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心の奥の小さな芽



 大陸の南へ渡る大橋は落ち、ドマ城は我が帝国軍に包囲され孤立無援の状態にあった。とはいえ資源の豊富なドマ王国、補給を断ち白旗を上げさせるにはこれから長い時間をかけなくてはいけないだろう。
 ちょうど一年前のことを思い出す。私はマランダで、同じように兵を率いてかの国の首都を包囲していた。膠着しつつあった戦況を打破したのは彼女だ。
 敵の心を挫き、私を流血から守ってくれたのは、いつも彼女だった。

「セリス将軍」
「リオ殿……、なぜこちらに」
 彼女はレオ将軍と共に帝国派貴族との親睦を深めるために、マランダから遠く離れたサウスフィガロの町へ行っているはずだった。テレポで気軽に訪ねて来られる距離でも状況でもない。
「あちらはレオ一人でどうとでもなりますので。私はあなたを手伝うようにと皇帝陛下のお達しです」
 どうせならあなたの副官でいる方が嬉しいとどこまで本気かも分からないことを言って彼女は笑った。そしてリオは皇帝からの手紙を差し出した。マランダを包囲し、魔導戦士部隊で威嚇攻撃を加えた後に彼女を使者として遣わすようにと書かれてある。
 魔導の力を用いた基本戦術だ。何もないところで燃え盛る炎、轟く雷鳴、降り注ぐ氷柱は、魔導を知らない人々の恐怖を煽る。そうして反抗心を削いだところで降伏を持ちかけるのだ。
「でも、あなたを使者にするなんて危険すぎる」
「私はマランダ王と面識がありますから。幼い頃を知る娘を無惨に殺すような方ではありませんよ」
「降伏させられる……だろうか」
「……お任せを」
 鈍い感情が渦巻く瞳で彼女は頷く。その言葉をマランダ王はとても恐ろしく思うだろう。彼女は転移魔法を唱えてマランダ城へと消えていった。……面識があるなんて……王のもとへ転移できるほど、親しかったくせに。

 私が帝都で産声をあげていた頃、そして彼女がリオという名を与えられる前、彼女はツェンの王女だった。未だ魔導の力を得てもいない、帝国の武力の前に剣を砕かれて膝を屈した王国の娘だった。
 彼女の父と兄は死に、城には帝国の旗が翻る。いとも容易くツェン王国は滅びた。そして今やツェンは帝国の一都市となり、彼女を含む生き残りの王族は地位も名前も剥奪されて帝国の民として暮らしている。
 マランダはかつてのツェンと比べ物にもならない小さな国だ。きっとすぐにでも降伏してくれるだろう。心苦しさと戦が早くに終わる安堵が私の中で混じり合う。
 ツェンが滅びた一年後、アルブルグでは魔導師ケフカが進軍のたびに虐殺を繰り返したそうだ。ケフカの軍が王都に到達する頃には城中に白旗が掲げられていた。今、アルブルグにはかつて王都だった町ひとつしか残されていない。
 そう、王が最前線で早々と戦死したツェンはマシな方だったとリオは言った。国王と王子が戦場で首を切り落とされても、そのお陰で町が戦場になることはなく、国民の大半は無事に帝国の民へと生まれ変わることができたのだから。
 恐怖で敵の戦意を削ぐのか。あるいは速やかに王を殺すのか。どちらも私にはできない。私はただ、帝国の旗の下に立って戦況が動くのを待つだけだ。参謀が城門を指差した。
「将軍、ご覧ください」
 城壁のそこかしこから白旗が掲げられる。開かれた門からリオと中年の男性が連れだって歩いてきた。おそらくあれがマランダ王。彼の処遇がどうなるかは分からないけれど、少なくともその決断のお陰でマランダの民はツェン同様に命を拾った。
 包囲され、無意味に抗って殺されるよりも先に膝を屈することを選んだのだ。

