�D秘密の琥珀
ーーーひ、一目惚れって。
あからさまに顔を紅くしながらも、真剣な表情のまま見つめてくる瞳は純粋そのもので。初めて出会ったあの時の、冷たいオーラと無慈悲な視線とは真逆の彼を見て戸惑ってしまう。
私に一目惚れしたであろうあの時のこの人は、本当にこんな純粋な人だったんだろうか。煩く高鳴る胸の正体は、正直に言えば嬉しさ半分戸惑い半分だった。
「だからその、俺と」
「ガウガウ!」
「ばうばう!」
お前ら、いい加減にしろよ。
とでも言いたそうなリザードンがチャンピオンに今にもかえんほうしゃしそうに突っかかろうとしたのを、カイリューが間に割って必死に停めてきた。そのお陰で今まで繋いでいた手も離れ、少し正気に戻った私は怒る相棒を宥める。
「リザードン!怒っちゃダメよ」
「ガウ……!」
「……ハハ。俺はどうも、嫌われてるみたいだね」
それもそうか、出会った時は敵対してたしね。
と一言漏らし、リザードンに素直に謝るチャンピオン。彼がその先に何かを言おうとはしてたのは何となく分かったが、きっと返答に困る気がして、内心邪魔してくれたリザードンには感謝でいっぱいだった。
どことなく気まずい雰囲気ではあったものの、プテラの異変に勘づいたらしいチャンピオンは少し厳しい顔をして上を見上げる。
「取り敢えず、洞窟から出ようか」
私も改めて上を見上げると、先程よりもプテラ達の鳴き声が大きくなってきているような気がする。此方を相変わらず睨みつけてはくるし、ついでに翼を広げて襲ってきそうな予感もしないでもない。
「ええ。プテラも心なしか不穏な空気を醸し出してますね」
「あぁ。襲って来なかっただけ御の字だよ」
足早に元来た階段を上がる事にした。無言のままの道中、頭の中でぐるぐると先程言われた事を思い出してしまい、脳内から吹っ切れろと命令する。まだ仕事は終わってないんだぞ、と。
地上に上がって、やっと一息。厳重な扉の鍵を閉めているチャンピオンを見て、私は忘れない内にポケギアを取り出す。これも仕事の内なのだ。
「あ、あの」
「?……」
「博物館での情報公開をするかしないかは最終的には所長判断になるので、連絡先を教えて頂いてもいいですか?後日連絡しますので」
「うん。構わないよ」
連絡先を教えてもらいつつ事務的な連絡事項だけを伝えて、ヘルメットや懐中電灯を調査バックにしまう。そそくさとリザードンに乗って、勇気を振り絞ってチャンピオンの方を向くと、カイリューを撫でながらも彼は少し満足気な顔をしている。
「では、私はこれで……」
「あぁ。また、君に会ってもいいかい?」
何でそう、サラッと言えるかな……!?
此方は気恥ずかしくて気恥ずかしくて頭が沸騰しそうなのに。
だけど、会いたくないとはっきりした拒絶は言えなかったし、気づけば首を縦に振ってしまっていた。
「は、はい……」
「ありがとう」
最後までまともに顔が見れなかった。
何でだろう。一目惚れしたなんて初めて言われたから?じゃあ私は男の人から一目惚れしたって言われたら皆に胸を高鳴らせてしまう程の安い女なのか?
自問自答するも答えはノーだ。
渦巻く頭の中でこれだけはわかる。私は強烈にあの人を意識してしまっている事を。
そして、あの拭いきれなかったキスの感触が、嫌悪感の対象からすっかり遠のいてしまった事も。
□□□□□
「ほら、やっぱり。何にもない訳なかったでしょ」
「……」
「だいたい気障な男よねぇ、プテラに託つけて好きな女釣るとか。手まで繋いでいやらしいわぁ。流石はドラゴン使い」
職場に帰って早々、所長にプテラの生息地があったと報告するとでかした!と涙ながら褒められて、“ひみつのコハク”の事も含めて早速レポートに纏めてくれと急かされ。
行きがけ警告していてくれた友人には、帰ってきた私の様子だけで何かを勘づいたらしく、一言「で?」と迫られて素直に白状すると冒頭に戻る。
まるでそうなる展開を分かってましたかのように、手を繋がれたり一目惚れしたと言われた事を伝えると、「でしょうねぇ」と相槌を打ちながらも呆れた声で返してきた。友人の私を見る視線が痛い。少しもチャンピオンを疑わなかった愚かな女とでも言うように。
先程までの舞い上がってたあの熱が、彼女のお陰でばしゃりと水の入ったバケツを被せられたかのようで、少しだけ冷めてきた気がする。冷静になってきた。
「……私ってチョロい?」
「チョロすぎよ。どうせ前のイケオジボスもそんな感じだったんだろうなって」
図星すぎて何にも言い返せなかった。思えば私、サカキ様に出会って30分でホの字だったもんなぁ。いや、あの人は天才的だったんだって、人心掌握術が。
「チャンピオンも内心そう思ってんのかな」
「99%思ってるわね。あ、この女コイキングと大して変わんねぇなって思われてるわよ」
