荒れ野に打ち捨てられた死骸を前に、リオ様は何か考え込んでいる。私はどうしていいかも分からず、ただ離れて黙りこくっていた。
「うん、違うなこれは」
 ふと宙を見上げてそう呟くと、今までの真剣さも嘘のようにあっさりと歩き始めた。慌ててその後を追いながら困惑していた。
 こうして旅を始めてから、ご主人様はよく死骸の前で立ち止まる。それが人間のものでも動物のものでも、魔物の屍であっても。何故だろうか。新たなアンデッドを作る気なのだろうが、いつもそのまま立ち去ってしまう。
「……私のせいですか」
「えっ、何が」
 私が我が儘を言ったから、本当は欲しいのに新たな下僕を作られずにいるのだろうか。自分が役立たずなのはよく分かっている。なのに、私は未だ……。

「スカルミリョーネ?」
 視線を合わせたくなくて地面を睨んでいたら、リオ様が無理矢理そこに割り込んできた。仕方なく明後日の方角を見てもやはり回り込まれる。体格差が彼女に対して有利に働いていた。
 私がどれほど落ち込み俯いていても、必ずリオ様が視界に入る。それはもちろん、不快ではないが。
「生きんのって面倒だね」
 苦笑する姿が遠かった。生きるということがどう面倒なのか私には分からない。でも、リオ様を通してなら……分かる日も来るのかもしれない。
「意味のないことで喜んだり落ち込んだりさ。死んでしまえば本当に無意味なのにね」
 それでもこの方は生きている。「普通」の人間から見れば「異常」な存在らしいけれど、死んでしまっても留まる術を知ってるけれど、やはりリオ様は生きていたいらしい。

 人間として生まれたなら死ぬまで人間として。ならば彼女が死んでしまった後に、私はどうすればいいんだろう。……アンデッドとして生まれ変わることを、ご主人様は嫌がるだろうか。
「君がどう自称しても構わないけど、僕は召使にするためにアンデッドを作ってるんじゃないよ」
「……はい」
 それは何となしにだが分かっていた。私を手元に置く利点はないように思う。なのに付き従うのを許してくれるなら、他に理由があるはずだった。それが何かは分からないけど。
「生きることに意味はない。でも執着心が無ければ生きられない。生きたいと思うからには何かの理由があるんだ」
 来た道を振り返り、ローブに隠された顔が先程の死骸を見つめているようだ。あれは人間だったな。
「死を受け入れたり諦めてしまった奴は生き返らせても長持ちしない」
「……だから、アンデッドは皆、魔物なのか」
「そうかもね」
 理性をなくし憎悪に塗れ、それを振り撒くためだけにこの世に留まる。確かに強い執着心だ。一度甦ればそう簡単に地獄へは帰らないだろう。必然的に、不死者は憎しみを抱くものばかりになる。だから元は人間だったものがほとんど。
 では、私は? そしてリオ様は。無能な下僕にすら使わないと言うなら、怨念に縛られた半端者など、作り出して何になるのだろう。私の疑念を読み取ってか、向き直りローブを取ったご主人様の顔には苦笑が浮かんでいた。
「負の感情だって生きている証だ。自分にとって害になるからと否定的にはなれない」
 分からない。おそらく人間としては正しくない考え方だ。でも私にはリオ様の意思が全てだから、他の人間などどうでもいい。ただ、己に向けられた悪意すら受け入れそうなその言葉。
「危険ではないのですか」
「うん。でもいいんじゃないか?」
「……良くない」
 とても反抗的な気分になっているのに、どうやって責めればいいのか分からない。他者の全てを受け入れるのは、己の全てを捨てるということじゃないのか。

 例え憎しみでも、生きる意思であるなら構わないと言う。負の感情でもいいと。そこまであなたは、生を求めるのか。……では、私がリオ様をアンデッドにしたら。感情も思考もない、生きているように見せかけた、ただの動く死骸にしてしまったら。
「……すぐに消えてしまうなら最初から甦らせる意味もない。何のためでも、僕は寂しいから彼等を生き返らせるんだ」
 面倒だけど生きているのは楽しい。そう言ってまた笑った。今度は苦いものもなく笑っていた。
 なぜ不安を感じるのか分かった気がする。私は何にも憎悪など抱いていない。生きることに面倒臭さも感じない。いつ消えるか分からない、執着を持たない脆い意思と、もはや脈打つことのない腐った体が私の全てだ。
「私は、憎悪に縛られることも、人間として納得して死ぬこともない。……生きてもいない」
「そうかな。君が生きたいと呼んだから、僕はスカルミリョーネを作ったんだが」
「私が……?」
「生まれる前のことなんか覚えてないよね。スカルミリョーネは特別なんだ。他のどんな死者とも生者とも違う」
 少なくとも僕にとっては、と小さな声が辛うじて聞き取れた。リオ様の求める形ではなくても、私は私で必要とされている。そう考えていいんだろうか。
「……どうして私を、そばに置いてくれるんですか」
 声が弱気になるのは止められない。やっぱり、私がここにいる理由が見つからないから。この人は、生きてる者の方が好きなのに。
「どうして、か。それはね」
 にこりと嬉しそうに笑う瞳に、不可思議な光が宿った。初めて見た顔だ。口元が意地の悪い形に吊り上がり、彼女は朗々と言った。
「秘密だ」



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