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来年の野望



 ゴルベーザ様に仕えようと思ったのはなぜだったのかと改めて考える。
 国に愛着がなかったというのはある。俺のような辺境出身の貴族には、中央貴族の抱く愛国心など持ち得ないのだ。
 王を守るために近衛になったのではなく、近衛だから王を守っていた。その違いは大きい。
 先代バロン王は優しく誠実ではあった。心身の鍛練に励み、他者を思いやり、決して誰かを利用することがなかった。
 己一人の力で立つこと……王がそれを重視するので、臣下は王の役に立つことができない。特に俺たち近衛は無駄飯食らいの謗りを受けることも多かった。
 王宮内で近衛の地位が低下したのは赤い翼の台頭も要因の一つだろうが、そもそも王が近衛の重用を怠ったという方が大きい。
 先代の陛下は誰かに守ってもらうことを恥とした。それはすなわち、その者には頼る価値などないと言うも同然だ。

 たぶん俺がゴルベーザ様に仕えることにした一番の理由は、彼が“ヤト”に興味を抱いたからだろう。
 命を落としカインの肉体に取り憑いて、もはや取るに足りない存在となった俺にゴルベーザ様は目を留めた。
 カインが抱く違和感の中でしか生きていなかった俺に気づいてくれた。そして彼は俺を利用してやろうと考えた。それが肉体をなくした俺の心を掴んだ。
 ああ、ゴルベーザ様なら俺を使ってくれるだろうと思ったんだ。
 守るべき対象に必要とされない近衛ってのは、とても虚しかったからな。どうせならこっちの能力を認め、求めてくれる人に仕えたいと思うのは当然だ。
 守りたい相手だから守る。そう思える人物は少ない。今改めて考えても、やはり俺はゴルベーザ様に仕えたい。

 セシルが自分を取り戻したので俺は用済みになった。それでもゴルベーザ様はクリスタルの欠片に残された魔力を使って俺の肉体を作ってくれた。
 改めて新しい体を確かめると、しっかり人間の形をしている。だが死をねじ曲げ別の存在として生まれ直したからには今の俺はモンスターに区分されるだろう。
「とりあえず、違和感はないな」
 カインやセシルの肉体を動かすよりも指先まで支障なく馴染む。もう自分の肉体の感覚なんてとうに忘れてしまったが、元の俺に酷似した体となっているようだ。
「まるで十四年前のヤトそのものだ」
「十四年前?」
 ベイガンの言葉にゴルベーザ様が少し首を傾げた。月の深部に磨きあげられた鏡などあるはずもなく、今の俺がどんな顔をしているのかは分からない。
「なるほど。クリスタルによる“再生”だから、死んだ時と同じ姿で甦ったのか」
「じゃあ俺また二十代をやり直せるってことですか。そりゃラッキーだ」
「前向きだな、お前は」
 肉体はあの時に死んだのだから何年経とうとクリスタルは当時の俺しか再生できない。ベイガンだって死ぬ前と同じ年格好なのだから当然か。
 この体は複製または模造品と呼ぶべきものであり、完全な“続き”ではないけれど、死から甦りもう一度生きられるのは嬉しいものだ。

「しかし、死んで甦ったなら俺はアンデッドモンスターってことになるんでしょうか」
「アンデッドの明確な定義は分からぬが、死体を甦らせたわけではないので違うだろう。今のヤトはクリスタルの作り上げた火属性の魔物といったところだ」
「火属性?」
 魔物になったことで属性が色濃く出たのだろうか。剣の方が得意だが、生まれ変わって魔法の威力が増しているとすればありがたい限りだ。
 試しに誰もいない地面に向けてファイアを打ってみる。ろくに呪文も唱えなかったのにもかかわらず、念じただけで目の前に巨大な火柱が立った。
 敵襲と勘違いして慌てたセシルたちが駆けて来ようとするほどの強力な魔法だ。
「さすが魔物というべきか、クリスタルのエネルギーで作った体だから凄いのか」
 しかしそれを喜ばないのは我らが近衛兵長だった。そういえば魔物に転生するなら水属性にしろとか言われてたっけ。
「なぜ火属性なんだ、ヤト。もう一度死んで始めからやり直しなさい」
「謹んでお断りします」
 火属性だからってルビカンテ直属の配下になるわけでもなし、見逃してくれ。どっちにしろカイナッツォには仕えないけどな。