確か、コイキングって世界で一番弱くて情けないポケモンだったっけ?私釣られてから跳ねてばっかりなのかな。辛いわぁ。ほんとに辛い。
サカキ様に恋してた失敗をまたこうして繰り返すのか。と残念に思いつつ、コイキングだって良いところはあるんだぞ、と反論しようと思っても見つからなくて。
「そんなぁ……いつかギャラドスになるのに」
「やめときな、やめときな。話聞いてるだけでもさ、案外裏表が激しいかもよ?ほら、そろそろ私の結婚式あるんだからさ。まだ彼女いなさそうな男何人かいるから紹介してあげるって」
「……」
かと言って、他の男性を紹介してあげると言われても、素直にありがとうと感謝できず。ムズムズとこの、ほのかに募りつつある想いを全否定された気がして、だんだん悲しくなってきた。
「せめてミニリュウくらい釣られにくい女になりなさいよ」
ボロの釣竿じゃ釣れないでしょ?ミニリュウは。
そう言われてご尤もです、それは。と友人に答えると、バンバンと背中を叩かれて机の上にある“ひみつのコハク”に指を差す。
「ま、これだけプテラの資料をくれたのは素直に感謝だけどねぇ。宝の山よ、この“ひみつのコハク”なんて。チャンピオン、よく持って帰っていいって許してくれたわね」
「……うん。それは本当に凄かった」
「まさかプテラの群れが未だに存在してたなんて……。私達、研究員の風上にもおけないわね」
あのプテラの洞窟をカイリューと共に案内する彼は心底楽しそうだった。それに、本来ならばプテラの秘密なんて明かさなくても彼が不利になる事など何一つないのに、貴重な情報を惜しみなく提供してくれた事実には本当に感謝しかない。
別に、根っから悪い人とは思わない。裏表が激しいと言うならそうかもしれないけれど、それはあの時彼が私とは真逆の立場にいたからであって。どうしてか、彼が悪くない人である証拠を掻き集める自分がいて、またプテラの洞窟での出来事に思いを耽る。この時点で、私はすっかり“虜”になってしまっていたと気づくには、もう少し時間が経ってからであった。
□□□□□
ーーー2日後。
胸中は複雑な思いを抱きながらも、仕事としては進捗状況は報告しなければならない。少し襟を正して、職場の電話の受話器を握る。ツーコールぐらいで出てくれたその主人の声と、カイリューの鳴き声も一緒に聞こえた。
「プテラの件、所長は博物館での情報公開はしないとの方針でした。ただ、私が撮った写真やレポート、“ひみつのコハク”は博物館で厳重保管となりますがよろしいですか?」
「あぁ。わざわざ報告ありがとう。所長さんにもよろしく言っておいてくれ」
「ええ。“ひみつのコハク”の解明が進み次第またご連絡いたします。今回は貴重な体験、本当にありがとうございました」
ーーーよし、完璧だ。
それでは、と受話器を置こうとしたが。「まってくれ」と引き留められて、案の定この間言われた事が脳裏に浮かんで脈が速くなる。
「君はいつの日が空いてる?」
「あ、えっと。ごめんなさい。最近予定が詰まってまして……また此方からご連絡いたします!」
「あ、あぁ。……?」
職場でデートの日取りなんて決められるかー!
少し慌てて受話器を切ってしまい、相手に対して失礼と思いながらも致し方がないと自分に言い訳する。何せ、今この場には私だけでなく、所長と残り3人の職員も私の電話のやり取りは聞いてるのだ。
横の席にいる友人からは少し鼻で嗤われたような気がするが、気にしない気にしない。
「リトくん、チャンピオンにはお礼言ってくれたかね?」
すると所長が離席して、わざわざ此方の席まで来られた。私が提出したレポートや写真を持ってきて、バサリと机の上に置かれる。添削して頂いたようで、赤ペンの文字が結構ついていた。
「ええ。博物館での情報公開をしない事も含めてお伝えしました」
「そっか……プテラに関してここまで明らかになったんなら、もう一度くらいその立入禁止区内に行って貰いたいぐらいだがねぇ。どうにか、チャンピオンに頼めないかい?」
所長が言うにはもう少しプテラの生態を知りたいと。“ひみつのコハク”については現在特別な顕微鏡で調査中で、1ヶ月もすれば結果は出るそう。確かにあの1回だけじゃ物足りない事はいくらでもある。
だが、プテラの洞窟でチャンピオンが話していた事を思い出す。確か、長老様を口説くのに結構苦労したとか何とか。いかにも厳重に管理された区域で、今回だって私を招く事すら大変だったらしいから、やんわりと希望は少ない事を伝える。
「いやぁ、それはもう難しいかと。チャンピオンも長老様のお許しを頂くのもかなり苦労されたみたいで」
「ふぅん。そうか。残念だねぇ……君ならチャンピオンも許してくれるような気もするけど」
「はは……」
どういう意味ですか。
と聞き返すのはやめた。
秘密の琥珀�D
(裏と表)
- 5 -
*前次#
ページ: