献盃


�E愚か者





『以前からお聞きしたかったんですが、どうしてあの時あんな事したんですか?酔っ払ってた訳でもあるまいし、貴方らしくもなかったような』

彼女から直接そう聞かれて、はたと思考回路が停まる。正直に言うとあれは俺すらも理解し難かった事だからだった。

彼女の言う“貴方らしい”とは?
誰からにも受け入れられる、愛想の良い、正義感の強い、誠実だといった俺なんだろう。
自分で言うのも何だが、非常に万人受けして、四天王のチャンピオンとしての風格を大きく外してもない人間だとは自負している。周囲から見られる俺は多分、そういった人格だ。

だが、君を思い出す時はいつも、俺を“下衆”だと蔑んで呼んだあの時が浮かんでくる。お世辞にもはにかんだ可愛いらしい笑顔だとか、好奇心旺盛にプテラのタマゴの事を聞く君の顔じゃない。

『あなた…下衆ね。ヒーローの皮を被った』

『正義面振りかざしてキスを迫る男よりはよっぽどいい男だったわ』
 
どれも、俺の本性を目の当たりにした時の嫌悪感しかない彼女の言葉。端から見れば最悪なシーンなのに、俺にとっては何度も味わいたいと思うくらい、強烈な一場面だったんだ。そして、何故かそれが心地良くて、やっと自分の根底を知ってくれたとも思った。単純に言えばそう、心から嬉しかったんだ。

ーーーそうか。
俺は本当の自分をもっと君に知って欲しいんだ。だから俺も、本当の君を知りたくて堪らない。

そこまで答えが浮かんで不覚にも顔が紅潮するのを感じて恥ずかしくなってくる。たったあの出会いだけでそこまで感情が揺さぶられている自分に驚きつつも、口で言うよりも身体が勝手に反応してしまっていたのが何よりも証拠だ。

つまりそれはもう、一目惚れしてしまったって事だろう?

気づいた時には勢いよく彼女にそう伝えていて、付き合いたいとまで言いかけてしまった。残念ながら彼女の相棒リザードンに阻まれてしまったが、それでも構わない。
迷いが吹っ切れてしまうと、彼女と会いたくて堪らなくて、また会ってもいいかと許しを得る。照れて此方をあまり見ないようにしている処も可愛いらしかった。

男女の交際?好き?愛してる?
そんなもの、いくらだって囁いてあげる。

本当の俺を見て、またげんなりとして蔑んで欲しい。それでも離れがたくて、囚われて、本当の俺を受け入れるしかない程まで手中に堕ちて欲しい。 
随分と歪んだ愛情だとは思うが、それが本当の俺だ。可哀想に、こんな男の欲をぶつけられて生憎手加減はできない。同情はするよ、同情だけは、ね。

「ばう」

「カイリュー。すまない、今日の試合の報告書だけ書いて帰るよ」


リーグ挑戦者との試合の報告書に筆を進めていると、時計の針に指を差してもう家に帰る時間だとカイリューが急かすものだから軽く宥めてやる。視線をカイリューからまた報告書に移す時に、机上にあったポケギアが目に入る。

プテラの一件で彼女から電話で報告が来て以来、2日が経ったがまだ何の音沙汰もない。また連絡すると言われておとなしく待ってるが、あの感じじゃ押しすぎても引かれるだけだ。

ーーーさて、どうしたものか。

再び報告書の続きを進めていると、図ったかのようにポケギアが鳴り響く。見たこともない番号で、少し警戒しながらも出ると、何度も聞きたいと願った声だった。
 
「……ワタルさんですか?」

「!……君、リトか?」

「あの……えっと……」

電話が来てくれたこと、初めて名前を呼んでくれた事実に素直に嬉しくて、つい心が燥いで口元が緩む。しかしそれも束の間、彼女の声がどこか震え気味で、緊張感で張り詰めた雰囲気を感じて少々疑問に思う。
どうしてそんなに怖がる必要が?

