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最初に出会った頃と比べたら、ゴルベーザは段々と健康的になってきたように思う。
やはり食生活というものは人の肉体を支えるのに役立っているのだなと実感した。魔物肉では心を養えないのだ。
食えるもん食ってりゃいいってわけじゃないのですよ。
私ですら月にいた頃よりも活発な健康体になっている。今までずっと自分をものぐさだと思い込んでいたけれど、実は体を動かすのはわりと好きみたいだ。
単にあの月では何もする必要がなかったから、怠惰になるしかなかったのである。
同じところで同じように生活しててもゼムスやフースーヤは几帳面だった、とかいうのはとりあえず置いておくとして。
なんだ、ほら、個体差ってあるよね。それも種の存続には必要なことなのだ。私は環境によって性格を変える柔軟性の高さがあったのだ。
つまり私はものぐさだったわけじゃない。仮にものぐさだとしても必要なものぐさだったんだ!
誰にあてるでもない言い訳は終わりにするとして、せっかく作ったものを誰に食べさせようかと考える。ゴルベーザは出かけてるんで魔物の誰かだな。
ルビカンテかそれともスカルミリョーネか、彼らの部下か。その辺なら何を食っても平気そうだ。
思えば、どこぞの顔色悪いハゲだってきっと封印されて不健康な生活を送っているからあんなにカリカリしてるに違いない。
外に出して日光を浴びせて美味しいものを食わせていれば溜まりに溜まった憎悪もそのうち晴れるだろう。
食生活は大事。自らの身を以て実感したその教訓に従い、ゾットの塔に住まうモンスターの中でも殊更に不健康なやつらに手料理を振る舞ってみることにした。
今日のメニューはチキンソテーだ。バルバリシアは以前食べて気に入っていたけれども諸事情により今回彼女は除外する。
まず最初に遭遇した不運……いや、幸運なモンスターはブラックナイト。やはり不健康といえばアンデッドだろう。
ゴルベーザのお揃いみたいな真っ黒鎧のモンスターだが、そういえば中身を見たことがない。フルフェイスを抉じ開けて中身に飯を食わせようと試みる。
だがしかし、不可解なことに、口がなかった。口というか全体的に何もない。そしてブラックナイトは何をされても無反応だった。
こやつ、リビングメイルだったのか……。
空っぽの鎧を前にして途方に暮れるも、今度は別種の好奇心が私の心に沸き起こる。
「鎧ってどうやって食事するんだろう?」
そもそも食事なんかしないだろうというのは置いといて、だ。こいつに無理矢理なにかを食わせたらどうなるんだ?
この、兜の蝶番のところをうまく使えば咀嚼できるのではないか。でも消化はさすがに無理だろうな。噛み潰したものが鎧の底に溜まっていくだけか。
そのまま腐敗すると悲惨なことになりそうだと思ったけれども、他のアンデッドたちなんてそもそも自分自身が腐っているし気にならないかもしれない。
ということはゾンビーやレブナントが食事をするとどうなるんだ? やはり機能停止した胃の中に腐敗物が溜まっていくだけ?
それってある意味ちゃんと自分の血肉として取り込んでいるとも言えるのでは。
アンデッドモンスターは食事をできるのか否か。フォークに刺したチキンをブラックナイトの中に放り込もうとしたら、背後から痛烈なチョップを食らった。
バックアタックだ!
