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 例えるならそれは稲妻だった。瞳を焦がすような光が瞬き、轟音を伴って世界を引き裂くと、私の視界に強烈な印象を残して留まった。思考の付け入る隙もなく衝撃が私の心を震わせた。
 後になって思えばもうこの瞬間、私は完膚なきまで彼に惹かれていたのに違いない。

 つぎはぎだらけの服、筋肉質というには窶れた体つき、頬が痩せこけて疲れきった顔、呆然とした表情で、その人は私の家の前に立ち尽くしていた。「どうかしましたか」と尋ねたら目を丸くして私を見つめ「ヤト!?」と声をはりあげる。久しぶりに聞いた父の名前に私も驚く。
「い、いや、どう見ても女の子だよな。何言ってんだ俺は……、その、すまねぇな」
「父のお知り合いでしょうか?」
「父、って父親!? ヤトの娘か!」
 ああ道理で似てるはずだと頭を抱える彼は納得したような腑に落ちないような奇妙な表情を浮かべていた。母親似だとは誰もが言うけれど、お父さんに似てるなんて初めて言われた。まして見間違えられるなんて。おかしな話かもしれない。でも私はそれがとても嬉しかったんだ。
「俺はラバキンってんだ。ヤトの……昔の友達だよ」
「私はリオです」
「リオ……、ここに住んでるのか?」
「はい。お父さんが買った家です。あの、よかったら中へどうぞ」
「あ、ああ。じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうぜ」
 普段ならこんな予定外のことは嫌うのだけれど、ラバキンさんの存在は不思議と私の中に馴染んでいた。確たる証明がなくても彼の言葉に嘘がないと理解できた。彼を家に招き入れることに何の違和感もなかった。そして彼は戸惑いながらも我が家に足を踏み入れる。

 居間のソファーに浅く腰かけて、ラバキンさんはきょろきょろと部屋を見回していた。あまり使うことのない来客用のカップを探し出してお茶を淹れる。この家に私以外の人がいるのは久しぶりだった。
 喉を潤して人心地ついた様子のラバキンさんは、真剣な顔で切り出した。
「ヤトは出かけてんのか?」
「やっぱり、ご存知なかったんですね。父は亡くなりました」
「……え?」
「十年ほど前に鉱山事故で。母も三年前に病死しました」
 だから今は私一人でこの家に住んでいる。両親の友達だった人々が何かと援助をしてくれたお陰でなんとか恙無く暮らしているのだ。
 私の人見知りは父親譲りのもので、お父さんには友達と呼べる人がとても少なかったと聞く。鉱山で一緒に働いていたローガンさん、幼馴染みのギリアム様、そして……。
 このラバキンと名乗る彼がお父さんの友達だとするならば私には心当たりがあった。
「ラバキンさんはもしかしたら、この家に住んでいた人じゃないですか?」
「……ヤトから聞いてたのか」
「お父さんはその人のことを教えてくれませんでした。ただ、昔どこかへ消えてしまった大切な友達で、彼が帰ってくるまでこの家を預かっておくんだって」
 いなくなってしまった友達。いつか帰ってくるはずの人。グレイリッジの鉱山がまだ開かれていた頃は日々たくさんの行方不明者が出ていた。遺体さえ戻らぬ人も少なくはなかったそうだ。おそらくそのうちの一人であろうと思われたラバキンさんは、今ここにいる。
「そうだ。ここは俺が、生まれ育った家だ。大事な……ずっと帰りたかった……」
 両親の結婚式は身内だけを招く極々慎ましやかなものだった。お母さんの強い要望で、結婚資金はこの家を買うのに使われたのだ。お父さんはいつもそれを嬉しそうに話してくれた。ラバキンさんは、私の両親がずっと待ち望んでいた人だった。
「おかえりなさい、ラバキンさん。ここは今でもあなたの家です」