 さっき俺が放った魔法に驚いて近寄ってきたセシルが、何事もない様子を見て安堵している。一瞬ゴルベーザ様と視線を交わし、そこに険悪な空気がないことにホッとした。
 そのセシルを追ってきたのはエブラーナの王子、じゃなくて国王様だ。忍者衆は皆よりも先行してこの先に聳える次元エレベーターのようなものを調査していた。
「セシル、見てきたぜ」
「どうだった?」
「先まで確認してきたが、まだクリスタルがいくつも残ってやがる。放って通り抜けるのは難しそうだ」
 クリスタルは誰かが近づくと砕け散り、強力な魔物を再生するようになっている。それらを避けて深部に直行し、万が一すべてのクリスタルが同時に砕けたら大変なことになるだろう。
 袋小路で四天王クラスのモンスター多数に囲まれたら死あるのみだよな。
 少し思案してから、セシルが采配をとる。
「分散しよう。何人かは最深部を目指して月を止める方法を探し、他の者は残ってクリスタルに対処する」
 次元エレベーターの通じる先、この月の中心に、マイナスたちを青き星へと送り込み今もモンスターの再生を目論む黒幕が待っているはずだ。

 エッジ王率いる忍者衆が仲間たちに状況を知らせて回る。最深部に向かうのはセシル一家と黒魔法が使える者が二人ほど、といったところか。
 俺は彼らほどの戦力にならないので、再生された魔物の掃討部隊だな。
「ゴルベーザ様も残りませんか?」
 駄目元で言ってみたものの、やはり彼は首を振る。
「同朋がどうなったかも分からぬ以上、私にはここで敵を討つ義務がある」
「あなたは青き星の人なのに、そんな義務ないと思いますけど。まあ、それが望みなら」
 俺も共に行ってゴルベーザ様をお守りするべき、なのだが……。正直なところベイガンを敵の親玉のもとに連れていくのは気が引ける。
 他の者たちの手前おくびにも出さないが、さっきからかなり辛そうだ。敵の精神魔法が未だ有効なのだからそれも当然と言えよう。
 俺はじっとこちらを見守っているセシルに向き直った。
「ゴルベーザ様を頼む。目を離すと危ないからな」
「大丈夫だ、分かってる」
「……私は保護者が必要な立場なのか?」
「そりゃそうでしょう」
 なんやかんやゴルベーザ様も以前ゼムスの洗脳を受けていた方だ。幻獣たちみたいに操られては困る。
 それにさっきだってセシルを守るために身を挺して死にかけたと聞いた。誰かがそばで守らなければ危なっかしくて仕方ない。
「本来なら俺が行かなきゃならないんだけど、兵長が心配で離れられない。今のベイガンを見てると亡くなる前のじいちゃんを思い出すんだ」
「ヤト、後ろでベイガンが魔物化しかけてるよ」
「知ってます」
 ものすごい殺気をビシバシ感じているからな。

 とりあえず、相当数あるらしいクリスタルを速やかになんとかしなくてはいけない。俺たちが先行し、最深部に向かうセシルたちは力を残しつつ後から出発することになった。
 次元エレベーターに乗り込む直前、セシルは俺の肩を叩いた。
「近衛に戻るという話、考えておいてくれ」
 返事をする間もなく転移が始まる。あの勧誘は冗談じゃなかったのか。
 俺が人間をやめたのは知ってるだろうに、近衛に誘うとは何を考えているのやら。かつてはモンスターになったベイガンを殺したじゃないか。俺だってそうされてもおかしくない。
 それとも、今ならゴルベーザ様も世界の敵ではなくただのセシルの兄だから部下共々好きに生きていい、ということかもしれない。
 だとしたら俺を誘うのはゴルベーザ様をバロンに連れて行くための布石か?

 次元エレベーターから放り出され、エブラーナ、ミシディア、ダムシアン組と別れてクリスタルの探索を開始する。
 ダムシアン王と秘書が貧弱すぎてやや心配だが、シド技師とドワーフの娘が行動を共にしているのでまあ大丈夫だろう。
 で、俺とベイガンの降りたエリアにはなぜかカインも一緒に来ていた。申し訳程度にでも白魔法が使えるから、いてくれれば助かるけれども。
「セシルたちと行かなくてよかったのか」
 向こうにはローザもいるし、それにカイン自身マイナスとも関わりがあったから、決着を見届けたいんじゃないかと思うんだが。残ったのは意外だ。
「セオドアもついているからな。任せておけばいい。俺は後顧の憂いを断つだけだ」
 なるほど。お前になら任せられると言ってやれば自信もつく、か。偉大な両親に挟まれたあの王子が最も必要としているのはまさにそれなのかもしれない。
 ……カインは最近、セオドア王子に対して父性が目覚めつつあるんじゃないか?

