09
少しセシルの髪が伸びてきた。バロンでは髪を長く伸ばしている子供も多いので括って済ませていたのだけれど、セシルは自分の白髪を気にしているらしい。
金髪だらけのバロンで目立たないように、髪を短くしたがっている。
クルーヤは同胞ではなく青き星の女性と結婚したようなのだけれど、ゴルベーザもセシルも見事に月の民の外見的特徴を受け継いでいた。
やはり周囲と違うというのは気になるのだろうか。私も町を歩いていると確かに浮いている感じはするので、集団生活に身を置くセシルは大変だろう。
たとえば月の館に一人だけ、金髪のベイガンとかがいたとしたら……うん、悪意はなくとも不思議に感じてついつい見てしまう気はする。
学校から帰ってきたセシルはハサミを手に「髪を切って」とお願いしてきた。よりにもよってカイナッツォに。
「うわっ、私が! 私が切るからセシル!」
早まるなと慌ててセシルを引き剥がす。同じ髪と目という繋がりのお陰で素性を怪しまれないのはいいけど妙に懐いてしまったのは予定外だな。
今は大人しくしてるけどカイナッツォは人間の子供が遊び相手にしていい魔物ではないのだよ。ましてハサミなんぞ持たせて身を任せるとは自殺行為だ。
「バカとアホに刃物を持たせてはいけません」
「じゃあお前も持たない方がいいんじゃねえのか?」
「……確かに!」
「って同意すんなよ」
いやでも他人の髪なんか切ったことないのは私も同じだからね。
ゼムスやフースーヤは、その……若い時から……アレだったし。それに基本的にはスリープポッドに引きこもっている私たち、髪を切る必要はないんだ。
ハサミを持ったまま硬直している私を不安そうに見上げてセシルが尋ねる。
「ベイガンに切ってもらった方がいい?」
「いや、大丈夫だよ。ちゃんと切ってあげるから」
王の信頼を得るためベイガンは毎日忙しくしている。セシルを引き取ったことでかなり距離が縮まり、いろいろ私用を頼まれたりもしているようだ。
屋敷でまで雑事に手を煩わせるのは気の毒だからね。大丈夫、ただ短くすればいいんだから未経験でもできるはず。
たとえば……ああ、手本にできそうな短髪の人が身近にいない。というか髪の生えた人間がほとんどいない。
そういえばベイガンは髪が短いな。彼みたいに……いや、ベイガンは軍人らしくきっちりし過ぎてるからたぶんセシルには似合わない。
とりあえず、ちょっとずつ切りながらセシルが気に入るところで止めてもらおう。
セシルの髪はふわふわの猫っ毛だ。感触がゴルベーザとよく似ている。
私やゴルベーザの髪もかなり伸びてきたんだけど、切ろうとするとバルバリシアが嫌がるんだよな。彼女は髪フェチなのだろうか。
さすがにバルバリシアのごとく身長の何倍までも伸びる前には切りたいのだけれど、風呂上がりなんかに鬱陶しいので本当は私も短髪にしたい。
寝ている間は気にしたこともなかったのに、青き星で人間らしく生きていくのは細々と面倒事が多かった。
切りすぎて不格好にならないよう、慎重にセシルの髪へとハサミを入れていく。大人しく椅子に座ったままセシルはちらりとカイナッツォを窺った。
「ねえ、クルーヤはなんで髪の毛のびないの?」
「……えっ」
それはですね、そのクルーヤっぽい姿は変身魔法による仮初めのものであって実際に人間として生きているわけではないからです。などと言えるはずもなく。
カイナッツォは魔物だ。髪が伸びたり爪が伸びたり、体が人間のように成長することはない。
確かに、自分の髪が背中まで伸びてきてるのに同居人はいつまでも姿が変わらないとなると誰でも気づくか。
「クルーヤの髪は、こないだ私が切ってあげたからね」
「そうだっけ……?」
「そうだったのさ!!」
なおも不思議そうにしているセシルを強引に言いくるめる。カイナッツォは寝たふりをして私に丸投げしていた。
なんとか一応、それなりの見た目になった……と思う。肩や服についた髪を払ってやるとセシルは椅子から飛び降りて嬉しそうにお礼を言った。
しかしこれからも適度に散髪してやらないといけないな。長髪好きのバルバリシアには悪いけど、ゴルベーザの髪を切って練習しておこう。
セシルは今日、学校でできた友達と町外れの森まで遊びに行く約束をしているらしい。昼にこしらえておいたサンドウィッチと剣を渡してやる。
