01-坂田さん


買い物を終えて帰る途中。
見慣れた後ろ姿を発見したので、私は小走りで近付いてその背中に向かって声をかけた。

「坂田さん」
「……おー、お前か。また重そーなもん持ってんな。ほれ」

坂田さんが、中身のぎっしり詰まったスーパーの袋に手を伸ばす。軽くなった体に何だか嬉しくなって、小さく笑いながら坂田さんの隣に並んで歩く。

「晩飯なに?」
「オムライス」
「おめーほんとオムライス好きな」

と言いつつ、何だかんだでいつも完食してくれる。坂田さんだって結構好きなんじゃないだろうか、オムライス。知らないけど。好きなものは?と訊けば糖分と返されたから。

「何がいいか言ってくれたらそれにするのに」
「んな事言われてもパッと浮かばねーだろ。美味けりゃ何でもいーんだよ」

そう言われてもな。美味しいかと訊いても「おー」としか言われないので判断が難しい。
あんまり何が食べたいかしつこく訊くのも悪い気がするので、結局私が一人で頭を悩ませる羽目になる。晩御飯に甘味出すのは流石に気が引けるし。気が引けるとかいう問題じゃない。確実にトドメ刺そうとしてる。

「食後のプリン買っといたよ」
「お、でかした。一口だけやる」
「うん」

坂田さんは、記憶を落っことして名前も身元も分からないという不審極まりない状態の私を拾ってくれた。とても感謝している。
最初こそ、ぶっきらぼうながらも親身になってくれる坂田さんを怪しんで、何か裏があるのではとまで思っていたのだが、次第に疑うのも馬鹿らしくなっていった。
空を流れる雲のようにぶらぶらと気ままに生きている坂田さんを見ていると、何だかそういう人なんだなと妙に納得してしまったし、気付けば一緒にいるのが当たり前になっていたから。

「ねえねえ、好きな人とかいないの?」
「いねーよ、んなもん。……いや待て、結野アナは別だ。あの笑顔を毎朝見る為に俺は生まれてきたんだな多分」
「うーん……」

お天気お姉さんならまあ、大丈夫だろう。どうせ会う事もないまま終わる筈だ。
時々心配になる。もし坂田さんに恋人でもできたら、私は邪魔になってしまうんじゃないかって。そしたら私は、どうすればいいのだろう。「拾って下さい」と書かれたダンボールにでもインしようか。

「そーいうオメーはどーなんだよ」
「え?んー……」

いない。いる筈ない。私の世界には今の所、坂田さんだけがいる。その坂田さんにも好きな人はいないらしい。
だから当分は、この平穏は続くのだろう。例えそれを望むのが良くない事だとしても。

「さあ……もしかしたらいたのかもしれないね」
「あー……まァ、思い出さなきゃいねーのと同じだな。終わってんなァ、俺ら」
「あははは」
「笑ってる場合か」

てくてくと万事屋までの道を歩いていく。これといった理由などないが足取りは軽い。
自分は今、漠然とした幸せの中にいるのだと思った。


150811


ALICE+