一緒にいたい



 世界から魔導の力が消えてもフィガロ城は砂に潜るし飛空艇は元気に空を飛んでいる。モンスターたちも変わりなく過ごしているようだ。
 明らかに機械的な部分が影響を受けないのはともかくとして、ブラックジャックに初めて乗った時も感じた“少し不思議なパワー”はファルコンにも健在だった。操縦席は剥き出し、時速150kmで飛んでも平気で甲板に立っていられる、船長一人で着陸可能、マストがなくても係留できる、などなど挙げればきりがないけれど。魔法がなくても妙な力が働いている。やっぱりこの世界はファンタジーなのだった。

 ケフカを倒してから二ヶ月ほどになるだろうか。ファルコンの甲板に立ち、頬に受ける風は冷たい。今はもう秋……も過ぎてしまった。
「あー、なんか、ひと夏を損した気がする」
 瓦礫の塔に突入する頃には汗ばむ日もあったのに、夏の盛りを感じることもなく、まだ雪の気配こそないものの世界にはもう冬が訪れようとしている。
 こんなことならケフカを倒すのは冬の終わりにすべきだったか。いやそんな余裕はなかったしな。小さな町村の食糧もやばくなってたし、やはり最速でエンディングを迎えてよかったとは思う。
 でも……なんかすごくもったいないんだ。あの世界を覆っていた分厚い雲のせいで今年は夏を感じられなかった。太陽の光を感じられずいつも寒くて暗くて。ちくしょうケフカめ、我々の年代でひと夏がどれほど貴重なものか分かってるのかよ!
「私の夏を返せと言いたい……」
 船縁にかじりついて愚痴る私に苦笑しつつ、マッシュは離れゆく地上を見下ろしている。せっかく緑が蘇ったというのに、これからまた枯れていくのか。まあ、来年の春にはちゃんと芽吹く力があるのだからいいけれども。
「リオは夏が好きなのか?」
「いや、暑いしどっちかってーと嫌いだね」
「何だよそれ」
 クーラーの効いた部屋でアイスを食べるのは大好きだ。でも暑い中を暑い暑いと茹だっているのはまったく楽しくない。当然だろう。しかし“夏がない”となるとそれはそれで悲しいのだ。
「ひと夏の恋もひと夏の経験もすることなく夏が終わった!」
「ある意味、忘れられない経験にはなったけどなぁ」
「……それは確かにそうだね」
 世界が終末を迎えそうになったり、それを阻止しようとして死にかけたり、エンディングを迎えてもまったく元の世界に帰る気配がなかったりと。やはり私はうっかり紛れ込んだというよりあちらの人生を失ってこっちに旅立ってきたのだろうか……もう確かめる術もない。

 瓦礫の塔でティナに預けたうちの鍵は返してもらった。そのまま持っててもらうのもいいかなと思ったんだけど彼女にダメだと言われてしまった。持て余しているのはバレているようだ。捨てるのか、持ち続けるのか、誰かに預けるのか、ちゃんと自分で決めなければいけない。二度と帰らない家の鍵だ。持っていても意味はないが……、それでも捨てるには惜しかった。
 仲間たちもそれぞれの家に帰り、マッシュは跡形もなく消えたコルツ山の切れっぱしの麓にある小屋に戻って暮らしている。元の住み処が無事だったのにダンカンはなぜナルシェ方面にいたのか謎だったが、弟子曰く「向こうの方が修行になるからじゃないか?」とのこと。確かに、霊峰コルツがなくなったのではそこに住む意味もない。ダンカンがナルシェのモンスターを討伐してくれるのはありがたくもある。
 マッシュとしては、フィガロ城を発った時から持っている思い出の品々もあるので元の小屋を離れる気はないらしい。すぐそばのコルツ山が吹き飛んだのでかなり危ないところだったが、あの修練小屋がギリギリ無事でよかったなと素直に思う。
 たまに伝書鳥を飛ばしてくるのでそんな時はサウスフィガロまでファルコンで迎えに行き、こうしてドマ城に送ってあげるのだ。セッツァーは以前よりもなお気まぐれに飛空艇を運行しているが、仲間の依頼があれば駆けつける。マッシュはドマに赴き城の復興を手伝っていた。カイエンが恐縮してしまうので長期の滞在はしていないようだが本当なら住み着きたいのだろう。
「……フィガロには戻らないんだ?」
「うーん」
「なんだ歯切れ悪いなー」
 父親のように感じているカイエンと実の兄であるエドガーと。容易に選べるものではないが、フィガロ城に帰ってしまえばいいのにとも思う。どうせサウスフィガロからドマに行く手間は似たようなものだ。マッシュは困ったように頭を掻きながら後方に広がる砂漠を見つめた。
「そりゃ、戻りたい気持ちはあるけど」
「駄目そうなの? 素人目には今がチャンスだと思うんだけど」
「まあな。どさくさに紛れるなら今しかないと俺も思うよ」
 帝国が滅びた今やエドガーの地位は磐石のものとなった、と言っていいくらいだ。マッシュだってもういい大人だし昔のように病弱でもないし、今さら彼を担ぎ上げてエドガーに対抗しようなんてアホな輩はいないだろう。それでも元帝国派の人々が燻っているので結婚して子供が生まれたら多少は揉めるかもしれないが、火を消すのは容易いはずだ。
 マッシュが生家に帰って何の問題があるというのか。

