06



限り無きものなど信じられるはずも無く



 ティナの居場所を特定し、監視の続行。そしてセリスを帝都に連れ戻すこと。……それが皇帝から賜った御言葉だった。
 本当にもう、無茶を言わないで頂きたい。セリスを裏切らせたのは彼女が戻ってくるという自信があるからではなかったのか。彼女は自分の意思で出ていったのに、私に何を説得しろというのだろう。
 もし、私自身の命を盾にでもすれば彼女は帰ってきてくれるだろうか。……望み薄だ。それに、そのようなみっともない真似はしたくない。

 ナルシェを発ったセリスたちはフィガロ城で潜行してコーリンゲン地方に渡ったようだ。そこから先の足取りまで私には追えなかった。宛もないので私はとりあえず西大陸で唯一テレポ可能なジドールの町に飛んできた。この町ならば顔見知りも多いから正確な情報を集められる。
 残念ながらティナの目撃情報は得られなかったけれど、コーリンゲンから南下してくるならセリスたちも近くに来ているはずだ。彼女らを探すため、まずはチョコボ車を予約しておく。そして最初に行うべきは魔力の回復だった。
 もうすっからかんだ。
 馴染みの貴族を訪ねてエリクサーを買い取り、手持ちのギルまですっからかんになってしまった。しかし領収書をもらったので抜かりはない。これは便利に使い潰されそうな魔導士の、ささやかな反抗なのだ。
 エリクサーを飲み干してホッと一息つきながら、どこから探そうかと町を歩く。ティナがまだ見つかっていないならセリスたちもジドールへ来る可能性が高い。いっそここから動かず待っているのも手かもしれない、などと辺りを見回していたら、背後から声をかけられた。
「美しいレディ、誰かをお探しかな? 私に手伝えることがあれば何でも申し付けてほしい」
「えっ?」
 いけない、思わず引いてしまった。いきなり突拍子もないことを言ってくるのは何者かと振り返ると、そこには眉目秀麗な金髪の男性が立っている。
「……え?」
 更に引いてしまった。まさかと思って目を疑ったけれども彼は……間違いなく、現フィガロ王その人だ。

 初めて会った女性に第一声からナンパとは国王らしからぬ軽薄な言動。正体を隠すための偽装だろうか。でも、王族独特の威圧感がありありと素性を語っているように見えるのだけれど。
 彼がここにいるということはリターナーの者たちもティナを追って近くにきているのだろう。これは幸運だ。でも、セリスを連れ去るのに彼は邪魔だった。
 困惑する私を見つめ、エドガー王は首を傾げている。
「……おや? 君は、どこかで会ったかな……。私が女性の顔を見忘れるなどあり得ないんだが」
「いえ、初対面です。お顔が近すぎます」
 両手で顔をガードしつつ遠ざかるがさりげなく距離を詰められる。何なんだ、この人は。
 彼が私と似た顔に会ったとすればおそらくそれは亡き兄だ。二十年ほど前だったか、父上に連れられてフィガロに行ったことがあったはず。その時に面識を得たのだろう。私も兄も母似の顔立ちだったそうだから……。
 そう、彼は、エドガー様は知っているかもしれない。覚えているかもしれない。もはや私自身さえ記憶も朧になった父や兄のことを。その顔を。彼らの名を。私の、かつての名前を。
「あ……」
「レディ、名前を聞いても?」
 深青の瞳に覗き込まれてひやりと我に返った。

 私情は忘れるとしよう。今は課せられた責務を果たすべき時だ。この場を離れてエドガー王たちを監視していればセリスを見つけられるだろう。ティナの居場所を確認次第、セリスを連れ帰る。
「急ぎの用があるので、失礼いたします」
 踵を返そうとした私に向かってエドガー様がまだ何か声をかけようと口を開いた時、彼の背後から新たに人影が現れた。
「おい、エドガー! 何やってるんだよ。買い物はどうした?」
 困ったことに、エドガー様を気安く小突いている彼の顔にも見覚えがある。確かサウスフィガロの地下牢からセリスを連れ出したリターナーの工作員だ。彼らが揃っているということは、やはりセリスもこの町に来ているのだ。
「生憎と買い物よりも大切な用を見つけてしまったのでね」
「ナンパが大切な用か。暇さえあれば誰かに声かけてるんだからなぁ、まったく」
「暇があるのに美しい女性に声をかけないなんて失礼じゃないか」
 こちらとしてはまったく暇ではないのですが。なんといっても皇帝直々の命を受けている。のんびり雑談に付き合っている時間はなかった。
 距離を取って様子を探るのも難しそうなので、もういっそ彼らに聞いてしまおう。
「こんにちは。セリスとティナは無事でいますか?」
「ん? あ、あんたは、帝国の……!」
 セリスと穏便に別れたお陰か敵意を向けられることはなかった。けれど私が帝国の人間だと聞かされたエドガー様は驚きに目を見開いている。

