05
真綿にくるまれるように
魔導師ケフカのナルシェ遠征は失敗に終わった。市街を進軍する際には随分と強引な手段をとったようで、末端の兵士からも不満が噴出している。犠牲者も予定外に多くなってしまった。
ケフカ様の、あの性格はどうにかならないものだろうか。必要以上の犠牲を出し続け、このままでは汚名を被ってもらうどころか彼のもたらす血の汚れが帝国の御旗にまで染みてきそうなほどだ。
なぜ皇帝はケフカ様を指揮官に任命したのだろう。不利な戦闘ではあったけれど、あれほどの大敗を喫するはずはなかったのに。ナルシェ攻略など本来ならレオがやって然るべきことだ。
ドマの件もある。やはり……皇帝はレオ将軍を蔑ろにし、使い捨ての便利な駒である魔導師ケフカを重用したいのかもしれない。
頭に浮かぶ疑念を打ち消して、目の前の仕事に集中する。
氷漬けの幻獣を守り通し、帝国を追い返したことで調子に乗った反乱軍が何か仕掛けてくるのではないかとサウスフィガロで警戒していたのだけれど、あれっきり音沙汰がないのが不気味だ。
そこで私は炭坑からナルシェに潜入することにした。離反したティナも、サウスフィガロを去ったセリスも、幻獣を守るための戦闘に加わっていたはずだ。彼女らの動向からリターナーの次の手を調べておかなくては。
もう春だというのにナルシェは未だ雪に包まれている。とにかく雪景色から逃れたい一心でナルシェの廃坑に飛び込んだ。
まずはここから鉱山内部を町の奥に向かって進む。氷漬けの幻獣があると思われる方角から魔導の気配を感じるので、暗闇の中でも方向感覚は失わずに済んだ。しかし目が慣れないので足場の安全が確認できない。
危機はすぐに訪れた。踏み出した一歩ごと、坑道の床が崩れていく。
「うわっ!」
浮遊感に苛まれて咄嗟にプロテスを唱えたものの間に合わず、崩落に巻き込まれて階下の床で尻餅を打ってからプロテスが発動する、という間抜けな結果に終わってしまった。
落ちた先は、廃坑の中にしては明るい。さっきまでと違って周囲の景色が見える。誰が火の管理を行っているのか、坑内の壁にはところどころ松明が備え付けられているのだ。まだ活きている坑道に入ってしまったのだろうか。
「いてて……」
ずきずきと痛む尻に眉をひそめつつ立ち上がる。現在位置を探るべく視線をあげて、硬直した。そこかしこの物陰で、十数匹の白い動物たちが身を隠しながら私の様子を窺っていたのだ。
異様な光景に一瞬ひやりとしたけれど、幸いにも幽鬼の類いではなさそうだ。それにモンスターでもない。敵意も感じられない。どちらかといえば急に落ちてきた私に驚いているだけのようだった。
これはもしかすると、モーグリというやつだろうか? 実物を見るのは初めてだ。彼らはあまり人前には姿を現さない警戒心の強い生物だと書物で読んだ気がする。驚かせて申し訳ないことをした。
「ごめんなさい。すぐに立ち去りますね」
とはいっても出口がどちらなのかはよく分からない。巣の奥に突き進んでしまっては話がややこしくなってしまう。
「クポー……」
迷う私を見兼ねてか、群れを代表するように一匹のモーグリが進み出てきた。
「おねえちゃん、魔法を使ってたクポ。ラムウじいちゃんの仲間クポ?」
「え、……え?」
しゃべった……! あれ? モーグリって人語を解するものだっただろうか。知能は高いけれどそこまで人に慣れてはいないはずでは……。
ラムウというと、文献にあった幻獣の名だ。雷火氷の属性を司る三兄弟で、研究所に捕らえているイフリートとシヴァの同族。モーグリは幻獣の加護を受けていたのだろうか? それなら人語を話しても不思議はない。
「ええと、私はリオと申します。仲間ではありませんが、彼らの力を借りてはいますよ。私に魔導の力を与えてくれたのはカーバンクルという幻獣です」
「モグはモーグリのモグっていうクポ」
なんて安易な名前なんだ。とは思いつつ、野性動物とは思えない礼儀正しさに緊張が溶けていく。モグはぽてぽてと短い足で私に近寄ってくると、何かを探るように宙を見上げて呟いた。
「リオの力から、あったかい光を感じるクポ」
