05
部屋に放り出されていた物を整頓すると、忍術の資料がザクザク出てきて驚いた。どこぞの若様よりよほど勉強熱心だ。これだけの情報をどうやって集めたんだろう。一応、門外不出なんだがな。
不落の城をいともあっさり落としてくれて悔しかったが、裏では大変な苦労があったのなら。少しは報われるか……って喜べもしないけど。
エブラーナに関わりない物も山ほど出てきた。バロンの飛空艇の製造、運転、将来的な用途。魔物の性質、生態、効果的な使役の仕方。人間の武器、その原点から特徴と製造工程……。節操がない。手当たり次第に学んでるのか。
是非そのマメさ加減を片付けることにも費やしてほしい。読んだらそれっきりか! 入った瞬間ゴミ置場かと思ったぞ。
「ああ、ずいぶん片付いたな」
聞き慣れつつある声とともに暑苦しい気配が部屋に入り込んでくる。つい読み耽りそうになった本を離すと、ルビカンテが訝しげにそれを見た。
「……ヤト、前から聞こうと思っていたんだが」
「なんだよ、改まって」
「君はどうして魔物の文字が読めるんだ?」
ん? 予想だにしなかった質問だ。他の誰かならともかくルビカンテに聞かれるとは思わなかった。……ってことは、こいつは人間の文字が読めないんだろうな。でなけりゃ理由なんてすぐ分かるはずだし。
「お前だって人間語が直接読めたら便利だって思うだろ?」
「それは思うが、しかし……数が違いすぎるだろう」
確かにな。魔物ってのは知識を持っててもそれを形に残さないのが多い。まあ、寿命が俺達とは全然違うんだから仕方ないと言えば終わりだけど。それでも……。
「蓄えられる限りの知識は蓄えとこうって、真面目な気分の時があったんだよ」
他に何もできないから。忍術は使えないし魔法も才能がない。武器の扱いに長けてるでもない。人より秀でてるものが何もなかった。ならとりあえず誰も知らないものを俺だけが知ってれば、そこに。
……そこに? 縋り付けると思ったんだ。国のためでも人のためでもなく、自分を慰めるためだけのものだと気づいた瞬間、虚しくなって学ぶのをやめた。
劣等感もあるにはあったか。だけど普通に暮らしてればそれだけでも構わなかったんだ。城になんか入らなくたって、生きるために生きててもよかった。
あれ? もしかして俺、ここに来てからの方が幸せなのか?
ふと気づけば、黙り込んだ俺をルビカンテがじっと見つめていた。心配そうにも見えるがどうなんだろう。不審がってるだけかもしれない。
「……グリーンドラゴンに餌をやるのを忘れていた」
何故それを俺の顔見て思い出す。厭味か。それともこいつなりに何か察して、気遣いで話題を変えたのか。それはないな。
「さっき俺がやった」
「……ルゲイエがホワイトムースを捕まえておいてくれと」
「もう渡した」
やっぱり、単にたまたま思い出しただけだな。そうだと思ってたけど!
「……嫁を貰った気分だ」
「なんだと、てめえ嫁さん貰ったことあんのか!? 俺ですらないのに!」
「言うべきはそこではないと思うが……」
嫁を貰った気分なんて一度も味わったことない。ここにいたら一生味わえないじゃないか、全然幸せじゃない! 魔物の嫁になるのも魔物な嫁を貰うのも御免だ。特に後者、体が持たない。
「はあ……お嫁さんほしい。普通の」
「君は、忍術を使えないから、細かい器用さを身につけざるを得なかったのだな」
「余計なお世話ですよ!」
うっかり涙目になったぞ。何気なくこぼすにはキツすぎる台詞だった。
これだからよそ者は嫌なんだ。ここじゃ俺の方がよそ者だとかは今どうでもいい。エブラーナ出身だっつーと皆が皆すげえ忍術使えると思いやがって。修業した奴だけだ、一握りの天才だけだ、そんなもん。
ああ俺は使えないよ。せっかくつかまえたおねえちゃんに「キャー、お兄さん忍者なの? 火遁見せて見せてー」とか言われて「あ、いや、俺はエブラーナ出身だけど、忍術は使えなくて」ってなんか気まずい空気が流れるんだ。俺なんも悪くないのに何故か謝るよ。「ごめんね、使えなくて」あの目だよ。俺を虫けら以下のごとき扱いで見下す目。「あ……そうなんだー」「うん、ごめんね」もっかい謝るよ! その後会話なんてありませんけど!!
お嫁さんほしい……。
「……ヤト、大丈夫か?」
「うるさいお前は俺の傷口をがっつり開いた上に塩を塗り込んだんだ」
「それはすまなかった」
意味も分からんくせに謝るな。心が篭ってないのが丸分かりだ。
「忍でありながら忍術が使えないのを気にしているのか? 魔物にだって魔法が使えない者はいるが」
魔物と比べられたって慰めにならないっつーの。馬鹿か。
「お前みたいな何でもできるヤツには分からない」
「私とて一人で何もかもを為せるわけじゃない」
だけど扱いの難しい小刀をあっさり使いこなしてみせたのは誰だ。どんな事柄でも聞けば大概答えられる、無尽蔵の脳みそ持ちは誰だ?
「部屋の管理にしろ配下の世話にしろ、君ほど上手くは……何を怒っているんだ」
「べつに!」
時々わざとやってんじゃないかと思う。ムカつくヤツだ!
「魔法でも教えてやろうか?」
「……無駄だって」
「簡単に諦めるのはよくないぞ」
「ミシディアで見捨てられた。集中力が足りない、才能がない、一生かけても上達しない、ってな!」
「迂闊に励まそうとして悪かった」
どう考えても厭味だよなこれ。でも真顔だ……本気で慰めてんのかな。よく分からない。っていうか俺を鍛えてどうするんだよ。
「お前ってけっこう馬鹿だよな」
「……そうかもしれない」
なんじゃそりゃ。否定しないのかよ。まあ、いいか。お前が馬鹿でいてくれれば安心して暮らせる。ただぼんやりと。