06



君は走って灰になる



 勉学に励み始めてから改めて知ったことがあった。昔この地に降り立った月の民とかいう奴は、本当にいろいろと便利な知識を残していたようだ。まともに学ぶ気のなかった頃には悪戯っ子に寛容な酒場の親父の方が未だしも偉大な気がしていたが、今となってはその英知に感謝しなければならない。
 デビルロードのようなデカいだけでたいした役にも立たないものより、もっと人の心に直接作用するような個人的かつ計り知れない影響力を秘めたものがいい。私にとって必要なもの以外に興味はない。
 秘されたものにはそうするだけの意味がある。我が町ミシディアで言うならば、新たな魔法を試したくて仕方がない前途有望な子供達から面白げな術を遠ざけるとか、そういう意味。べつに私のことではない。
 肉体から思念を分離し、誰かの精神に紛れ込ませる術とか。廃れずに遺されているなら某かの役に立つってこと。幼い頃にちらっと見ただけのそれを、よくまあ覚えていたものだ。
 必要なときにこそ使わなければ。才能なんかなくても強大な魔法をいくらでも使えるともう知ってしまった。ただ一つ、命を惜しまなければ。
 分不相応な術を行使すればまず肉体が悲鳴をあげる。でもべつに構わなかった。どちらにせよいつかは捨てるものだから、それが今になったってだけ。私に必要なのは命じゃなくて心だ。

 そういえばタイミングが合わずにパロムの顔を見られず仕舞いだ。あのクソ生意気な奴の声も、二度と聞けないかと思えば少し寂しいかな。まあいいや。未練らしきものは消えた。変わらず生きて行くことに嫌悪感はなかったけれど、不安なことが一つ、いや、どちらかと言えば不満か。
 生きてる限りいつか必ず死ぬ。予測しえなかった死に塗れてしまえば本当にもう会えない。強く心を占めることなく、だけど決して消えもせず、捨てたつもりの人間らしさがある一人の前でだけ蘇ることに、気づいてしまった。
「というわけで私は今日、死んだ」
 しれっと言った私を、どうやらスカルミリョーネが呆然と見つめている。それを焼き付ける網膜がないのでよく分からないけれども。
 思念を保てなければ私は消える。失敗すれば無意味な死だ。成功したって無意味だろうが私にとっての意味はある。永遠と言う名の意味が。己の能力への不安はあったが同じだけの自信もあった。この件に関しては自分でも驚くほどに意志が強い。きっと誰にも邪魔できない。
 スカルミリョーネがいない間、私自身に変わりはなかった。会う前と同じく中途半端に空っぽの何かだった。その姿を再度見た時に、余計なことを自覚した。私を導いたのはこいつだったんだ。言わばスカルミリョーネに出会った瞬間に私は産まれたんだと。……じゃあ、あんたのいない世界こそ私には無意味じゃないか。

 何を得てもただ一つ得られなければ虚しさは消えない。心穏やかに生きても、憎しみに燃え狂っても、あの溢れ返る感情の渦は、スカルミリョーネがいたからこそ生まれたものだから。
「……私に会うために死んだというのか?」
 そこはかとなく怒っている。そんなことより肉体がないのはやっぱり不便だ。もう少し慣れればかりそめの体を置くぐらいは可能だろうか。このままだと浮遊霊になってどこぞへ飛んで行きそう。成仏してしまったらそれこそただの阿呆じゃないか。
「そんなちっさいことのためにわざわざ死ぬもんか。会うためじゃなく一緒にいるために、」
 死んでやったんだ? うーん、違うな。べつに死のうとしたんじゃないし。多分死ぬだろうなって思ったから、対策はしてあるが。
「……同じように聞こえるぞ」
「一時会えても嬉しいのはその時だけだもの。私はずっとあんたの傍にいたい」
 まだギリギリで現世と繋がっているのだろうか。もう私のものではない体がむずむずした気がする。じきにこの感触も消えるはずだ。
「馬鹿な、ことを……もう取り返しがつかんのだぞ」
「後悔なんかカケラもしない」
 寿命を全うするまで待てない。あんたの分まで生きようとも思わなかった。誰かのために生きるなんて真っ平だ。他の一切無視して何も考えずに生きるってのは、つまり究極の身勝手だ。やってるのは同じこと。

