01
距離のあるダンス
陽が沈みつつある。薄闇の中で一人過ごすのは好きだった。誰にも煩わされることなく、何も考えることなく、ただじっと時の流れを感じる。
明日には暗黒騎士の一行が辿り着くだろう。それまではここに潜んでいればいい。束の間の孤独を楽しもうと、そう思っていたのだが。
「誰あんた」
何故こんなところに人間の娘がいるのだろうか。確かこの地は封じられていたはずだ。さほどの力の持ち主にも見えない。ただの平凡な人間だ。
「聞こえてる?」
そして何故そんなに馴れ馴れしいんだ……。ローブを被っているとはいえ、私が人間になど見えるはずがない。しかし慌てる風でもなく、横に立ち淡々と話し掛けてくる。
「こんなとこで人に会うと思わなかった。何やってんの?」
「……貴様には関係ない。そちらこそ何をしているんだ」
ただの人間が訪れる場所ではない。試練を求めているようにも見えない。用心深いミシディアの奴らが先を見越して送り込んだのかとも思ったが、この警戒心の薄さが偽りとは思えん。
「……感じわるーい。じゃあ私だってあんたには関係ない」
旅行者だろうか? ……馬鹿な。何を好き好んでこんな危険な地に物見遊山にやってくるものか。魔物に殺され食われるか、さもなくば虚しく打ち捨てられるのが落ちだ。
「……早く立ち去れ」
「そっちが去りなさいよ」
「貴様のために言っているんだ」
「余計なお世話です」
……この女……、感じが悪いのはお互い様ではないか。どうしたものか。殺しておいてもいいが、奴らが来る前に余計な労力を割きたくはないな。見たところあまり栄養もなさそうだから、アンデッドの餌にも向くまい。
面倒なことになってしまった。何故よりによって今、この山に人間がいるんだ……。
「……用があるなら、とっとと済ませて立ち去ってくれ」
「どうして? そんなこと言われる筋合いないよ」
「じきに戦闘がある」
彼女は少し目を見開くと、そのまま私の傍らに座り込んだ。……どうあっても動く気はないらしいな。
「果たし合いでもするの」
「そのようなものだ。巻き込まれたくなくば去れ」
じっとこちらを見つめたまま何も答えない。不意に居心地の悪さを感じた。今になって私の正体に気づいたのかもしれない。自分を知られるのは苦手だ。こんなところで妙な関わりを増やしたくはない。
「私、リオ……あんたは?」
「……スカルミリョーネ」
知りたくないし知られたくないと、思っているのに。何故答えてしまったのだろう。リオと名乗る人間は、私の答えに何か嬉しそうに笑った。
「覚えにくい名前!」
「悪かったな」
いつの間にかそのペースに巻き込まれていた。熱のない語りが人間離れしていて、さしたる不快感はなかった。言葉を交わしながらもどこか一方的で、一人でいる時とあまり変わらない。
「スカルミリョーネは魔法使える?」
「……ああ」
「ふうぅ〜〜ん」
短い返事には、やけに力の篭った不機嫌な声で返された。
「お前は使えないのか? ミシディアの者かと思ったが」
試練の山は閉ざされた場所だ。パラディンを志しては打ち砕かれ死んでゆく、馬鹿な人間以外に用などないはず。
「べつに……だからって皆が魔道士を目指すわけじゃない」
その地の縁であることは否定せず、しかし快くは思っていない声で。
何の興味もなさそうに外界を見下ろす。視線の先にはかの町があるはずだ。故郷を想うにしては冷たい色だった。
試練に失敗して自棄になった人間かと考え、すぐに打ち消される。リオの目は光を見てはいない。かといってゴルベーザ様のごとく闇に染まったわけでもなく、ただひたすら自分の内を見据えているようだ。
ある種の求道者には違いない。ただそこに熱意は感じられなかった。
「あんたも試練を受けに来たの?」
「……モンスターがパラディンなど目指すと思うか」
「ああ、モンスターだったんだ」
何故見て分からない……、いや、私のことなどろくに見ていないが。リオの視線は掴み切れない。町を眺めているように見えて、もっと遠くを求めている。
「私、魔法うまく使えないんだ。剣ならそれなりなんだけどね」
「そうか」
血の気配がしなかった。この女は今日、剣を振っていない。それでよくここまで辿り着けたものだな。魔法が使えず剣もそれなり、にもかかわらず一度も戦わずここまでやってきたのか?
「他に向いた生き方がありそうなものだ」
「剣でも魔法でもなく?」
「それを望んでいるのではないのか」
自分で動き回るよりも、静かに見つめていられるような、そんな生き方がしたかった。ただ自分を重ねているだけだろう。
「……でもミシディアの人間なんだよ」
「それがどうした」
「どうした、ったって……」
外界から目を逸らして呆然と私を見つめる。リオの瞳から険しさが消え、戸惑いだけが残っていた。
「何になりたいとか、考える隙もないんだよね」
「……ミシディアではな」
「そう、ミシディアだからね」
魔道士の村だ。個は存在せず、全はそれを誇りにしている。他の道などない。ではそれを拒んだ者は、敗れた者はどこへ行くのか。ただ消え去るだけだ。
リオの苦悩はおそらく、拒むほどの熱さえ持てぬことだろう。生き方が分からないなどとアンデッドに愚痴を吐く。愚かしすぎて捨て置く気にもなれん。
「……何もしなければいい。魔道士になどならず、剣も振らず、ただ時を過ごせばいい」
「スカルミリョーネはそうしてるの? 虚しくないの?」
「虚しいが、べつにいい」
何かと関わり苦しむよりも、一人呆然と、過ぎ行くものを見守っている。どうせ見送るはめになるのなら、心など明け渡す気はない。相手が誰であっても。
「べつにいいかぁ。……そうだね。でも退屈になりそう」
「ならば自分の墓穴でも掘っていろ」
そして冷たい土に埋もれて眠っていれば、生も死も無意味になる。
「ああ……スカルミリョーネの分も掘ってあげようか」
「私は自分でやるから必要ない」
今度はげらげらと盛大に笑った。思いの外、健全な笑顔だ。今は少し人間でいることに疲れているだけで、時が経てばリオも魔道士になってしまうのかもしれない。個を捨て全に。我をもなくすのではなく、すべてを手に入れたいと、望むのかもしれない。
ただ自分を重ねているだけだ。同じ道を歩む者がいなくとも、べつに……構わない。
「明日も来ていい?」
「……勝手に来ればいい」
ここは私の根城ではないのだから。リオはまた嬉しそうに笑う。何かせずにはおれんだろう。人間だから……。
淡々と時を過ごせばいい。煩わされ傷つくぐらいなら、始めから近寄らなければいい。……本心からそう思っているのに。
「明日は、私はいないぞ」
会いに来ると言われたわけでもないのに。
「じゃあ待ってるよ、何もしないで」
約束したわけでもないのに。
……ゴルベーザ様が目的を果たした後ならばと考えてしまった私は、彼女と同じ程には馬鹿なのだろう。
「…………、」
何もしなくてもいいから、生きていてほしいと、言ってみたかった。