05



Everyone Says I Love You



 リオは、ある日を境に試練の山へは行かなくなった。わたしが幼い頃には毎日のように通っていた記憶がある。いつから行かなくなったのか……思い出せないわ。彼女の中には何らかの境界があったのだろうけれど、それを垣間見る者はいなかった。
 つかみ所のない人。昔からそうだったけれど、今は本当に分からない。

 町外れで一人、黙々と修行する姿を見つけた。魔法の腕は随分と上達したと聞いているし、長老やパロムも素質はあると言っていた。
 かけられる期待に重圧を感じている様子はない。けれどリオは応える気がないようだった。彼女の修行はひたすら内面に向かい、魔力を練り上げ伸ばしていくだけ。
 威力は二の次。白魔法を学ぶわけでもない。目指すところは希代の黒魔道士でもなく、ましてや賢者でもないという。では成長を止めたまま内で出来上がってゆく何かは、どんな意図があって存在してるんだろう。
「……リオ?」
 呼んでみても返事はなかった。わたしに気づいてはいるはず。魔法を放ち続けていた手が止まった。その目がどこを見ているのか、わたしには分からない。
 小さい時は可愛がってくれたのにな……。今だって嫌われているわけじゃない、と思う。でも……目に見えるよりも、ずっと遠い気がする。

「試練の山に、行きたいのですけれど……」
 あの場所に特別な感情があるのなら、何か反応があるかと思った。目深に被った帽子の陰で、リオの表情は分からない。
「お供いたしましょうか、ポロム様」
「さ、様はやめていただけませんか?」
 そういえば昔、同じ会話を逆の立場で交わしたっけ。あの頃はわたしがリオを見上げていたのに。……越えてしまったから? いいえ、そんなつまらない嫉妬心は感じられない。
「私などがあなたのような大魔道士様をどうして呼び捨てにできましょう。今あなたは、この人昔より扱いにくさが増してますわ! と思いましたね」
「分かってるなら普通にしてください!」
「やなこった」
 リオと話していると、時折自分がひどく嫌われているんじゃないかと思うことがある。そりゃあ、特別仲がいいわけでもないけれど。心で定めた何かを、かけらも話してもらえないのは、悲しい。
 わたし、あなたに何かした? そう聞きたくなることもある。だけど聞けないわ。思い返せばリオのわたしへの態度は、他の誰に対しても等しく当て嵌まる。もしもわたしが嫌われているなら、この町そのものを厭わしく感じていることになってしまう。
 そしてその感情は……わたしにも覚えのあるものだから。聞きたくなかった。

「ポロム」
「はい……」
 あっちから話しかけてくれたのはいつ以来だろう。何年ぶり、と考えて声が沈んだ。リオは町の外をじっと見つめている。
「あの山、最近モンスターが増えましたね」
「えっ、それは」
 長老の指示と何か関わりがあるのだろうか。リオはずっとあの場所に足を運んでいないのに、どうして知ってるの。
「アンデッドばかりうじゃうじゃと……あの竜騎士がいくら頑張っても追いつくまい」
 低く笑いながら帽子を取って微笑んだ。……微笑ん、だ? なんですの、その人の悪い笑顔は! とっても見慣れた感じがする。ううん、いっそ懐かしい。そういえば昔、パロムの悪戯に進んで巻き込まれていた時に、こんな顔をしていた。
「何か……知ってるの?」
 一瞬、夜中に一人で山に登り、ひそかにアンデッドを生み出す魔術を行うリオの姿が浮かんだ。有り得そうでとても嫌な情景……。
「知らないな。興味もない。でも関わりはあるかも」
「……どういうこと?」
 首を傾げるわたしに向き直りもしない。もう返事をする気はなくなったのかと思えば、またぽつりと名前を呼ばれた。奔放な人だわ。
「私が私でなくなっても今までがなくなるわけじゃない。私はあんたを嫌ってたことなんか一度もない。返事をする気はないので聞き返さないように」
 あまりの傍若無人な態度に唖然とした。その隙にリオは、ローブの裾を翻して祈りの館へ帰ってしまった。

 理解できる範疇を超えている。遠すぎて不安になれもしない。
「嫌ってたことなんか一度もない……」
 その言葉だけ、素直にうれしかった。特別親しくもなかったけれど、リオがどう変わっても信じられる気がした。
「いなくなるのかしら」
 自分で吐いた呟きの意味も分からない。いなくなる……、か。本当にそうかもしれない。不器用で要領が悪くて、人を好きになるのも嫌うのも下手くそな人だった。
 今までがなくなるわけじゃない。選ぶほどの何かが出来たのなら、きっと……幼なじみとして、喜んでいいこと、ね。



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