「夜分遅くに突然、すみません。あの……一つ、頼みたい事がありまして」

「?……なんだい?」

とても、次に会える日を伝えるような和やかな雰囲気でもなく、初めて彼女から頼みたい事と言われて、可能な事なら何でも叶えてやりたいとさえ思ったのだったが。

「この間案内して頂いた、立入禁止区内を……また連れて行って貰えないでしょうか?」

それだけで何となく勘が働いてしまう。
これは彼女自体が立入禁止区内に行きたい訳ではなく、誰かに脅されてるのでは、と。でなけりゃこんなに怯えながら俺に窺ってくる理由が見つからない。プテラの研究解明の為なら堂々と言えばいい話だろう。何故怯える必要が。

あの日、プテラの洞窟に来た彼女は大発見とまで言えるその真実を目の当たりにしながらも、一研究員として冷静にその後までを見据えていた。今まで頑なに長老様が立入禁止区内を解放しなかった理由も、俺が皆まで説明せずとも理解していたはず。

上司である所長さんにまで博物館での情報公開を控えるように進言すると言い、実際に情報公開しない方針だと報告までしてくれた。そこまで慎重に対応してくれた彼女が、何故。

「……。それは、所長さん命令ってやつかい?」

「はい…。プテラの解明の事で、どうしてもまだ調べたい事があると」

具体的にどこの解明を?とも聞いてみようかとも思ったが、研究者にしか分からない専門知識で答えられても俺には判断のしようがない。
それよりも。俺は時計が差す針を見つめた。今はもう、21時半を回ってる。

「ところで、君。今どこにいるんだ?」

「……い、家に居ます」

嘘だな。
仕事の話なら普通、博物館の電話から届くはずだし、いくら残業とはいえこんな夜遅くに不躾に俺に連絡することはない。ポケギアが示す番号を見る限り、恐らくこれは彼女個人の番号だ。
ますます雲行きが怪しくなったので、最後にカマをかけてみる。

「そうか。……生憎だが、立入禁止区内の事はまだOKとは言えない。君を操ってるらしい所長さんから、直接話を聞くまではな」

どうやら俺の直感は当たっていたらしい。電話越しに「貸せ」と聞いた事もない男の声がした。

「話が早いようで助かるよ、チャンピオン」

「所長!お願いですっ……やめっ」

「……」

あぁっ!と彼女の悲鳴と同時に物が崩れる音がした。とにかく状況は分かった。立入禁止区内に入る為に彼女を使ってもう一度案内するように指示したと。しかし、俺から正体を見破られて作戦は変更したといったところか。

狙いはプテラか?それとも。

「“ひみつのコハク”の場所を教えて頂きたくてね。今からあんたに立入禁止区内を案内して貰おう。無事案内して貰えたら、この女の居場所を教える。案内を拒否するなら……分かっているな?」

「こんな事して何になるんですか!?貴方みたいな人がそんな事するからっ……!ワタルさん、絶対案内してはいけませんっ……っ!」

「正義面ができる立場か?リトくん。君も、私と同じくロケット団という十字架を背負っ」

そこでプツリとポケギアが切れてしまう。意図的に消したのか、それとも押し問答で切れてしまったのか。どちらにせよ、俺が早くフスベに動かねば彼女の身の安全が保障されないという事だ。迷っている時間はない。

ーーーこの男は絶対に許さん。


「カイリュー、いくぞ」

「ばう!」



□□□□□


こんな形で再び帰郷するとは思わなかったが、セキエイからカイリューに乗って急ぎフスベへ向かった。真夜中もいい頃、里の明かりもほぼ消えたこの時間に、遠目からでも立入禁止区内の前に人影がいるのを見つけた。

初老で眼鏡をかけた如何にも研究者らしい男がカメックスを従えてそこで待っていた。勿論、近くに彼女の姿はない。本来なら、ここで早速相棒のはかいこうせんをお見舞いしたいぐらいだが、彼女の安全が最優先だ。無事なんだろうか。

「彼女は何処にいる?」

「さあな?それは“ひみつのコハク”の在り処を知ってからだ」

クク、と不気味に嗤う。
“ひみつのコハク”は正規ルートではなく、闇ルートで売ればかなり高く売れるとされる。恐らく金に目が眩んだんだろう。博物館の所長まで成り上がって、部下の研究者を脅迫してまでする事がこの所業とは。下衆な上司を持った彼女に同情すると同時に、俺がプテラの話を彼女にしなければこんな事にもならなかっただろうにと、尚更可哀想になってくる。
男は確認の意味も込めてか、隣のカメックスを撫でながら俺に尋ねてきた。

「私も手練れのポケモンを出しておいたほうがいいんだろう?プテラは“格”を見るんだってなぁ?……カメックス、頼むぞ」

「……先に、警告だけはしておく。プテラ達は獰猛だ。“何があっても”、“自己責任”だ」

そう、何があっても。
この男はこの竜の巣に入る意味をどこまで理解しているだろうか。その問いにもう少し誠実に答えてれば結果は違っていたのかもしれない。
愚かな事に、男は怯える風でもなく自信満々で、そして慎重さに欠けていた。