 でも、マッシュは渋っている。サウスフィガロには飛空艇を使わなくても徒歩で行けるからどんな付き合い方をしているのか私には深く知れないけれども、少なくともドマに行くようにフィガロの復興に手を貸したりはしていないようだ。
「国を捨てた身でおめおめと帰るってのも、なあ……」
「いいじゃんべつに。マッシュが帰ればエドガーは喜ぶよ。自分とこの王様の幸せも祝福できない国民が心狭いだけ。大半は王弟殿下の御帰還を歓迎してくれるって」
「そう簡単には割り切れねえよ」
 城の人間はマッシュの帰還を知っているが、知っているから全員が承諾しているというわけでもない。正式に“王の弟”として城に戻るとなればやはりいろいろ問題なのだろうか。お客様でなくなるのなら、それなりの地位や役職も得てしまうだろうし。ああそれで……。
「……」
「フィガロに戻ってもドマが気になっちゃうからか」
 兄貴にもらった自由を手放すことになる。だから躊躇しているのだと一人納得していたら、マッシュは妙な顔をして私を見つめてきた。
「なあ、お前“エンディング”の後のことは知らないんだよな?」
「え、うん。ゲームにあるのはティナがファルコンの甲板で髪をほどくシーンまでだから」
 見逃したんだよなあ。心残りだ。ただし最近の彼女は髪を降ろしていることが多いのでそれ自体はよく見かける。普段、括る時も以前とは位置を変えてうなじの辺りで髪をまとめており、ポニーテールよりもお母さん度が上がっている。とてもかわいい。
 って、そんな話ではなかったな。何をそんなにビビってるんだ。
「今の俺の気持ちとかは知らないんだよな?」
 あー、ドマが気になるかってのを、設定として知ってたんじゃないかと疑ってるわけか。まさかだね。私はエンディング後のキャラクターがどうしてるのかなんて知らなかった。でもカイエンとの繋がりがマッシュにとって大事だろうということくらい、本人を見ていれば分かることだ。たとえシナリオには描かれていなくてもマッシュがドマを気にかけることなんて当たり前に想像できる。
「だってフィガロに戻らずに小屋で一人暮らしてるし、ドマの復興を手伝ってるし、それでなくてもゲームのキャラクターじゃなく生身のマッシュと一緒に過ごしてきたんだから、多少のことは想像つくよ」
「そう、か……」

 フィガロに戻ってエドガーを補佐することはできる。そう望む気持ちも強いに違いない。でも王の弟になってしまうと、今のように気軽にドマを訪ねてカイエンたちを助けてやることはできなくなるのだ。国を背負わず、ただの“マッシュ”でいたい。しかしそのことに罪悪感も抱いている。難儀なものだ。
「エドガーが結婚してりゃよかったんだけどね」
「それ、兄貴には言わないでくれよ」
「私が言わなくても大臣と神官長が言いまくってますよ」
「まあな。でもリオに言われると兄貴はへこむと思うから」
「心配しなくても、そんなこと言いませんー」
 エドガーが結婚していて、そばにいて補佐してくれる人がいればマッシュは迷いなくドマに住んでいたのかもしれない。でなければ逆にフィガロ城に戻ることだってもう少し気楽に考えられただろう。王妃がいて、じきに王子もしくは王女も生まれるだろうと分かっていれば。
 そんなことはエドガー自身も重々承知しているのだから私がわざわざ言うことはない。それに「結婚していればよかった」はマッシュの方にも言えることだ。マッシュが自分の家庭を持っていればエドガーだってもっと扱いようがあるだろう。いっそのこと王位継承権をきっちり放棄してしまい、違う姓をもらってフィガロに住むことだってできるかもしれない。
 宙に浮いたままのマッシュの立場は、今も半ば“いざって時の国王の予備”なんだ。