 地上には「私」がいるだろう。意思の無くなったフレッシュゴーレム、まず真っ先に気づくのはポロムだな。まあ、好きに使えばいい。そのために遺したんだ。捨てたからと言って全てが無駄だったわけじゃない。
 私は人間だから生きていたら周りを見てしまう。何か一つに命を捧げられるならそれを許容してくれる町だ。最初で最後の甘えを許してもらおう。出会ってしまったもののために私は人間であることを捨てる。
「ただね、私もまだアンデッドになりたてだから。……ちょっとくらいは助けが欲しいんだ」
「私に、お前が人でなくなる手伝いをしろと言うのか!」
 その怒りで充分な気もするんだけどな。今の私に表情があるなら目一杯嬉しそうにできただろう。死人のくせに生前よりも余程生き生きと笑っていたかも。
「スカルミリョーネが望むなら私もこのまま、まだ人間として消えることができる。ただし永遠に会えない」
「なっ……」
「術は失敗したんだ。私はあんたに入り込めなかった。肉体は耐え切れずに魂を手放した。引き留めてくれるなら……」
 引き留めてくれないなら。

 予感さえ無くなって山には行かなくなった。土に埋もれてみても何も感じない。言葉を交わすだけであんなに溢れてきたのに。求めるものがどこにも無いなら、私が追いかけるしかないだろう。
 あんた気づいてないだろうけど、私は知ってる。一度逃げたでしょ? もう許してやらないよ。文字通り後が無いんだ。戻ることは叶わない。
 スカルミリョーネのいない世界が私にとって無意味なら、こいつに必要とされない私もまた無意味ってことだ。私は私を愛さない相手に何も捧げないが、私の全てはじりじりと誰かさんに奪われてしまったから。
「……完全にではなくても、まだ戻る方法はある」
 へぇ、そうなのか。やっぱりアンデッドのことに関しては向こうの方が上手だ。付け焼き刃では生まれながらの知識には勝てない。死んでから引き戻す方法もあるのか。ふーん。じゃあスカルミリョーネを呼び戻すってこともできたんだ。ま、どうせ失敗するのだからそれもまた無意味だけど。
「私の体はもう別のものの支配下にある。戻る器がないから、後戻りはできないよ」
「待たなくていいと言ったのに……」
「だから、待たずにここへ来たんだ」
「何故私のところへなど」
「墓穴でも掘ってろって言ったじゃん」
 同じお墓に入りましょう、なんて。アンデッドに惚れてしまったんだから、方法は限られている。そんなことよりなんだかちょっとまずい空気かもしれない。
「スカルミリョーネ、いい?」
「……な、何だ」
「消えそう」
「何だと!?」
「き・え・そ・う」
 間近で慌てふためく気配がして場も弁えずに微笑ましくなってしまった。このまま消滅したらどうしようか? さすがに自分が死んでからはどうしていいか分からないな。
「難しいこと考えないで。私の傍にいたいと思うのか思わないのか。それだけ答えてくれればいい」

「リオ……」
「ほらほら時間がないよ。二度と会えなくなってもいいのか」
「……私に」
「選べ」
 体があればよかったな。ふわりと何かに包み込まれたような、今の、すごく美味しいところだったのに。チッ。
「……傍にいたいと、思っていなければ会いには来ない」
 たかが一日。出会っただけで全て変えられてしまった。欲しいものを篩にかけて長々自分と向き合って、突き詰めて残ったものが今ここにあるんだ。
 ずっと一緒にいよう、スカルミリョーネ。想いの他に何も持たない。残された私の全て捧げて、永遠をあげる。



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