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上の階層で見かけるのは青き星にも棲息する魔物ばかりだったが、深層部のクリスタルが再生するのはわけの分からない奴らが多い。
気持ち悪い色をした巨大なタコだとか、縦横無尽に走り回る蒸気機関車だとか。あの列車なんてもう魔物と呼んでいいものかどうかさえよく分からなかった。
まるでゼムスの模倣みたいにベイガンや四天王を蘇らせているものと思っていたが、こうなってくるとますますもって敵の目的が謎めいているな。
しかし戦闘面ではそんなに苦労していない。気を抜けば死ぬが、集中さえ切らさなければ剣一本で切り抜けられる程度の敵だ。
ベイガンは支配の術に抗う兼ね合いで魔力を抑えられているから魔法が使えなくなっている。それでも人間の姿に戻っているのでモンスターの時以上に剣は使える。
そして俺も含めた近衛兵団は、個人の戦闘能力ではバロンでもトップクラスだ。カインのサポートもあるのでヘタな敵には負ける気がしない。
カインやセシルの肉体に取り憑いている時は、彼らの体に“慣れる”必要があった。その点やはり自分の体はごく自然に馴染んでくれる。
まあ当時の肉体を再生しただけで厳密に言えば“自分の肉体”ではないのだが、とにかくありがたいことだ。
近衛の制服ごと再生されたので愛剣も腰にさがっている。制限を受けることなく剣だけで戦えるなら怖いものなどない。
ない、はずだったんだけど。
「ヤト、腰が入っていない。また構えが逆になっている。盾を持っている時とは違うんだ。ああほら気が緩んだ、魔法に頼りすぎては危ないといつも言っていただろう?」
「うるさいなー、分かってるよ。そんなにすぐ本調子になれるわけないだろ!」
こっちはついさっきまで重装備に盾を持ってセシルの体で戦ってたんだぞ。そしてその前はカインの体で槍を握っていた。
体は馴染むけど頭が変化についていけないんだよ、自分の戦い方が咄嗟に思い出せない。もういっそ槍を使いたいくらいだ。
でもベイガンは俺の事情などまったく無視で昔のように叱り飛ばしてくる。威嚇に黒魔法を使っただけで鉄拳が飛んでくるんだ、酷すぎるだろ。
「小手先の技術に頼るのは基礎を極めてからだ。状況の変化に対応できなくて何が近衛か。そんな不甲斐ない様だから不意をつかれて死んだのではないのかね?」
「ぐぐぐ……」
死んだ時の話を持ち出されると反論できなくて少し辛い。
カインは呆気にとられた様子で俺たちのやりとりを眺めている。猛スピードで突っ込んでくる列車を相手に「肩慣らしだ」と魔法禁止で一人放り出された時には若干ながら引いていたようだ。
いいなあ。竜騎士団ではこんな荒っぽい修行をしたことがないんだろう。
結局あの幽霊列車は、ファイガで足止めしてから車輪を斬ってしまった。もちろんベイガンの中では及第点に満たない勝負だった。
「なんというか、凄まじいな。ヤトがこんなに強いとは知らなかった。それもベイガンの特訓のお陰か」
「近衛たるもの如何に不利な状況にあっても冷静に対処できて当然でしょう。私から見ればヤトは半人前以下ですよ」
手厳しいよ兵長。実際、さっき言われた通り不意討ちであっさり殺された俺は近衛として一人前とも言えないだろうけれど。
でもあの時ベイガンは既にゴルベーザ様の配下だったんだし、俺が執務室の前に立ってるのは彼も知ってたんだから連絡しておいてくれたらよかったじゃないか。
それとも俺なら自力で乗り切れると思って放置してたのか? だとしたら俺は一度ベイガンの期待を裏切っていることになる。くそ……。
カインはぼんやりと遠くを見ている。俺が思いのほか強くて驚いているようだ。自分の体で自分の剣を使って自分のやり方で戦えるなら、カインと互角くらいには持ち込める自信はあるぞ。
それでも元同僚の中ではそこそこ止まりの腕前だったけどな。
「あまり考えたくなかったが、やはり……近衛の扱いは、平等ではなかったんだろうか」
呆然と呟かれた言葉にベイガンは「何を今更」と肩を竦める。
カインの性格からして竜騎士団の衰退をセシルたちに愚痴ることはなかっただろうけれども、陛下の寵愛がどこに偏っていたのかは気づいていたはずだ。
近衛兵団は城内でさほどの地位を持たなかった。家柄さえよければ剣の腕なんぞなくても出世できる、王の部屋の前に立ってるだけのお飾り集団だと思われていた。
しかし俺たちは王の最終防衛線だ。どんな悪意も主君に届かないよう鉄壁の守護を誓い、武の極みを目指して己を鍛え続けねばならない。
たとえそれを発揮し、周囲に認められる機会がないとしても。
仲の悪い海兵団などから「ドラゴンの糞」と揶揄されることもあった竜騎士団だって、ドラゴンにパートナーと認められるだけの技能と胆力が求められると外部の者は知らない。
平等なんてない。要は使う者の問題だ。うまく使ってくれる主君のもとでなければ、誰も本当の力を発揮することなどできない。
セシルは……どうなんだろうな。
「そういえばセシルに近衛へ戻るよう誘われたんだけど、あれってベイガンについても同じなのかな?」
陛下に拾われたことで貴族から無用の悪意を向けられていたセシルは、兵学校を出るまでの期間に何かと世話を焼いてくれたベイガンを信頼している。
かつては敵対したが、ゴルベーザ様がセシルの兄として戻ってきた今ならば、もとの地位を取り戻すこともできなくはない。
まあ、モンスターが近衛兵長になるっていうのはどうかと思うけれども、セシルが俺たちに戻ってこいと言うのはさほど不自然ではなかった。
昔の伝手を辿れば相談役として城に潜り込むくらいはできそうだ。
「今は誰が近衛をまとめてるんだろう」
「さて。十四年前の一件で近衛の地位が失墜しているのは間違いない。セシル殿はヤトや私を使って皆の印象を変えるおつもりなのかもしれないな」
「あー……ゴルベーザ様の存在を周知させるためか」
例の“黒い甲冑”に与した者はバロンの奥深くにも潜んでいる。それを排斥するのではなく和睦することで皆の悪感情を抑え、いずれは兄をバロンに迎えたい。そういうことか?