 軽く息を吐いて沈んだ気持ちを吹き飛ばし、マッシュは改まって私に向き直る。
「お前はなんでファルコンに残ったんだ? てっきりモブリズに行くのかと思ってたんだけど」
「なんでっていうか、ここにいるのが一番稼げるからね」
「そんな理由かよ……」
「他にどんな理由があると?」
「……セッツァーが好きだからとか?」
「ないわ」
 そこまですっぱり断言しなくてもいいだろとマッシュは笑っているが、ないわ。あの自堕落な船長を放っておけないという気持ちがあるのは否定しないけれども、ギャンブラーに一生ついていく度胸は私にはない。ファルコンに乗っているのは各地の復興に励む仲間たちのために便利だからだ。主にティナのことが心配ではあるけど彼女に尽くす金を稼ぎ出すためにはモブリズに住んでも仕方ない。
 それにしてもマッシュは結構、セッツァーのこと好きだよな。まるっきり正反対だからいいのだろうか。
「じゃあ、降りる気はないんだな」
「今のところはないかなー」
 もっといい就職先があれば降りてもいいが、ここより稼げる職場なんてまずないだろう。実はしばらく前から新進気鋭の画家であるリルム嬢のマネージメント業務もこなしている。世界各地と素早く連絡を取り合うには飛空艇に乗っているのが一番便利なんだ。
 あとは、セッツァーに降りろと言われたら降りるだろうな。たとえば船長が結婚して私が居辛くなるとか、想像つかないけどもし本当にそんなことになったらシャドウを連れてアウザーのところへでも行こうかと思う。ファルコンを降りるとしたら、次に便がいいのはジドールだ。
「……じゃあ、資金稼ぎに便利だとかを抜きにしてさ、お前だったらどこで暮らしたいと思う?」
「私?」
「ああ。参考までに教えてほしい」
 マッシュとしてはフィガロかドマかの二択なのだろうから私の意見が参考になるとも思えないが。でも無関係な第三者の話で新たな道が見えてくるということもあるか。欲しいものが二つある場合、両方から距離を置いて冷静になる、というのも大切なことだろう。

 そうだなぁ。フィガロ城は、憧れるけど砂漠の真ん中はきついな。サウスフィガロに暮らしてみたいけど今はちょっとね。どうも神官長はエドガーのお妃候補をファルコンに乗っていた女性陣から選ぼうと狙い定めているらしく、私まで標的になっている。今のところ集中砲火を食らっているのはサウスフィガロに居を構えたセリスだ。彼女はさらっと受け流しているが、ティナやリルムは近寄らないようにしている。エドガーが結婚するまで私もフィガロ近辺に住むのは遠慮したい。
 モブリズに住むのは先程も述べた通り、ろくに金が稼げないので困る。ナルシェは好きな町だけれど寒すぎて体が持たない。ドマは……遠くから復興を手伝うのが精一杯だ。あの時に、何もしなかった。それを考えるとどうしても呑気にあの地で暮らす気にはなれそうにない。
 ゾゾの町は心惹かれる。でも私は生焼けと丸焦げの肉だけで生きていくことはできないと思う。最近ではジドールと和解の兆しが見えつつあるからあの町の暮らし向きも変わってくるかもしれないが。ジドールは便利だけれどあくまでも職場であって自宅にはしたくないな。オペラ座みたいなもんだ。となると妥当なのはアルブルグ、ニケア辺りかな。
 まあ、伝書鳥を飛ばせるならファルコンで移動の自由は確保できるからどこに住んだって大差ないとも言える。しかしそもそもマッシュの質問は「復興資金を稼ぐなんてのを抜きにして私の暮らしたいところはどこ?」なのだった。
「うーーーん、思ったより難しいな……」
 そりゃマッシュも「フィガロに戻らないの?」って聞かれて即答できないわけだわ。
 大体、私は……素知らぬ顔して町に住めるのだろうか。この期に及んで世界が崩壊したのは私が見捨てたせいだ、とまでは思わないけれど、それでもやはり拭い去れない罪悪感に今も悩まされているのは事実だった。共に戦った仲間たちはともかく、この世界に生きる名もなき人々の中に混じっては、少々呼吸がしにくくなるのだ。