 軍幕から遠目にドマ城を眺め、ぼんやりと一年前のことに思いを馳せていた私に、記憶にあるのと同じ声がかけられた。
「セリス将軍」
「リオ……おかえりなさい。ドマ王は何と?」
 私の問いかけに彼女は無言で首を振った。やはり降伏勧告は無駄になったようだ。それでも、使者として城内へ赴いた彼女が殺されずに帰ってきて何よりだった。マランダの時とは違い、ドマ王は彼女の旧知ではないのだから。
 もちろん万が一のことがあってもリオにはテレポがある。しかし彼女が無事に歩いて戻ってきたという事実にドマ王の誠実さが現れていた。敵は正々堂々、武力による決着を望んでいる。だから……なおさら戦うのが嫌になる。
「ドマ王国には政治的な取引が通じない。厄介な戦になりそうね」
「彼らにとって帝国に与する利点はさほどありませんからね。それに、和解するには今まで小競り合いが多すぎました」
 ツェンが滅びた頃から既に、帝国とドマの関係は良くなかった。それが決定的に悪化したのは私がマランダを落としてからだ。ドマが白旗を上げることは、決してないだろう。

 今しがた自分が歩いてきた道を振り向いて、リオはドマ城をじっと睨みつける。
「包囲は万全です。一人の兵も逃がしません」
 参謀殿は昼夜を別たず敵兵が音をあげるまで攻め続けろと主張していた。一年前のマランダと同じ作戦だ。
 取り囲んで恐怖を与え、反抗心を打ち砕く。それでも彼らが降伏を拒むなら、衝突を繰り返すたび互いの損耗は激しくなるだろう。
 私が率いてきたのはマランダで徴集された兵士たちだ。それもまた気を重くさせる原因の一つだった。リオは見透かしたように笑うと、眉をしかめっぱなしでいる私の頭を撫でた。
「余計なことを考えてはいけませんよ、将軍。今は……皆、帝国の旗を掲げた同胞です」
「同胞か……本当にそう思っている?」
「もちろん。人生の半分以上を帝国人として生きてきましたから」
 しかし生まれたのは別の国だ。我が帝国に滅ぼされた国……故郷の旗が燃え尽きる瞬間も幼い彼女はその目で見つめていた。なのにどうして今、ドマの民を殺す手助けができるのか、私には分からなかった。
 私は帝国で生まれ育った身。マランダで集めたかつての敵をドマという新たな敵にぶつけ、自分だけは高みの見物を決め込んでいる。弱き者を殺し、肥え太るのは我が身ばかりだ。そんな考えが頭を離れず気分を滅入らせた。

 包囲網をじわりと狭め、魔導アーマーを出して城の外に出ているドマの兵を蹂躙させる。
「戦死者が増えればドマ王は降伏を考えてくれるだろうか」
 死に絶えるまで抗い続けるなど馬鹿げている。一時は膝を屈してでも生き延びて希望を繋げるべきではないのか。私の問いかけに、リオは静かな言葉を返す。
「武士道と云うは死ぬ事と見付けたり」
「……ブシドー?」
「二つの道がある時、誰しも生きる方の道を選びたがるものですが、ドマの武士は死に近い道を選ぶと言います。『もし図に外れて生たらば、腰ぬけ也』……勝って生きられぬとしても負けて生きるよりは足掻いて死ぬことを選ぶ。彼らは決して降伏などしないでしょう」
 それがドマの王に侍る者たち、“侍”の心得だそうだ。リオがなぜそんな言葉を知っているのかは謎だが、彼女は他国の心性に詳しい。ドマについても過去に調べたことがあったのだろう。

 死して敗れることを恐れず、生きて敗れることを恥とするのなら。……確かにドマの者たちは決して降伏などしないに違いなかった。
「最後の一兵まで殺し尽くせとでも言うのかしら」
「少なくとも王と側近を生かしておくのは難しいでしょうね。そして王と側近を殺せば、侍の地位にある者は揃って命を捨てるでしょう」
 ますますもって気が滅入る。あの城に帝国の旗が翻るまで、一体どれだけの兵の命と、どれだけの年月が必要となるのか。そして……。
 ツェンとアルブルグ、マランダを滅ぼして帝国は更なる繁栄を手に入れた。もう充分に豊かだ。私だって今まで何不自由なく暮らしてきたのに。本当にドマと戦う必要があるのか私には分からない。
 たかが16の小娘を常勝将軍に仕立てあげるほどの力を持ちながら、皇帝陛下はこれ以上の何を求めておられるのか。この戦争が何になるのか。私には、分からないんだ。



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