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それはいつか未来を繋ぐ



 炭坑都市ナルシェで幻獣が発見されたとの噂が立って一週間、かの地に潜り込んだスパイからその噂が事実であることが帝国に伝えられた。
 幻獣は氷漬けになって炭坑の奥に眠っていたらしい。つまりその幻獣は、魔大戦が終わった後にも封魔壁の向こうへ行かなかったということだ。
 世界を蹂躙していた当時そのままの力を有する生きた幻獣。そして氷の中に封じられ行動不能に陥っているならば、無力化することなく完全な魔導の力を抽出できる可能性がある。これまでにないほど純度の高い人造魔導士を産み出せるかもしれないと研究所員は皆して浮き足立った。
 たとえば幻獣の血を引くティナほどの魔導を持ち、ケフカ様のように狂ってしまうこともなく、セリスが編み出した魔封剣のごとき新たな制御能力を得た魔導師が現れる可能性さえあるのだ。
 そしてまた、一匹いたなら他にもいるのではないかという思考が浮かぶのは当然のことだった。魔大戦から千年も経った今になって炭坑の中から現れたのだから。わざわざ幻獣界を攻めずとも、ナルシェを探せば新たな魔導の力が手に入るのではないか。
 大戦の折りにその幻獣と共に封じられたかもしれない仲間がどこかに……。
 滅びて久しい魔導を完全に復活させるため、そしてガストラ帝国繁栄の礎とするために、皇帝は何としてでもナルシェの幻獣を奪い取るつもりでいた。

 私は急ぎ足で城内を巡り、目を引く緑の髪を探して回る。彼女を見つけたのはエアポート。もうじき出発するところだったようだ。間に合ってよかった。
「ティナ、待って」
 機械じみた歩き方でエアフォースのもとへ向かう彼女に声をかけると、先導していたビックスが彼女に制止を命じてくれた。
 操りの輪を嵌めている間、指定された人間の命令以外は認識しないようになっている。同行者であるビックスとウェッジを介さなければ私には彼女を立ち止まらせることさえできないのだ。
 だから私を振り向いて問いかけるのも、ティナ本人ではなくビックスだった。
「リオさん、何か用でも?」
「すみません、彼女に忘れ物を届けにきました」
 息を切らせながら三人のもとへ駆け寄り、虚ろな目を宙へ向けているティナの正面に立つ。彼女の視点は定まらない。目の前にいる私の存在も認識していないだろう。
 私がポケットから取り出したペンダントをつけてやると、ティナはされるがままで立っていた。
 感情を奪われた彼女はおそらく、このペンダントの正体だって理解できていない。もしかしたら度重なる実験のせいで、幼い頃の記憶も破壊され尽くしてしまったかもしれない。
 それでもナルシェで何かあった時、きっとこの石が彼女を守ってくれるだろうと願っている。

 自分の首にかけられたペンダントに対して怪訝そうにする素振りも見せず、ティナは無反応のまま虚ろを見つめていた。
 立ち止まれ、動くな、歩け、殺せ。次の命令があるまで彼女は単なる人形でしかない。きっと戦争が早く終わりさえすれば、操りの輪を外してあげられるだろう。
 今できるのは、ひたすら歩み続けることだけだ。
「まったく物好きだよな、あんたも」
 未練がましく彼女の背中を眺めている私にウェッジは呆れて呟いた。物好き、そうかもしれない。今やティナを人間扱いする者など軍には一人もいなくなってしまった。レオやシド博士でさえ、彼女に感情が戻ることはないと諦めている。
 私もティナが人間に戻ると心から信じることは難しかった。幼い頃から自由な意思を奪われ感情を育むのを阻害され、ティナの心は魔導師ケフカと同じくらいには壊れている。
 ただ、私は今も彼女が兵器ではなかった頃を覚えている。忘れられないんだ。乳母の手に抱かれるまで命を振り絞るように泣き続けていたあの赤ん坊の声が耳の奥で響いている。
 操りの輪を外したところでティナは壊れたままかもしれない。それでも、早く終わらせてあげたいと思っている。魔導の力をもっと集めて強大な帝国のもと世界がひとつになれば、皇帝も兵器を必要としなくなる。
 どこへ行ったって、追われることなく自由に生きていけるようになる。……きっと。