幻獣と交流があり、魔導の力を感じ取れる。モーグリ族はもしかしたら太古の幻獣の血を引いているのかもしれない。
「その温かさはおそらく、私ではなくカーバンクルの気質でしょうね……」
「でもリオを守ってあげようとしてるみたいクポ!」
皇帝が紐解いた書物によれば、遥か魔大戦の時代にも幻獣は人に魔導の力を与えていたという。戦うために生み出された生き物たちだから、やるべきことが本能に染み着いているのだろう。
捕らえられ、魔力を抽出され、彼らが私たち人造魔導士を守りたいなんて思うはずもないのに。ただ神の命に逆らえず、闘争を求める者に力を与えているだけだ。
ともかく、私が人造魔導士だったのでモーグリたちは姿を現してくれたようだ。その幸運には素直に感謝する。坑道の中で自分の位置を見失っては、テレポで脱出するのも難しくなっていただろう。
「リオは町に行きたいクポ?」
「ええ。町の人間とは仲が良くないので、できればこっそり様子を見たいんですが」
「だったらモグについてくるクポ!」
まだ隠れてこちらの様子を窺っているモーグリの群れを振り返り、そっと手を振ってみる。彼らは困惑しつつも小さく手を振り返してくれた。
可愛いなぁ……。できることならあのふかふかの中に飛び込んで毛皮に埋もれてみたい。でもそんなことをしている場合ではないのだ。
モーグリに幻獣と似た魔導の力があるとすれば、皇帝の目当ては氷漬けの幻獣だけではなかったのかもしれない。この坑道で見たことは報告せず胸にしまっておこうと思う。
モグに連れられて、町の住民には見つからないルートで町を見下ろす崖に来ることができた。人間が近寄らない場所だけに雪が深く、モグが埋もれてしまいそうなので抱き上げて進もう……と思ったのに、意外と重量があって抱えることができない。
「不甲斐ない筋肉ですみません……」
「大丈夫、雪道には慣れっこだクポ!」
正直を言うとただモーグリを抱っこしたかっただけなのですが。私にもレオのような屈強な肉体があればよかったのに残念だ。
遠目にナルシェの町を見下ろした限りではセリスたちの姿は見当たらない。ただ、リターナーの老人が住む家の近くにドマの侍カイエン殿の姿を見つけた。
彼は護衛のようにバナンのそばに付き従っている。しかし他の者たちは不在らしい。リターナーに降ったセリスもティナも、エドガー王もマッシュ様も、あのリターナーの工作員さえ町を出てどこかへ行ったのだ。
案内をしてくれたモグに礼を言って別れ、家々の影に潜みながら情報を集めることにする。こんな時こそバニシュが使えたら便利なのだけれど。もう一度、習得に励んでみようか。
帝国軍を追い払ったばかりであり、リターナーとの協力体制を築いたお陰もあってかナルシェは普段よりも警戒心が薄れているようだ。潜入も容易くなるのでありがたく思う。
そして住民たちの間では魔導の少女の噂がそこかしこで囁かれていた。
噂話を繋ぎ合わせたところ、どうやらティナが氷漬けの幻獣と共鳴現象を起こしてトランスしてしまったらしい。幻獣の本能を制御できず、彼女は暴走してどこかへ飛び去った。
前回の任務失敗もやはり幻獣との共鳴が原因だったのだろうか。となると同行していたビックスとウェッジの行方が気にかかるところだけれど、残念ながら彼らについて言及してくれる住民はいなかった。
氷漬けの幻獣が危険なものなら帝国に渡してしまえばよかったと言う者もいれば、危険なものだからこそ皇帝に渡してはならないと主張する者もいる。件の幻獣は寂れた鉱山の頂上に安置し、誰も近寄らないようにと封鎖されているようだ。
これはひとまず放置しておいていいだろう。ナルシェもリターナーも、ティナなしで幻獣の力を利用できるとは思えない。まずは彼女の行方を探る方が先決だ。
セリスたちはティナを捜索するために町を出たらしい。リターナーに動きがなかったのはティナを見失ったからだった。
彼女が本当に幻獣としての力に目覚めたのなら、尚更リターナーに預けておくのは危険だ。皇帝は一体いつになったら彼女を連れ戻すつもりなのか。
とにかく一度ベクタに戻って、ティナの状況を皇帝に報告しなければならない。