 お父さんの話を聞いてラバキンさんは泣いてしまった。号泣だった。ビックリして固まる私をよそに数分間泣きじゃくった彼はやがて涙を流しながら私の肩を抱き、ありがとうと呟いた。こんなにも激しい感情の発露を私は見たことがなくて、彼の腕のなかで自分の胸の脈打つ速さに戸惑っていた。
 それから二人で長い話をした。私の両親の話、私の話、それから彼が今までどこで何をしていたのか。
 ラバキンさんが“いなくなった”のは私が生まれるよりも前のこと。グレイリッジに帰ってきたのは十数年ぶりだそうだ。鉱山事故で行方不明……死亡したと思われていた彼は、この世界とは異なる別の場所に迷い込んで帰れなくなっていたらしい。荒唐無稽とも言える話をすんなり受け入れて聞いていた私に、ラバキンさんの方が驚いた。
「自分でもあり得ない話に思えるんだけどよ、なんで信じてくれるんだ?」
「だってラバキンさんは現に生きて私の目の前にいるので。お父さんは友達が“消えてしまった”と言ってました。当時すごく必死で探したそうです。でもあなたは見つからなかった。この世界のどこにもいなかったというなら納得できます」
「……そうか。……否定されないってなぁ、嬉しいもんだなあ」
 行き着いた先の世界は彼に優しくなかった。ラバキンさんは奴隷のように扱われ無理やり働かされていたそうだ。故郷を思わない日はなかった。そして十数年もの時を経てようやく帰り着いたこの町は……異世界と同じくらい、彼に冷たかった。
「町を歩いてて、変なこと言うやつらが溢れててよぉ、こっちの方が知らない世界に見えたんだ。この調子じゃ俺の家もなくなってるだろうって思い込んでた。でもヤトが守ってくれたんだな。ここだけは変わってねぇ、俺が知ってる、懐かしき我が家だ。嬉しいぜ!! リオがいてくれてよかった。本当にありがとよおお!」
 また涙ぐむラバキンさんにハンカチを差し出しつつ困惑する。変なことを言うやつら……というのはたぶん“ひとつの道”の思想を言ってるんだろう。彼は協会のことを知らないんだ。

 これからどうするのか問う私にラバキンさんは少し険しい顔をして「まだ決めてない」と答えた。様変わりした町には彼の居場所がない。私としてはうちに住んでもらって全く構わないのだけれど。だって我が家はラバキンさんの家でもあるのだ。
「こっちに戻るのに世話になった人がいるんだ。慌てて町まで来ちまったが、ちゃんと挨拶しねぇとな。それに、もうちょっと町を見ときてぇんだよ。どうしてこんな状態になっちまったのか」
「そうですか……」
 せめて今夜は泊まっていくよう勧めたけれどラバキンさんは頑なに首を振った。いくら親子ほどに歳が離れていたって若い娘の一人暮らしの家では寝られない、と言って。パッと見の印象にそぐわず意外と真面目な人らしい。
「ヤトが……もう、いないなんてなぁ。実感できねぇよ……。でも、リオに会えたのはよかったな。……また来てもいいか?」
「もちろんです。ラバキンさん、ここは変わらずあなたの家です。そのつもりで帰ってきてください」
「ううっ……う、嬉しいぜ! ありがとよおおおお!!」
 感極まったラバキンさんの涙にまた心が動揺する。大声で泣くとか笑うとか、久しく忘れていた感覚だ。彼は自分の気持ちをなんら抑え込むことなく見せてくれる。初対面なのにもかかわらず一切の疑いを抱かなかったのはそのおかげだろうか。
 町を見回ってくると言って立ち去る背中を見送りながら、頭の中が彼のことで占められていくのを感じていた。そして苦い気分も沸き起こる。
 きっと彼の知るグレイリッジは見る影もないだろう。今の町を見たら彼は協会を疎ましく思うに違いない。ラバキンさんに言いそびれてしまった。私は、協会の人間だっていうこと……。



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