 やはりファルコンが一番いい。この船で暮らしたい。ただ……いつまでも根無し草ではいられない。セッツァーに人生を預けるのも迷惑だろうし、いずれは船を降りて自分の家を見つけなければならないんだ、私も。その時に暮らしたい場所?
「サウスフィガロかなー」
「え……」
「町に住みたいってより、単にそこが好きなんだけど」
 帝国派とリターナー派が入り乱れていた町。レオ将軍に占領され、しかし心性だけは陥落しなかった強かな町。壊れても壊れても何度でも直すと言う子供。崩壊後にも変わらないBGM。最も心に残っている町と言えばサウスフィガロだ。でもまあ、好きだから住みやすいとも限らないんだけどな。
「もう、あれだね。婚活するしかない。そんで相手が住んでるところに私も住む、としか言えなそうだわ」
「コンカツって?」
「結婚活動の略……っていうか、就職先を探す“就職活動”を略して就活って言葉があって、それに引っかけた造語だね。結婚相手を探す活動のこと」
 ふぅんと興味なさげに頷いたマッシュはその無関心な表情のまま呟いた。
「じゃあ俺と結婚しないか?」
「ああそれもありだね」
 サウスフィガロ近郊でありつつも町中ではないので人の目は気にならない。ファルコンの乗り降りにも便利だし、何より結婚していれば神官長の「結婚しろ」攻撃に巻き込まれることもない。マッシュと結婚すれば。……って、ちょっと待て。
「は?」
 よくよく考えたら今あんた何を口走ったんだと、凝視するとマッシュの顔が赤い。意図せず言っちゃったんですか。何のつもりなんですか。というか、マジで言ってるんですか? いや、マッシュがこういう冗談を言わないのは分かっているけれども。じゃあ本気ってことか? 本気ってどういうことだ? けっ、結婚し、結婚しないかって、私と? 誰が? マッシュと? 誰と? 私が?
「その……俺が言うのもなんだけど、ちょっと落ち着けよ」
「お、おう」
 無理。

 心臓がバレンの滝のごとくドドドドと音を立てている。あれ、なんか変な汗が出てきた。「じゃあ俺と結婚しないか」って何なんだ、じゃあって、どこで暮らしたいかという質問はそういう意味で聞いてたのか? 全然そっちの方向で考えてはいなかった。また一から考え直さなくてはいけない。
「俺は、たぶんフィガロにも戻らないし、ドマにも住まない……あの小屋で暮らしていくと思う。だからリオにとっても都合がいいと……」
 仮にフィガロに戻るとしてもドマに行くとしても、マッシュがついているなら平気だと思う。彼の近くは居心地がいい。そう、都合がいいんだ。マッシュは“私”のことを知っているから。でもそういう問題じゃなくて……。
「いや、違うな。都合がいいとかじゃなくて、俺は……こうやってフィガロとドマを往復する間だけじゃなく……俺はお前と一緒にいたいんだよ。あの小屋に来てほしいんだ」
 たぶん、都合とか打算とか事情とかいろいろなものを剥ぎ取ってもマッシュと一緒にいることは、きっと私にとって……どういう気持ちになるのだろう。考えたこともない。考えないようにしていたから。
「あ、え、えっと、いやでも、いや、いやって嫌なんじゃなくて、でも、なにゆえ?」
「恋愛感情なんかなかっただろ、って話か?」
 まともに返事をする余裕もなく必死で頷いた。シャドウに打ち明ける前は私の素性を知っているのがマッシュだけだったから、よく二人きりになることもあり誤解されることは多々あった。お互いそれが好都合で放置していたけれどマッシュが私を異性として見たことはなかったはずだ。もちろん私の方でもそれは同じで。
「まあ正直、恋してたのかって聞かれるとよく分からないんだよな。だって、ずっとお前は元の世界に帰るもんだと思ってたし。好きになっても……不毛だろ」
 それはそうだ。私だってそのつもりでいたから誰にも特別な感情を抱かないように努めていた。どうせ永遠の別れが近いのだから。でもそうじゃないなら。これから先も一緒にいる、その可能性があるなら……。
「俺はリオが好きだよ。ライバルがいるとも思えんが、誰かにやるくらいなら俺がもらいたい」
「……待てい。どういう意味かなそれは!」
 ライバルがいるとも思えないっていくらなんでも失礼だろう。私だってたまには惚れられることもあるわい。たぶん。世の中にはいろんな趣味の人がいるのだから。そしてその筆頭であるらしいマッシュは頬に赤みを残したまま、うっかりすると見惚れる笑みを浮かべた。
「まだ誰にも惚れてないなら、俺に惚れておけよ」
 陸地が見えてきて、ファルコンが着陸準備をしている。ドマに着いたんだ。
「二週間くらいしたら小屋に帰る。よかったら……その時、俺と一緒に船を降りてくれないか」
 船を降りてどこかで暮らすなら、どこがいいのか? それは大切な誰かのそば以外にない。誰かを好きになったのでもない限り私がファルコンを降りる理由はない。ならマッシュがその相手になり得るかといえば、私は──



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