「リオ、私の配下に無茶な要求をするな」
残念、あらゆるアンデッドの保護者ことスカルミリョーネが現れたのでブラックナイトの餌付けは断念する。
それにしても彼らは食べ物の味を感じることができるのか気になる。
ブラックナイトのようなリビングメイルやスピリット系のモンスターは無理だと思うけれど肉体を持つ者ならもしかしたら味覚もありそうだ。
既に死んでいるといったって、触れた感覚などは認識できるのだから。たぶん魔力で感知しているのだとは思うけれども。
それなら魔力を研ぎ澄ませて集中すれば、食事の味だって感じ取ることができるのではなかろうか。というわけで……。
「スカルミリョーネ、食べる?」
「いら、んぐっ……!」
いらんと即答しようと開かれた口に、すかさず鶏肉を突っ込んだ。
「美味しいかい?」
「……アンデッドに味など分かるわけがなかろう」
さてそれはどうかなとスカルミリョーネの手を握る。相変わらずひんやり死体温度だが、今は私の手も冷えている。
「さっき洗ったんでいつもより手が冷たいの、分かる?」
鶏肉を苦労して飲み込みつつ、スカルミリョーネは仏頂面で答えた。
「私より温かければどれも同じだ。違いなぞ知るか」
「温かいってのは分かるんだよね?」
アンデッドであるスカルミリョーネにも触覚は機能しているということだ。
「感知能力がある以上、頑張れば味覚も機能させられるはず! 四天王たるもの味の違いくらい理解できなくてどうするのだ!」
「……ルビカンテみたいなことを言うな」
魔力で味を感知できるならアンデッドモンスターも食事を楽しめるということじゃないか。
スカルミリョーネの部下だって、健康的な食生活で心を豊かにすればもっと機敏に動けるようになるかもしれない。たぶん。
というわけで、このチキンソテーをスカルミリョーネが美味しいと感じるのかどうか、私には確かめる義務があるのだ。
「スカルミリョーネが食べないんだったらブラックナイトとかゾンビーとか手当たり次第に野菜と肉を食べさせて食後の運動で今より健康体にしちゃうぞー」
「珍妙な脅し方を……」
全身で「面倒くさい」とか「今すぐ目の前から消えろ」とか「なせ私が」とかいった主張をしつつもスカルミリョーネは私の差し出したフォークを受け取った。
「どんな味?」
「リオ」
「うん?」
笑顔で見上げればなにやらガシッと頭を鷲掴みにされた。あれ、スカルミリョーネさんったらもしかすると静かに激怒していらっしゃる?
「貴様、塩と砂糖を間違えただろう」
「!? な、なんのことかなー?」
「失敗作の処理に私と部下を使うな!」
だって仕方ないじゃん、私が食べるにはクソ不味いしゴルベーザにやるわけにもいかないし、無駄に大量生産してしまったから捨てるのはもったいないし。
いやそれよりも、やっぱり頑張れば彼らでも味を感じ取ることができるのだな。
「明日からはスカルミリョーネの分もごはん作るね!」
「必要のないものをなぜわざわざ食わねばならんのだ」
「一緒に食事するのは仲間意識と団結力を高めるのにいいんだよ。これもゴルベーザのためだって」
物凄く疑わしげな視線を向けられたけれども、ゴルベーザの名を出されると弱いスカルミリョーネは黙って考え込んでいる。
実際、四天王やモンスターも含めてもっといろんなやつらと食事の時間をご一緒したいというのは本音だった。
今のゴルベーザには彼らが家族なのだから。クルーヤができなくなってしまったこと、私たちが代わりにやりたいと思う。
「それにさ、美味しいものを共有できると嬉しいでしょ。幸せは分け合うもんだから」
「……なるほどな」
おや、スカルミリョーネがそこにすんなり同意してくれるとは思わなかった。やはりゴルベーザの幸せが懸かっているなら素直になるのだろうか。
なんて感動したのも束の間、素直に頷いたのはスカルミリョーネの卑劣な罠だったのだ。
「では不味いものも共有しろ」
「むがっ! ……こ、これは」
隙をついて私の口にチキンが捩じ込まれる。ジューシーなお肉から広がる、凄まじいまでの、甘味! 筆舌に尽くしがたい不味さだ。
みんな疲れているだろうからと思ってたっぷり塩味(しかし砂糖)を効かせたからな……。
「クソ不味いわ」
「二度とこのようなものを食わせるな」
「はいはい。次は美味しく作るから大丈夫だよ」
「そういう問題ではないのだが……」
まあ生ゴミの処分場所を探したお陰で新たな発見もあったから良しとしよう。
まずは砂糖と塩の容器を色違いに替えるところから始める。そして明日はちゃんと美味しいものを作って、ゴルベーザと四天王も一緒にごはんを食べるのだ。