 いくら姿形が変わらないとはいえ俺もベイガンも人間ではなくモンスターだ。躊躇なく受け入れられる者は少ない。
 現にセシルたちの仲間といるのは、どうも居心地が悪く感じる。カインの体でともにゼムスを倒したセシルとローザ、リディアとエッジは平気なんだけどな。
 近衛に戻るという話も迷うところだ。今さら俺やベイガンが姿を現したらさすがに混乱を招くだろう。
 ふと視線を感じて顔を上げると、なにやら俺をじっと見つめているカインをベイガンが観察していた。何か用でもあるのかと俺が尋ねるより先に、カインがベイガンの視線に気づく。
「カイン殿にお聞きしたいのですが、青き星に帰った後は竜騎士団に戻られるおつもりで? それともまた試練の山に?」
 どうやらベイガンも帰ってからのことを考えていたようだ。俺とベイガンはゴルベーザ様次第だけど、カインはどうするんだろう。
 バロンに戻ってセシルを殺すというのは半分だけの意思だ。今の彼が何を望んでいるのか、俺にはもう感じ取れない。
 僅かに思案してカインは答えた。
「竜騎士団が、今でも健在だとは思えんが」
 ……言われてみればそうだな。

 カインがバロンを出る時にも竜騎士団はすでに衰退していた。あれから十四年、完全に解散されていてもおかしくはない。セシルたちに聞いておけばよかった。
 だからといって今さらまた試練の山に戻ってアンデッド狩りというのもいかがなものか。この月を遠ざければ魔物の脅威も薄れるだろうし、山の安寧についてはミシディアが何とかするだろう。
 もうカインは、どこへ行って何をしてもいい頃だ。
「バロンに戻ろうとは思っているが、具体的には考えていないんだ」
「では近衛に身を寄せては如何ですかな。カイン殿ならば歓迎されるでしょう。それに安定した地位があれば結婚もしやすい」
「うっ……」
 おっと、ここでベイガンの心ない言葉がカインに突き刺さる。考えてみれば不惑もそう遠くない歳だ。そろそろ結婚しておかないと家名に傷がつきかねないよな。
 まあでも確かにベイガンの言う通り、近衛に入れば良縁を結ぶのなんて簡単だぞ。それでも結婚できなかった例外もあるけど。そう、俺だ。

「だけどベイガン、なんで俺とカインが試練の山にいたって知ってるんだ?」
「ヤトが心配なあまり、霊となりながらもずっと見守っていたのでね」
「うそつけ」
「ええ、うそです」
 くっ……こいつは……まったく。もしベイガンが俺を見守ってたのだとしたら化けて出るくらいはしただろうよ。もちろん嫌がらせで。
 でも本当に、なんで知ってるんだろう。俺とカインの疑わしげな視線を気に留めるでもなく、彼は「そういえば」と話を変えた。
「祖母上の墓を作ってくれてありがとう」
「え? あ、ああ。俺じゃなくて領主様がやってくれたんだけどな」
 ベイガンが殉死した(ということになっている)ので彼の一族は城での地位を返上して俺の従妹が治める領地に移住した。婚姻を結び、すでに両家は一つになっている。
 だから彼の祖母ちゃんの墓も俺が生まれ育った城の地下墓地にある。従妹が石棺を用意させたんだ。
「ってだからどうして知ってるんだよ」
 さっきクリスタルに再生されるまであなたは死んでいたはずだろう。……まさか俺みたいに誰かの体に取り憑いてたんじゃないだろうな、と恐怖を感じたが幸いにも違っていた。
「永逝の前に会いに来てくださったのでね。領主様へ礼を伝えるよう命じられたんだが、ヤトにも言っておくべきだろう」
「そうなのか……」
 魔物は死んでも別の次元で眠りにつくだけだ。人間は普通そこには行けないんじゃないだろうか。俺が半ば成仏しかけていた時だってゴルベーザ様は黒竜を介してでなければ接触してこれなかったんだ。
 旅立つ前にモンスターになってしまってる孫の精神を探し出して挨拶していくって、さすがベイガンの祖母上だな……。

 人間が死んで魔物になるという話はよく聞く。それらは主に現世で怨念を残して未練を抱き、アンデッドになるのだ。
 俺やベイガン、失敗例ではあるが先代エブラーナ王など例外もある。精神だけ現世に残り、新たな肉体を得て魔物に生まれ変わるという例だ。
 では逆に、モンスターが死んで人間になることもあるんだろうか?
 魔物や幻獣にとって死の概念は曖昧だが、ヒトと同じようにいつか消滅する日が来るとしたら、また肉体が変質して人間になることも。
 意外と、自分で覚えてないだけで少し前まで魔物だった人間もいるのかもしれない。自分の在り方が変わったというのに順応性が高すぎる奴は怪しいぞ。……たとえば、ベイガンとか。
 いずれにせよ、二度と会えない場所へと旅立った祖母ちゃんとは違って俺もベイガンも形を変えつつ未だ生きている。
 これからのこと、ちゃんと考えておかなくてはいけないな。



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