 彼女の境遇を語ってビックスとウェッジの同情を引くのは止しておこう。そんなことをしたって、魔導兵器としてのティナしか知らない彼らを困惑させるだけだ。
 今すぐ解放してやれるわけでもないのに彼女を人間扱いするよう強いても意味がない。ただ、物言わぬ兵器ではなくティナも生身のヒトだということは覚えておいてもらわなければ。
「女の子だから、大切に扱ってあげてくださいね。ティナに頼りきりじゃなくちゃんと彼女を守ってください」
「おいおい、そいつが守ってあげなきゃならない女の子ならレオ将軍だってたおやかな淑女になっちまうよ」
「やめてくれ、ウェッジ。想像してしまっただろ」
 たおやかな淑女ではないけれど、レオですら弱り果てて誰かが守ってあげなければいけないこともごく稀にあるのだから、仮に無敵の魔導戦士であろうともいたいけな少女であるティナを男二人が守るのは当然の義務だ。
「それと、ナルシェは寒いので三人とも風邪を引かないように」
「ああもう、口煩いな! あんたは俺たちのおふくろかよ!」
「私は気軽に子供を産める立場ではないので違います」
「そこを真面目に返すなよ。やりづらい人だな、相変わらず!」
 憤懣やる方ないといった様子で地団駄を踏むウェッジをビックスが笑って見ている。このまま兵舎に帰ってごはんを食べて眠りにつけるならとても平和な光景だった。

 魔力が切れた時用のエリクサーをティナの剣帯にくくりつけ、小銭とハンカチと手鏡と櫛を入れたポーチも持たせてやる。
 アーマーに積んであるはずの糧食とはべつに腹持ちのいいお菓子を持たせようとしたら、ウェッジに「だからおふくろかよ!」とまた怒られて取り上げられてしまった。
 まあ、どちらにしろビックスかウェッジに指示をもらわないとティナは食べてくれないだろうから、ウェッジに持っててもらえばいいのだけれど。
「他に忘れ物はないですか? ナルシェは遠いし……私も行けたらよかったんですが」
「大丈夫、魔導アーマーが三機も出動するんだ。あっという間に氷漬けの幻獣を回収して帰ってくるよ」
「そうそう、これが終わったら年明けは帝都でゆっくり過ごせるぜ」
 彼らが北大陸に到着する頃には年も明けてしまうだろう。きっと皇帝の狙いはそれなのだ。相互安全保障を無視して攻め込むだけでも相当乱暴な行為だというのに、新年早々から戦を仕掛けるとは誰も思うまい。
 ナルシェのガード連中が油断していれば、任務は恙無く完了すると……思いたい。
「せめて正式な使者を送ってから始めてくださればよかったのに、とは思うんですけどね」
 この戦い、勝っても名誉とは言えないだろう。完全に帝国側の不意討ちなのだ。その点だけが、少し気になってしまう。

 私の愚痴にウェッジは「構うものか」と肩を竦めて答えた。
「夜討ち朝駆けでも勝てば正義だ。ナルシェのやつらだって幻獣を見つけたことを隠してシラを切ってたんだからな。こうなるのは分かってただろう」
「ウェッジの言う通りだ。ナルシェが氷漬けの幻獣を持っていても仕方ない、陛下こそが魔導の力を世界平和のために役立てられる。俺たちの使命は迅速に幻獣を奪うこと、それだけだ」
 勝つまでは卑怯な手段など厭わないと生真面目なビックスらしい言葉に黙って頷いた。そう、何を差し置いてでも迅速な勝利こそが尊ばれる。だから……。
 そろそろ出発しなければビックスが怒られてしまう。
「三人とも気をつけて、無理をしないでくださいね」
「分かってる。大人しく待ってろよ」
「ティナをよろしく、ビックス」
「ああ。成果を期待しててくれ」
 二人の指示を受けてティナがエアポートに向かって歩き始める。その胸元でペンダントが揺れていた。
 純度は低いが魔石の一種だろうとシド博士が言っていた。魔導の力が秘められていなくたってあの石はティナの心を覚えているはずなんだ。人間界に連れて来られた時にティナが持っていたペンダント。
 きっとあの石が、彼らを幻獣のもとに導いてくれるだろう。



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