04



 最初にヤトを見たのは、炎上する町の中だった。すでに勝敗が決し、逃げる者は逃げ死ぬ者は死に、焼け落ちるのを待つだけの景色の中で、何が起きたのか分からないといった顔で呆然と立っていた。
 男にしては長すぎる髪と女にしては良すぎる体格、加えて炎に揺らぐ顔つきのせいで、どういう人間なのかまったく読み取れなかった。
「まだ生き残りがいたのか」
 私の姿に気づき硬直する。男だ。20と少しは生きているだろうか。視線が合った瞬間、この事態の元凶が何であるのか悟ったらしい。あちらの身体から殺意が立ち上る。即座に腰の刀に手をやり、そのまま……手を降ろすと共に殺意も消えてしまった。
「戦わないのか?」
 その時点で連れ帰ろうかという気持ちはあった。彼らの使う術は魔法でも気功でもなく、戦い終えて冷静になった今考えれば、どうもあれは独特の技術のようだ。今後のためにももっとよく知っておきたい。
「この国を滅ぼしたのは私だ。分かっているだろう? その刀を抜き仇を討とうとは思わないのか」
 互いに黙り込み、相手を値踏みするような間が空いた。

 なぜ殺意が消えたのだろう。恐怖に捕われているのではなさそうだ。奇妙に余裕も感じられる。不可思議な雰囲気の人間だった。……先だって捕らえたこの国の王と、少し似ているかもしれない。
「なかなか楽しい戦いだった。忍術とは面白いものだな」
「……そうですか」
 隙を窺うように辺りを見回しながら、やはり彼は動かない。目に映る光景に表情を歪ませてはいるが、そこに私への憎しみは見当たらなかった。
「逃げないのか」
「逃げられないんだよ、怖くて。期待外れで悪かったな馬鹿野郎、骨のありそうな奴だって目で見るのは止めろ」
 想像だにしなかった言葉を聞いて唖然としてしまった。怖がっているようには見えない。むしろ弱味を見せた隙に反撃に移ろうと企んでいる……などと言った方が自然だ。
「ならば丁度よかったな」
 ゆっくりと近づけば彼の足がびくりと震え、後退ろうとしつつも踏み止まっている。それが義勇か恐怖故かはともかく動けないのは事実のようだ。
「人の力に興味が沸いたところだ。お前も連れ帰るとしよう」
「……俺も、って」
 戸惑いを隠せない顔で見上げてくる。近づいてみれば私より少し背が低い。それが気に入らなかったのかどうかは知らないが、急に不機嫌そうに睨まれた。
「帰って来るんじゃなかった……」
 忌々しげな呟き。外出していたのだろうか。言われてみれば旅装を身に纏っている。よりによってこのタイミングで帰国するとは、相当に運の悪い奴だな。

 肩に担ぎ上げるとそこで初めて抵抗らしい抵抗を見せた。
「暴れると落ちるぞ」
「お……俺は、行かない……ッ」
「なら、ここで私と戦うか?」
 あっさりと地面に降ろしてみれば、至近距離で見つめ合うはめになった。腹を押さえているのは何故だろうか。……ああ、担いだ時に圧迫してしまったのか。
「大丈夫か?」
「う、るせぇ……」
 睨み据える瞳に私が映っている。その背後に、燃え盛るエブラーナ。読心術の心得はなかった。戦って初めてその心が分かる。しかし今、彼の心を垣間見た気がする。
「死ぬのが怖いか」
「……ああ、いや、俺の命のが大事だろ。今それを惜しんでやれるのは、俺だけだし」
「他の人間共は皆、国のためにと命を捨てたが?」
 生き延びなければ再び勝つこともできないというのに。
「皆……陛下はどうなったんだ」
「私の掌中にある」
 その表情が更なる苦痛に歪んだ。とても安堵したとは思えない。いっそただ一人の生き残りであればよかったと言いたげに。彼らと対面させれば助けようと動くだろうか? それもまた興味深い。
「ついて行ったら、助けてくれんのか」
「いいだろう。お前が協力するなら、王も王妃も傷つけはしない」
 あからさまに項垂れて溜め息をついた。もしかすると恐怖感が行き過ぎた結果の冷静さなのか? なかなか考えさせられる存在だ。
「ついて行ってやるから、担ぎ上げるのはやめろ……」
「分かった」
 手を翳し、そこに魔力を集める。炎の気配に包まれて町並みがぼやけはじめた。名残を惜しんでいるのか彼の瞳が一心にそれを見つめていた。
「ああそうだ。お前の名を聞いていなかったな」
「……ヤト。そっちはルビカンテか?」
 思わず集めた魔力を解放してしまい、転移魔法は発動することなく霧散した。なぜ人間が私の名など知っている。ヤトは全く分かっていないようで、不思議そうにこちらを見ていた。
「なんだよ。逃がしてくれる気になったのか?」
「いや……何故、名前を」
「ああ。だって、火のルビカンテだろ。なんかで読んだよ」
 敵うわけがないんだと苛立たしげに吐き捨てた。では何か、私の正体を知って殺意が消えたというのか。しかし私の名が載る書物……そんなものが人間の世にあるとは思えないのだが。
「妙な奴だな……」
 釈然としない何かを抱えながらもう一度テレポを唱える。もう彼の目は町を見てはいなかった。



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