その時、セシルの目が思いのほか近くにあることに気づいた。私たちがここに来た頃はほんの小さな子供だったのに、どんどん大きくなっている。
「セシル、ちょっと背が伸びた?」
「うん。だってせいちょーきだもん」
「そうか……」
私にとって眠りについていた三十年はあってないようなものだったけれど、起きてからの日々は密度が高いせいか、あっという間に過ぎていく。
セシルはもうすぐ学校を卒業し、兵学校に通ったあとは軍に所属する。そうしたらクルーヤはいなくなり、カイナッツォはバロン王になる。
「リオ、行ってくるね!」
「行ってらっしゃい、気をつけてね」
……その時は意外とすぐなのかもしれない。クリスタルを集め始めたらセシルをどうしようか。殺すつもりなんてもちろんないけれども。
セシルはゴルベーザよりも青き星の血が濃いのか、ゼムスの思念を受けにくくはあるようだ。それでも彼をゾットに連れていくのは危険だった。
兄弟が揃って暮らすにはまずゴルベーザの洗脳を解いて……ゼムスの封印を解いてその憎しみを宥めてやらなきゃいけない。
セシルが出かけると、寝たふりをしていたカイナッツォが起きてくる。
さて、こっちはこっちで問題だな。セシルにも不審がられるようでは王様に化けるなんて到底無理だろう。
「髪とか爪とか、ちょっとずつ伸ばせない?」
「んな器用なマネできねえよ」
「でもバロン王に化ける時も怪しまれるよ、それじゃ」
今は誰かを演じる必要がないから誤魔化しようもあるが、王宮の人間に“バロン王”だと思わせるのは今よりずっと難しいのだ。もっと人間臭さを磨いてもらわないと。
「……カイナッツォ、塔に帰りたい?」
「あ? べつに。何だよいきなり」
様子見のつもりで一緒にバロンにやって来て、なし崩し的にベイガンの屋敷に滞在することになっているけれども。
「たまには気軽に元の姿に戻りたいんじゃないかな、と」
魔物っていうのは自分の在り方に拘りがあるものが多いし、今後バロン王に変身するようになれば益々カイナッツォの自由は減る。
その辺り、ちょっと気になっている。私がというよりゴルベーザが心配してる部分でもあるが。
しかし幸いにもというか、カイナッツォは無関心に寝転がって返事をする。
「どうでもいいぜ、そんなこと。人間の格好も楽だしなぁ」
まあ、確かにカイナッツォは人間の姿でめちゃくちゃ寛いでいる。もちろんセシルやベイガンを騙すのも苦にしてはいない。この図太さがありがたくはある。
そろそろベイガンに私たちの素性を打ち明けるのもいいかもしれないな。
彼がどうやって王を殺す気か知らないが、協力できるのなら早いうちから信頼関係を築いておきたい。
あとできれば私も軍に所属したいと思う。カイナッツォを王様に据えるのはもちろんのこと、クリスタルを奪うために軍の指揮系統も掌握しておきたいのだ。
王は飛空艇部隊運用のために魔道士団を設立する予定だという。ベイガンに頼めば、そこに入れてもらえるだろう。
バロン王ってやつは人望あるナイトらしいが、飛空艇にかまけすぎて一部の兵士からは評判が悪い。一部というか操縦士を空軍に奪われ冷飯食ってる海軍に。
かつては陸軍が強かったバロンは飛空艇を手にして変わろうとしている。
遠隔攻撃に長けた暗黒騎士や魔道士が重用され、海兵部隊や竜騎士団は段々と力を失いつつあるのだ。
王自身も飛空艇技師との繋がりを強め、王宮のマナーを弁えない平民を側におき、セシルのような孤児を拾ってきたり、なんというか……。
ある人にとっては善意の人だが、そうでない人には傍迷惑な人だ。
正直こんな状況は月にいた頃にも歴史書の類いで嫌というほど見たわけで。どこの星でも人間ってやつはそうそう成長しないのだなと思うとうんざりする。
彼らの成長を待って何になるのだろう? 私たちでさえ、青き星の民より大して優れているわけでもないというのに。
「はぁ……もうなんか全部放り出して寝たいよ」
「ああそりゃ同感だ」
染々と頷くカイナッツォに苦笑する。でもなー。
人の成長に見込みがなくても私には大事な友人がいる。また三十年も寝てしまえば楽だが彼らを放ってはおけなかった。
もうオッサンになってしまったゼムスやフースーヤを早くこっちに呼んでやりたいし、ゴルベーザやセシルにも自由と安全を与えてやりたい。
そのための犠牲にしても痛くない相手だという点では、バロン王も好ましく思えてくるかもしれないな。