02
花咲く乙女よ穴を掘れ
試練の山に登ると言い置けば、数日間行方不明になっても放っといてもらえるらしい。両親も友人もガキどもも、長老さえ、微笑んで送り出してくれた。修行中という言葉の便利さを実感した。私にやる気がないのをまだ分からないのか。
昨日と同じ場所に来るまで気づかなかった。山の姿が変わっていた。魔物の群れはその数を減らし、立ち込めていた異様な力の気配が薄れている。
長老やあの天才児どもなら何か尤もらしい理由を見繕ってくれるのだろうが、正直なところどうだっていい。私はここに住んでる魔物でもないのだし。山がどう様変わりしようが関係ない。この地がぶっ潰れたところで魔法が廃れるわけじゃない。手に入れてしまったものは容易には手放せないから、落ちこぼれに救いの道はない。
……だけど、慰めなら存在する。何となくスカルミリョーネの姿を探したが、言葉通り今日はいないらしい。少し残念だ。
もうすぐ陽が沈む。辺りは段々暗くなってきて、昨日と同じ時間がやってくる。一人で過ごすのは好きだった。誰かと騒ぐより好きだった。だけどそこに後ろめたさを感じるほどには、人間が好きなんだ。
墓穴でも掘ってみようか。言われたまま実践するのは馬鹿みたいだけど、いい暇つぶしになりそうだから構わない。馬鹿なのは今更だし。リオ姉ちゃんいつものように馬鹿だなと言われ慣れてる。うっせえ。リオ様は……個性的ですわねとか。フォローのつもりか。本当に愛らしい子供達だ。
情けないやら腹立つやら。やる瀬ない気分で、薄暗い山中で孤独に穴を、しかも素手で、黙々と掘る。……怖いな。あんまり誰かに見られたい姿じゃないけど、どうせ誰も見てないから気にせず続ける。
土の柔らかいところは素手で触れると気持ちがいい。調子に乗ってブーツも脱ぎ捨て、どんどん穴を広げていく。どこまでやろうか。私が寝そべる広さになるまで? ……いいや、飽きるまで続けよう。積み上げられた土が天に届くまで。
ひんやりした感触を楽しみながら、手の平いっぱいに土を乗せ、脇に積む。リズムにのってくるとペースが上がる。無意味さが楽しかった。
魔道士になんかなりたくなくて、でもじゃあどうしたいって気持ちもなくて、このままだと流されてしまいそうで嫌なのに、逆らうのが面倒だから。だったらもういいよと言いそうだった。
辛かったのかと聞かれればそんなことはなく、強いて言うなら辛くないことが辛かったんだ。私にとって私は、どうでもいいことなのかって。
昨夜出会った彼は、そんな無気力さまで「べつにいい」と言ってくれたみたいで。突き放すように甘やかしてくれた。拒絶するように受け入れてくれた。単純に……嬉しかった。その遠さが心地よかった。
今日は会えないのだなぁと思えば寂しいが、こうして無心に穴を掘っているといろんなことが頭から抜けていく。何も考えないのは楽だな。
いつの間にか月が真上に来ている。築き上げた土の山は私の背丈と同じほどに。屈葬なら今すぐ済ませられるかな。ふと思い立って穴の中に屈み込んでみる。見上げた空は狭くて、世界そのものが縮んだみたいだ。
何者にもならなくていい。狭い世界で流されるように、何もせずに生きていたいな。たった一日で分かり合ってしまった。スカルミリョーネに会えたのはとてつもない幸運だったのかもしれない。
急に月が陰って、雲もないのにおかしなことだと首を傾げた。よくよく見ると穴の縁から覗き込んでいるものがある。魔物じゃなかった。ついでに、スカルミリョーネでもなかった。
「……何をしている?」
人間の男、か。威圧感が尋常じゃない。あまり知らない性質の相手だ。さっきまでなら穴を掘ってると答えたところだけど、今は、さすがに腰が痛くなった。何もしないをしているのだろうか。
「何だろう。ただ穴に入ってるだけ」
べつに何も恥ずかしいことなんてないけど。
試練の山なんて。大層な名前をつけたものだ。訪れるのはただの馬鹿か自意識過剰な馬鹿だけだと思ってた。この黒い影はどっちだろう。
私は間違いなくただの馬鹿だ。自意識なんてどこにあるのか分からない。反抗にすらならない微弱な意志で、あの町の流れからはみ出している。完全に抜け出す勇気もないのに。
「……あんた、誰?」
いつも、知りたいわけじゃない。会話がないと、しなければいけないのかなと思って口に出してみるだけだ。関わりたくないのに関わってしまう。帰りたくないのに帰らなければいけないと思い込む。あの循環の中へ。
無関心さで隠しながら、心地よい相手を探してるだけだ。
「お前はスカルミリョーネの知り合いか」
私の問いには答えず、私の記憶に焼き付いたばかりの名を出して戸惑わせる。答えに迷う間にふわりと影が舞って、私の隣に降り立った瞬間やかましい金属音。逆光がなくなり姿が見える。禍々しくも美しい黒い甲冑。これがあんなに軽々と飛び降りてきたのか。……どんな筋肉馬鹿……。
「知り合いって昨日が初対面だけど」
あちらはもう忘れてるかもしれない。私よりも真っ直ぐに、他人に興味がなさそうだから。いっそ羨ましいぐらい。
「そっちこそ知り合い?」
「……屍でも拾ってやろうかと思ったのだが、消えてしまったようだな」
一瞬、意味が分からなかった。次いで蘇る昨日の彼。じゃあ、果たし合いとやらに負けたのか。魔物であっても、負けたら死ぬのか。力を得るために死ぬなんて馬鹿の極みだ。スカルミリョーネは何を懸けて戦ったんだろう。死の瞬間にも足掻かなかったのかな。
「仇討ちでもしてみるか、リオ」
「やめておく」
多分、放っといてくれって言われるから。教えてもない名前を呼ばれたことは気にならなかった。スカルミリョーネから聞いたわけでもないだろうに……。だけどこの男だってきっと、真っ当に生きてる人間じゃない。
今日は会えないのだなぁと思った気分が、一生続く、たかがそれだけのことじゃないか。
「……こんなところで人間を飼っていたとはな」
初対面だというのを聞いてなかったんだろうか。まだ失って悲しいと、泣くほどの何かもないのに。知り合いと呼ぶにも躊躇する。
でも……もうちょっと話してみたいって、思ったんだよ。もう少し知りたかった。……まあ、導いてくれるなら飼われたっていいと思えてしまうから、同じことか。
いたたまれなくなった。立ち上がりまた土を掬う。月の光が手の中へと真っ直ぐに差し込んでくる。
忘れられるだろうか。ここで死ぬまで掘り続ければ、何も考えずに、無意味な時を過ごせるだろうか。泣けるはずがないのに涙が流れてるから多分無理だ。私はあんたほどにはなれないよ、スカルミリョーネ。
虚しい。べつにいいなんて思えない。何かせずにいられないんだ。何もできやしないのに。悲しまずにいられるまで、その場所に届くまで、土を掘り続ける。
隣で黒い甲冑が、私のことなど見えないみたいに月を見上げていた。あの光が導いてくれるなら辿り着けるだろうか。どこにだって構わないから、虚しさのないところへ。