飛んだ思考の貴方と、少しは良心の呵責に苛まれる私と一緒にして欲しくはない。愛情だって、ここまで歪んだ形はしていない。ワタルさんが嫌がっている事を私はしようとは思えない……!

色々と出かかった言葉を全部出してしまおうと彼の方を向いた時だった。ゆっくりと彼も自分の服を手に取り、ポケットの中を探す。そして見つけたらしいそれを、徐に私の前に出したのだ。

「そうかな?俺はサカキに恋してこんな違法な研究物を作ってた君も、なかなか下衆だと思うけど」

「!?……それは」

見覚えあるサンプルを目の前にして愕然としてしまう。絶対この世には既にないはずのものを、何故彼が持っているのか。

「化石ポケモンの精製AIだっけ?一つサンプルを読み込めば無限に化石ポケモンを復元できるっていう……未完成のままだが、作ってるだけでも研究者間じゃご法度なんだろう?」

「……っ!」

あの時、カイリューのはかいこうせんで研究物とその装置自体を目の前でぶっ壊されたはずだ。まさか、全部は壊れてなかったなんて……!
自分の危機管理と後始末の甘さを心底後悔してももう遅い。下唇を噛みしめる私とは対照的に、彼は私の反応など予想できていたかの如く、至極冷静で落ち着いたままだった。

「警察に押収される前に、壊れてなかったサンプルは俺が全部回収しておいたんだ。君は、あの時警察には誤魔化してただろ?明るみに出てたら、研究者としてまず仕事は出来なかったはずだしな」

全てお見通しだ。
何も反論できる事もなく、ただ口を噤む事しかできなかった。悪行がバレた上に、彼が私のし残した後始末まで綺麗にしてくれていた事実に驚きが隠せず。
しかもそれだけではなく、それ以上に衝撃な事実を彼は溢した。

「ちなみに、亡くなった所長さんはどうやらこれの存在に気づいてたよ。彼のポケギアにサンプルの写真が残っていたんだ」

「!?……」

「勿論消したよ。ポケギアもプテラ達が壊してしまったさ」

まさか死んだ所長がサンプルの事を知っていたと知り、閉口する。更にはそこまでをも見越して彼が証拠となるものをあのプテラの洞窟に葬ったとは。
次々に暴かれる新たな事実に血の気が引いて段々と冷や汗が出てくる。私は、もう……。


『正義面ができる立場か?リトくん。君も、私と同じくロケット団という十字架を背負っていくしかないんだよ』


そう言えば所長と口論した時にそんな意味深な事を言っていたのを憶えている。その時は所長の豹変のお陰で深い意味まで考えもしなかったが、あれは私の悪行を知った上での発言だったと……。

青ざめていく私を思ってか否か、彼はベットの横で着替えもままならず茫然と立つ私の手を引き、また腕の中に閉じ込めて強く抱き締めてきた。愛のある抱擁のはずなのに、後ろから淡々と紡がれる言葉はあまりにも無情だった。


「恐らく所長さんはロケット団を通じて君がサンプル開発していた事実を既に知っていたんだ。“ひみつのコハク”を盗難する為にもこれを使って君を脅そうとしていたかもしれない。実際はそうなる前に、俺と対峙したから難は逃れたけど」

「……」

「所長さんがあのまま生きていたら?……君は、どうなっていたんだろうね」

「あ……あ……」


嘘、嘘。
そんな、そんな。

もし所長が生きていたら、私は所長に脅され続ける人生を歩んでたってこと?私が今も研究員として研究ができて、所長にも脅されずに済んでいるこの平和は全てワタルさんのお陰ってこと!?

じゃあ、なに?
ワタルさんがプテラ達が所長を喰い殺すのを積極的に止めなかったのは、つまり。

私が、私が……!
間接的に所長を殺したってこと……!?


鈍器でぶん殴られたかのような衝撃にくらくらしてそのまま彼の腕から出てベットに横になる。当の本人はそんな私の無様な様子に満足したのか、乱れた髪を撫でながら頬に軽いキスを落としていく。

「でなければ再び竜の巣で真実を明かして、のこのこと君を家に帰す訳ないだろう?今日は元々それを伝えに来たんだ、思わぬ形で君を虜に出来たけど」

「そ、んな……!」


ーーーーこの人はずっと、私を。

出会いは確かに偶然だったかもしれない。私に一目惚れしたのも本当だったのかもしれない。
でもそれ以降は、告白も、付き合い始めたのも、彼にとっては当然の結果の出来事だったのだ。何処かのタイミングで私が彼の思惑通りになってなかったら、今の話を持ち出してどうとでも操る事だって出来たわけだ。結果的にはそうはならなかっただけで。
そして昨日のプテラの洞窟での出来事を、ついに小心者の私が誰かに漏らす前に釘を刺しにきた、と。たとえ私が警察に全てを漏らしたとしても、所長はせいぜい不審死で片付けられるだろうが、私の犯した罪は彼がサンプルを持っている限りいつだって立証可能な訳で。彼は痛くも痒くもない。


卑怯だ、狡猾だ。頭に浮かぶありったけの非道な言葉をかけてやりたい。


……いや、彼を全面的に責めるのはお門違いだ。なけなしの理性が私を呼び戻す。

私が、あの時。ロケット団にいても正義の心と誠実さを強く持っていれば。そうすればもう少し違った結果が出ていたかもしれない。


「同じ穴の狢って知ってるかい?俺も下衆だけど、君も同じだよ。はは、君は本当に愚かで情けなくて、可愛いな」


これは結局、自分が撒いた種ではないか。
悪党のボスに絆されて恋焦がれ、後先考えず手を染める事すら全く躊躇しなかった、数カ月前の愚かな自分がすべて。



まさか、こんな下衆な男に囚われてしまうなんて。




「大好きだよ、愛してる」


正義と悪の狭間に於いて�N
(下衆から下衆へと下衆だと突き放す)
END

- 16 -

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