魔物と化してまでゴルベーザに付き従ったものが再び戻ってきてセシル王に仕えるとなれば。……そもそもゴルベーザは悪人ではなかったのかもしれない、という可能性をも作り出せる。
たとえばの話だ。
バロン王を殺害して国の根幹を支配し、世界に戦乱を撒き散らしたゴルベーザ。その汚名を雪ぐのは難しい。しかし、もし「バロン王は最初から魔物だった」とすればどうだ?
今や先代は幻獣オーディンとなって人間の世界と縁が切れている。彼の人生を奪ってしまっても大して問題ないだろう。
ゴルベーザ様は世界でただ一人ゼムスの存在に気づき、対抗するためにクリスタルを集め始めた。争いになることは分かっていたが、月に行ってゼムスを止めるにはバロンの軍事力を利用する必要があったのだ。
そうして魔物であった先代バロン王と接触し、各国からクリスタルを奪い、敵が息を潜めている月への道を拓いた。
「そんな筋書きはどうだ?」
「悪意はなかったから許せなどと、あまりにも都合が良すぎないか」
「しかし今更その言い訳が誰に被害を与えるわけでもない。バロンにとっても悪い話ではありますまい」
「それはそうだが……」
開き直るのは気が引けるのだろう、カインはあまり乗り気ではないけれど、ベイガンは最初からそれくらいは企んでいたようだ。
セシルの真意によるけれども彼がゴルベーザ様を兄として国に迎えたいのなら、大きな嘘をつく必要がある。
もちろん多くの犠牲を払ったダムシアンの民などは、どう言い繕っても“ゴルベーザ”を憎むだろう。そこは外交で解決していくしかない。
しかしバロンの民に受け入れさせるのは、簡単だろう。誰だって悪者にはなりたくないのだ。自分が悪事に荷担していた事実よりも「ゴルベーザは悪人ではなかった」という嘘を信じたがるに違いない。
御膳立てさえしてしまえば、ファブールやトロイアやミシディアとてそう強くゴルベーザ様の断罪を求めることはできないだろう。
なんといってもゴルベーザ様は、世界を救ったセシルの兄なのだから。
とはいえ、そんなことはゴルベーザ様が「やはり青き星に残る」と仰ってから考える話だ。彼がまた月に戻って眠りにつくのならあまり意味がない。
「せっかく生きてるんだから、寝てるのはもったいないよなぁ」
「同感だ。……俺もゴルベーザは青き星に戻るべきだとは思う」
カインが染々と頷き、ベイガンは意外そうな顔をする。
「あの方がセシル殿の兄君だから、ということですかな」
「それもあるが。許してくれる者のある内に、帰るべきだと気づいたんだ」
「……ああ、なるほど」
もし月で長き眠りについたなら、彼が再び戻ってくる時には今度こそ見知った者たちも死に絶えているだろう。
“ゴルベーザ”のしたことを許されないまま、己を知る人のいない世界。それはきっと、すべての人に憎まれるよりも深い孤独と絶望だ。
今のうちに丸め込んでバロンに受け入れてしまうべきかもしれないな。そしてセシルの兄として今後の人生を謳歌する。たぶん、それが一番いい。
しばらく進むとまたしてもクリスタルを発見した。今度は何の魔物が再生されるのかと身構えていたんだが、そのクリスタルはどんなに近づいても砕け散ることなく静かに鎮座していた。
「何だこれは?」
その冷たい表面に触れ、台座から取り上げても魔力に満ちた輝きを放ち続けている。敵がこれにだけ魔法をかけ忘れたんだろうか。
「待てよ。クリスタルのエネルギーを利用してモンスターを再生してるんだから、それを真似すれば四天王を甦らせることもできるんじゃないか?」
放っておいた場合どれくらいの期間で復活できるのか知らないが、精神を支配する魔法をかけず肉体だけ再生すれば俺のように甦ることができるだろう。
早速ベイガンの目が輝いた。
「ではまず陛下を呼び戻すのがよろしい」
いや、カイナッツォよりは膨大な魔力を持つルビカンテを最初に復活させた方が、彼に他の奴らを復活させてもらえるから後々楽だと思うんだけど。
というかそもそもの話として。
「クリスタルの使い方が分からないんだよな」
「……」
「……」
当たり前だがベイガンにもカインにも分からない。アスピルで魔力を吸うくらいならできるかもしれないが、たぶんそういうことではない気がする。
クリスタルの正しい使用方法を知っているのは月の民だけだ。つまり、ゼムスを追いつめたゴルベーザ様か彼の伯父のフースーヤか、クリスタルの光を完全に使いこなしたセシルか。
とりあえずこのクリスタルは懐に入れておいて、四天王を甦らせるのはゴルベーザ様にお任せしよう。べつに青き星へ帰ってからでも構わないんだからな。
カインの体でゴルベーザ様に仕える日々はわりと楽しかった。できるならメーガス姉妹や……ルゲイエはともかく、バルナバたちも甦らせてやりたい。
それでゴルベーザ様に、操られていた間の記憶だって悪いばかりの時間ではなかったと思い出してもらえたなら幸いだ。