「私はこう見えてもトレーナー歴も長かったんだよ。他にも手練は連れてきてある、見くびるなよ」

「……来い」

まさか、彼女が訪れた時のように無傷で帰れると思っている訳ではなかろう。俺も無条件に守ってやるほど優しくはない。覚悟があるならご自由に、だ。
階段を着々と下り、プテラの群れを目の当たりにした男はあの時の彼女と同じく、無邪気な感嘆の声が響かせた。

「何と。これは素晴らしい……。ハハ、化石研究の道を歩み続けて20年、こんなにプテラの群れがいたとは大発見だ……!」

その純粋さだけを以て道を進み続けていればいいものを。
この男も最初はそうだったのだろう。いつしか、欲に目が眩み堕ちる処まで堕ちてしまったんだろうが。

「“ひみつのコハク”はあれだ」

「ほう?2、3……いや、10個以上はあるな。これだけあれば……クク」

案の定、せっせと“ひみつのコハク”をリュックに仕舞う男の様子を見て、心底呆れるしかなかった。悪事に手を染めるのに戸惑いとか、研究者としての良心の呵責がもう少しあったなら、俺も手助けぐらいはしてやれただろうに。この男からはそれは微塵も感じられない。

ーーーだからもう、容赦はせん。


「彼女は何処だ?」

「フン……お前が以前壊したロケット団のアジトだ。おとなしく私の言う通りにここを案内すれば良かったものを、馬鹿な女だ」

「……」

良かった。あの電話越しに聞こえた彼女の声からして、この男に異を唱えていたのは分かっていた。彼女は彼女なりに研究者として、人間として、この男に最後まで抵抗していたと聞いてホッとする。
だからこそ、この男はこれからも彼女やここにいるプテラ達を脅かし、他の善良な研究者達の足枷にしかならない存在だということ。

この男こそ、正真正銘の“下衆”というわけだ。

「所長さん。貴方は実に愚かな人間だ。貴方のやっている事はプテラ達に対する冒涜に他ならない。そして我々一族に対してもな」

「また伝統や歴史の話かい?そんなもの、科学研究を究める我々には馬の耳に念仏なんだよ。邪魔をするなら、勝負だ若造!」

「俺と勝負?ハハ、そんな生易しい事が“ここ”で許されるとでも?」

ここは神聖な竜の巣だ。
トレーナー同士の正々堂々とした勝負をここでやれると思っているのその浅はかさ、過信、軽率。目の前のコハクに浮かれて、机上の空論ばかりでは計り知れない自然の脅威が襲ってくる事すら頭にはないのだろう。

「我らがプテラはアンタの事を“格下”だと見做してるんだよ、そんな事にも気付かないか」

「!?……ま、まて、どういう意味だ?何でプテラ達が騒いでる……!?」

この男に“ひみつのコハク”を盗られている事を理解しているんだろう。プテラ達はいつもよりも怒りに任せた鳴き声が大きく、俺の合図があればいつでも飛びかかれる苛烈な眼をしていた。幼い頃からこのプテラ達に囲まれて育ったが、これ程まで殺気立った雰囲気は見たことがなかった気がする。

済まなかったな、お前達の巣を荒らしてしまって。

「プテラ達!暴れて構わん!思い知らせてやれ……!」

「か、カメックス!くそ、シードラ!サンドパン!たのっ……!」

そう言えば言ってなかった。
“格”を見たプテラ達がまず襲うのはポケモン達ではない。格下だと判断した“人間”の方を襲うと。
だがまぁ、洞窟に入る前に俺は一応“何があっても自己責任”だと忠告したしな。

他の手練れのポケモンを出したにも関わらず、一目散に男の首を狙ったプテラ達によってその場は血の海となり、久々の餌場と化した。男の手持ちだったポケモンには可哀想な事をしたが、近くにいたプテラに傷つけずに野生に返してあげといてくれとだけ告げ、階段を登り出口に向かう。


「本当に、愚かな人間だ」


もっともあの時、リザードンを連れていた彼女すらプテラ達は“格下”の人間と見なしていた。幸い、襲われなかったのはこの俺が側にいたからであり、彼女を俺の“番”として認識してたからこそプテラ達も襲う気もなかった。この男はそんな事情もつゆ知らず、浅はかにもレベルが高いだけのカメックスを出したくらいで“格上”と勘違いするほど愚かな男だった訳だ。

まぁ今更、獰猛なプテラ達に啄まれて腐ってゆく死体にそれを説いても、無駄なだけだが。




愚か者�E
(これはれっきとした正義だろう?)

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