 迂闊にナンパした相手が敵国の者だと知って態度を変えるかと思ったのだけれど、彼は軽く息を吐いてその衝撃を打ち消した。
「帝国は悪だ。だが、そこにいたレディまでも悪というわけではない」
「……お前、まさかあの時もそういう意味で言ってたのか? 違うよな?」
「私はいつだってレディの味方をする。それだけのことさ」
「あー、はいはい」
 ……内輪で盛り上がっているようだけれどまず質問に答えてほしい。
 私は彼らがナルシェを発った後の動向を知りたいのだ。セリスは彼らと行動を共にしているのだろうけれど、問題はティナ。幻獣の力を解放したらしい彼女が未だ見つかっていないとしたら心配だった。
「あの……」
 それでセリスとティナは? と尋ねようとしたところ、またしても新手が現れる。駄目だ……この人たちのペースに呑まれている。どうして次から次へと面倒事が増えていくのか。
「兄貴、チョコボ屋なんだが、今日はもう予約でいっぱいだってさ」
「マリアが出ているからオペラ座へ行く人が多いみたいね。徒歩だと間に合わないかも……」
「セリス!」
「リオ?」
 よかった、まだ幸運は私を見捨てていなかったらしい。工作員の次にエドガー王のもとへ合流してきたのは、探していたとうのセリス本人だった。そして隣にはフィガロの王弟、マッシュ様もいる。
 ……ってここからどうやってセリスを連れ出せと?

 思わぬ再会に困惑しきりのセリスと私を交互に見つめ、最初に口を開いたのはマッシュ様だった。
「セリス、知り合いなのか? ……ってそりゃそうか、帝国の人だもんな」
「マッシュもリオを知ってるの?」
「ああ。ドマで帝国の陣地に紛れ込んだ時に見逃してもらったんだ」
 そのことはあまり口外しないでもらいたいのだけれど。リターナー内部だけで収まらず帝国にまで漏れたらとても困る。
「マッシュ様、通りすぎるだけだと言ったのにかなり大暴れしてくれたらしいですね」
「そ、それは……悪かった。でもあんたのところのレオ将軍だって、ケフカのやったことを認めちゃいないだろ?」
「認める認めないは私たちの決めることではありませんから」
 レオはあれを皇帝の策略だとは思っていない。でも、仮に真実を知っても同じだろう。苦悩はしても迷いはしないはずだ。血を流さない正義などないと彼は知っているのだ。
 まあ、彼らが暴れたのはレオが帝都に帰ってからだった。あの混乱はケフカ様の責任ということになるので私が気にすることではないか。

「それよりも、ティナはどこに?」
 私が尋ねると、男性陣は揃って「帝国人に事情を打ち明けていいものか」とセリスの顔を窺う。なるほど、その反応からしてティナは既に見つかっているようだ。ひとまずは安心した。
 セリスは彼女が半幻獣であることを知らないはずだから、おそらく能力を制御させる方法が分からず困っているに違いない。……仲間面して後をついて行く、という手もあるだろうか。
「ナルシェを飛び出した経緯は聞いています。ティナを連れ戻すつもりはないので、無事なのかだけでも教えてくれませんか」
 そう、“ティナ”を連れ戻すつもりは、ないのだけれど。
 少し迷いつつもセリスは心を決め、私に向かって頷いた。
「ティナはゾゾの町にいるわ。たぶん、魔導の力が暴走して……自分では抑えられないようなの。彼女を助けるために、ベクタに行くつもりよ」
「帰るんですか? 見つかったらこっちには戻れませんよ」
「見つかりはしないわ」
 自信を持って言うセリスとは裏腹、マッシュ様とリターナーの工作員は心配そうに彼女を見つめている。ただエドガー王だけは表向き穏和な顔で私を観察していた。
 セリスが自ら帝国へ行くつもりだというなら私にはありがたいことだけれど、あまり気を抜くとボロが出そうだ。

