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 誰だって昼寝から目覚めたら世界が滅びているなんて思いもしないもので、だから何も考えずにぐーすか寝こけていた私はべつに悪くないと思うのだ。

 寝る前に設定していた三十年の月日が流れてスリープポッドの蓋が開く。目の前には月の地下に封じられていたはずのゼムスがおっさんと化して私を見下ろしていた。
「えっ……おはよう? ゼムス、釈放されたの?」
 寝惚け眼をこすりながら身を起こす。ゼムスの返事はない。
 この男は私がまだ月にいた時に、青き星の生物すべてを滅ぼそうと画策して地上にいる同胞を皆殺しにした。それで反省を促すため地下渓谷に封じられたのだ。
 彼が改心したとは思えない。となれば館の皆がゼムスを赦したのか。たかが三十年で青き星に降りる許可を出すとは皆も寛容になったものだと感心する。
 そのゼムスはといえば、頻りに欠伸をする私に冷たい一瞥をくれるばかりだ。
 そして彼の実体がなく目の前にいるのは精神波による幻影に過ぎないことにようやく気づいた。
 ……釈放されたわけではない。彼は封印を抜け出して精神だけをここへ送り込んで来たようだ。
「今まで眠っていたのか、リオ」
「ああ、うん。私は待機組だからね」
「何も感じなかったとはな」
「……んん?」
 誰かさんが地上の同胞を殺し尽くしてくれたお陰で新たなバブイルの監視役に選ばれてしまったけれど、幸いにも真面目に起きて仕事するのは活動組の役目。
 魔導船がこの地へ着くと私たちは二組に別れた。クルーヤを始め青き星に散って子孫を残す者たちと、私のように魔導船で眠りにつく者たちと。
 外へ出た彼らが子孫を作れなかった場合に備えて三十年の誤差を作るためだ。今、皆が無事に子を成して役目を存続できているなら私たちはまた三十年、眠りにつく。
 しかし……スリープルームを見渡すが、私の他に、眠っているはずの同胞の姿はなかった。見上げると、ゼムスは相変わらずの無表情で私をじっと見つめている。
「クルーヤは死んだ」

 ちょっと待て、オーケー落ち着こう。クルーヤが死んだ? 私が寝てる間に何があったんだ?
「裏切り者はすべて殺したはずだった。同胞が狂死してゆく最中にも貴様が呑気に眠っているとは予定外だ」
「……」
 さすがにスリープポッドから起き上がり部屋の外に出てみる。
「おーまいがっ! 何やってんだゼムス!」
 私同様に眠っていたはずの同胞が、死んでいる。どうやら精神をおかしくして殺し合ったようだ。これはゼムスがまたやらかしたということか。
 魔導船に残っていた待機組は私を残して全滅。そしてクルーヤが死んだという彼の言葉を聞く限り、おそらく活動組も全滅だろう。
「もしや生きて青き星にいるのは私だけ?」
「そのようだな」
 くつくつと笑う彼に殺意が芽生えた。
「なんてことするんだ! 誰もいなくなったら私が働かなきゃいけなくなるじゃないか!!」
 そもそも私は青き星に降りるつもりなんてなかった。時がくるまで館のスリープポッドに引きこもっている方がずっと楽だもの。
 クルーヤたちが順当に子孫を残しながら青き星で生きてくれれば私は来るべき日まで何もせず眠っていられたのに。
 青き星の文明を観察して報告してその役目を子々孫々に繋いでいくなんて地味で面倒な仕事は嫌だよ。
 嫌すぎて皆の死体にアレイズを唱えてみたが、とうに魂も離れているらしく生き返ることはなかった。死んでから、かなりの時間が経っているようだ。
 同胞がゼムスの思念に侵食されて殺し合っている間も知らずに眠り続けていたとは、さすが私、神経が図太い。
 呆然とする私の背後でゼムスの幻影がなおも笑う。
「貴様に精神支配は効かぬ。我が毒虫に喰わせるとしよう」
 毒虫って何だ?

 つまり、ゼムスは未だ「この地の生物を殲滅して無理やり第二の故郷にしちゃおう作戦」を諦めていないということだな。
 それで邪魔になる私たちを皆殺しにすべく封印の中から精神波を送り続けていた。三十年が経って目覚めた私に気づき、ご丁寧にも殺しに来てくれたわけだ。
「よし、分かった。じゃあ私はゼムス派につくわ」
「何だと?」
「死にたくないし、べつに元々穏健派でもないし」
 月での会議にしたって地上の生命を滅ぼすより寝て待つ方が性に合ってるからゼムスを支持しなかっただけで、気長に青き星の進化を待つことに賛同したわけじゃない。
 私はより自分の楽な方を選ぶのだ。そして今や、ゼムスに抗うよりも味方についた方が楽そうだから。まあ生物皆殺しはどうかと思うけれども。
「クリスタル集めてバブイルを起動させりゃいいんでしょ? 封印を解くの、手伝ってやる」
「……お前は相変わらずだな、リオ」
「まあね。三十年寝てただけだし、なんも変わってないよ」
 向こうはどうだか知らないが私からすればゼムスとはつい一年前に別れたばかりの心積もりだ。幼馴染みへの同情票はこの手に持ったままでいる。
 彼の主張のごとく生物皆殺しにしなくたって、青き星の片隅に間借りして暮らしていければいいじゃんとは思うのだが、早く地上に降りたい気持ちは尊重しよう。
 とりあえず次元エレベーターを動かしてゼムスを連れてきて、あとは宥めて皆殺しだけ阻止すれば穏便に事は済むのじゃなかろうか?
「つーわけで、見逃してくれ」
「……」
 しばし勘案した後ゼムスは酷薄な笑みを浮かべた。
「ならば貴様もゾットへ行くがいい。世界を蝕む毒となれ」

 目も眩むような光が瞬き、私は魔導船の外へと連れ出されていた。
 ここはおそらく過去に青き星へ降り立った同胞が築いた遺産、ゾットの塔。その中枢にテレポさせられたようだ。
 そして私の目の前にはゼムスの幻影、ではなくて、クルーヤ……でもない、しかし彼にそっくりの青年が立っている。
 クルーヤはゼムスが殺したという。それに三十年が経っているのだから本人ならもっとおっさんになっているはずだ。
 ではこのクルーヤ似の青年は誰なのか?
「お前が……リオか、我が同胞よ。歓迎する」
「どうもありがとう。知ってたようだが私の名はリオ。あなたは?」
「私はゴルベーザ」
 ……クルーヤの息子だ。ゼムスめ、あの嘘つきクラゲめ。この地上に生きているのは私だけだなんて嘘っぱちじゃないか。クルーヤはちゃんと義務を果たしていた。
 ゴルベーザの精神を探れば、かなりゼムスの侵食が進んでいるようで“彼自身”の記憶などほんの幼い頃のものしか見当たらない。
 しかしセオドールとセシル。クルーヤの息子が二人、今もこの星に生きている。
 さて、本当に誰もいないならゼムスを助けてやるつもりでいたが、こうして忘れ形見を残しているならクルーヤの意思も尊重してやらねばならないだろう。
 どうしたものかな。幕開けが血に塗れている以上あまり愉快なストーリーにはならなそうだ。果たしてハッピーエンドにできるのだろうか?



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