02



 洗濯を終えたヤトがきちんと水洗いして拭きあげておいたタライを見てたら不意に思い立った。ならば実行だ。タライを部屋に持ち込み馴染みある仕掛けを組む。自分でやると作り方が分からなくてちょっと戸惑った。
 晩飯前に準備は万端、カーテンの向こう側には、見えないがきっと仏頂面であろうクレイが椅子に腰かけ待っていた。キーンがここにいないから仕方なく自分で事を進めることにする。
「ここは懺悔室だよ。悔やんでることがあるなら話すといい」
 もう少し気分を盛り上げるような物の言い方ができたらよかったんだけど、生憎とそういうノリの良さはないし、誰も僕にそんな期待はしないだろう。特にクレイは。
「……懺悔室? 一体なんのつもりだね」
 こんな片づけの面倒な真似をして、部屋を散らかすな、誰が片づけると思ってるんだと怒る方向性が少しずれている。片づけるのはたぶんヤトだ。だってここはクレイの部屋だから。自分の部屋でやって自分で片づけるのは面倒だったんだ。
「船でやってたんだよね。お遊びみたいなものだ。皆は心に秘めたものを告白しに来る、それを聞いてあげる」
 僕がそう言うや否やクレイは鼻で笑い、「馬鹿馬鹿しい」と吐き捨てた。

「許しを請う言葉が望みか? 死人を悼み、悪行を悔いてほしいのか? 私は私の望む通りに行動した。その過程には成功も失敗もあり、結果としては私が負けた。それだけだ。後悔などあろうはずもない。痛む心もない。分かっているでしょうがね」
「あー、そんな話じゃないんだけどな」
「悔い改めることは何もない」
 どうやらクレイは罪を責められていると勘違いしているようだ。うーん、意図の違いをどう説明すればいいだろう。
 確かに彼は救い難いほど残虐で、多くの者たちが彼によって理不尽な痛みを受け、彼を憎んだけれど、そんなことは問題じゃない。彼と敵対した僕が殺した者たちだって同じように僕を憎んでいるだろう。死者からすれば高潔もクズもあるもんか、殺人は殺人だ。
 勝者であれ敗者であれ善悪の差違はない。ただ目指すところに向かって邁進し、その道を違えたときに反発し、戦ったという事実があるだけ。
 だから僕は彼を裁こうだなんて考えない。ただ犯した罪に罰を与えて、それですべてを許すんだ。

 懺悔は他人のために行うものではないと思う。すべては自分の内にある。怒りも憎しみも、償うのも許すのも結局は自分自身で片をつけることだ。
「何か言いたいことはない? 反省する点は? あなたはこの結末を納得してるのか?」
「……ああ」
「嘘つきだ」
 クレイには目的があり、それは達成されなかった。彼の望みは果たされなかった。その後悔を吐き出したいだろうと、そう思ったんだ。彼は過去の罪に縛られてはいないかもしれないが、彼の未来を想う者たちのために、後悔を終わらせたいのは僕の願いだった。
 クレイ自身に贖罪の意思があろうとなかろうと関係ない。許すか、許さないか。それを決められるのは彼だけだ。だから僕は彼の言葉を求める。断ち切るため……おもむろにロープを引いた。

「い゙っ!!」
 軽い金属音とほぼ同時にクレイの悲鳴が聞こえた。思ったより反応が弱くてがっかりだ。大袈裟に痛がって転げてくれたら面白いのに、穴が開くほど薄いタライだから仕方がないか。今度もっと重くて丈夫なものを買っておこう。洗濯のとき水が漏れると嘆いていたヤトも喜ぶだろう。でもその前に「クレイ様にタライを落とすなんて!」と怒られるに違いない。
「な……なんだこれは!」
「タライだよ」
「見れば分かる!」
「じゃあ聞くな」
 懺悔室とは言ったものの、罪を告白しに僕のもとへ来る者なんて本当はいなかった。彼らは他人に秘密を打ち明けることで自分が抱えてしまった重荷を手放したいだけ、犯した罪の呪縛から解放されたかったんだ。許されたいのではなく、罰を与えられたい。そして「これで終わってもいいのだ」と思いたい。
 結局、僕にできることなんてたかが知れている。こうやって茶化して誤魔化して僅かな痛みを以て、心に区切りをつける手伝いをする程度だった。
 クレイは自分に幸せを禁じている。憎しみにひた走り、他人を踏みにじり、晴らす相手のいない恨みを撒き散らし続けることで後悔を忘れようとしてる。馬鹿みたいだからやめた方がいい。
「あなたには後悔している過去がある。それを見て見ぬふりして誰にも話さない。そんなんじゃいつまでも傷は治らない。あなたはそれでいいかもしれないが、ヤトは、エレノアは、そして僕は、あなたの痛みに傷ついている。悔い改めよなんて言わないけど、自己満足のために新たな痛みをもたらそうというなら僕は、また剣を持ってあなたと戦う」
 そんな不幸の鎖は断ち切ってしまえ。喜びも悲しみも、幸せも痛みも、罪や罰でさえも、すべてを飲み込み明日への糧とする。そうやって生きていくんだ。そうであるべきなんだ。
「後ろ向いて復讐にばかり拘ってるより、その左腕の代わりになってくれるものを求める方がよっぽど健全だよ……」

 海岸で砂の城を築いては打ち寄せる波に破壊され、叶わないと分かりきっている願いなのに後悔を捨てられずしがみつき、痛みを自分に課していつまでも傷を引きずって。無意味だ。愚かだ。誰のためにもなっていない。クレイの残虐さは、クレイ自身さえ幸せにしていない。
 カーテンに遮られていてよかったのかもしれない。こちらからは顔が見えないので、彼は安心して感じるままの表情を浮かべられる。できればせめて心許した人にだけ、カーテンがなくてもそうしてほしいものだけれど。
「ああそうだ、そのタライ、もうボロボロだから新しいのをヤトに買ってくれ。そして一緒に楽しいお洗濯をしよう」
「……余計なことを」
「“彼”とはしてたんだろう。いや、してなかったのかな。どちらにしろ“ヤト”とはこれからできるのだから、やるべきだよ」
「分かったような口をきくな」
「そりゃ分からないな。でもエレノアやヤトには分かるんだろう、あなたのこと」
 クレイはヤトを家族だと認めない。もう新しいものが手の中にあるのに、それを認め幸せを感じてしまったら過去を否定することになるとでも思っているのか。父親が幸せになることを“彼”が喜ばないはずがないじゃないか。実現不可能な願いにいつまでも縋りついていないで、さっさと先へ進むがいい。
 僕があなたにそれを許そう。



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