 皇帝はセリスを連れ戻してどうするつもりなのだろう。リターナーの内部事情を把握するのが目的ではないはず。スパイなど他にいくらでも放っているのだから、彼女には彼女だけの役割があるに違いない。
 本心から帝国を見限ったセリスにしかできないこと。リターナーの信頼を得る? でも、それが何になるのか。リターナーではなく彼らに奪われたティナのため? しかし皇帝には、ティナをすぐに連れ戻す気はないようだった。
「……皇帝陛下には、あなたやティナを解放する気はありません。それでもベクタに戻るんですか?」
「覚悟はしているわ。ティナのために、必要なの」
「頑固者」
 ため息を吐く私に、セリスは肩を竦めて笑う。その表情に翳りはあるけれど彼女はとても生き生きしていた。連れ戻したくない、なんて思ってはいけないのに。
「それでリオ、協力してくれない? あなたが帰る時に町の近くまでテレポしてくれるだけでいいから」
「この人数は運べませんよ。第一、そこまであからさまに協力したら私の首が飛びます。他の方法を考えてください」
「他の方法なら協力してくれるのか?」
 驚いた様子で尋ねるのはリターナーの工作員。私の目的は最初からセリスを帝国へ連れていくことなのだから、むしろ進んで協力しなければいけないくらいだ。
 そんな本音を打ち明けられるわけもなく、私は黙って彼らから目を逸らした。

 セリスだけならまだしも、よく知りもしない人間を三人もテレポさせることは不可能だ。そして皇帝が港を封鎖しているので船も使えない。どうやら彼らは、ベクタに渡る手段がなくてジドールで立ち往生していたらしい。
「では、やはりセッツァーに会いに行くしかなさそうだな」
「でもチョコボはどうする? 走ったって公演には間に合わないぜ」
「そうだな……」
 なぜ揃って私を見るのだろう。そういえばさっきマッシュ様が、チョコボは予約でいっぱいだとか言っていたっけ。
「セッツァーの飛空艇があればベクタに渡れる。彼が来る前に、オペラ座に行きたいの。でもチョコボが借りられなくて……」
 だから、セリスまでなぜチラチラと私を見るのだろう。セッツァーといえばカジノ船ブラックジャックのオーナーだ。確かに彼の力を借りられれば秘密裏に帝国へ渡ることができる。
「あのね、セリス……私は一応、帝国に忠実でいたいんだけど」
「お願いリオ、ティナのためなの! 彼女は今も自分の力を制御できずに苦しんでいる。研究所に行けば、彼女を助けられるかもしれない」
 ああ、そうか。幻獣に会いに行くつもりなんだ。そしてティナの父親を……連れ出そうとしている。幻獣マディンなら暴走した娘を抑えられる、かもしれない。

 しかし研究所の幻獣を奪われたら皇帝は躍起になるのではないだろうか。それとも、まだ他にも企みが隠れているのか。セリスたちの目的を知りながら誘き寄せているのだとしたら?
 あの人の考えていることなど私には分からない。
 しかし彼らの行動、リターナーに利する行為はいたずらに戦争を長引かせる。ベクタの民やツェンやアルブルグ、マランダをも破滅させ得るのだ。
 協力したくない。でもセリスを連れ帰るようにとは皇帝の命だ。逆らうわけにもいかない。
 私の望みはリターナーが余計な力を得ることなく、このまま大人しく敗れ去ってくれることだ。ドマのように抗えるだけ抗われては双方の被害は広がるばかり……皇帝が勝利した後に秩序と平和を得られる民も減ってしまう。
 セリスもティナも帝国の手に取り戻せたなら、この戦争は終息するだろうか。反乱軍の息の根を止めて。
「……分かりました。チョコボ車を一台予約しているので、それを使ってください」
「ありがとう、リオ!」
「ただしオペラ座には私も行きますよ」
 近年見なくなったセリスの素直な表情に胸が痛む。きっと彼女にとっては、このままリターナーにいる方が幸せなのだろうに。



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