返す返すもヒトデナシ
グレイ・ウォーデンに女はいない。というわけじゃないが、少なくとも俺が入団してから半年間フェレルデンのウォーデンに女性はいなかった。
ダンカンの連れてきた最後の新兵は意外にも女で、若くて、下手にからかうのも憚られるくらいの美人だった。彼女が入団すれば、この灰色がかったむさ苦しい集団も華やかになるだろう。別に妙な意味じゃなく、目の保養があるのはいいことだと思う。
コーカリ荒野に出ると聞いて彼女は補給係のもとで装備を見直していた。ダークスポーンとの戦いに臆するような態度は一切見せていない。フェレルデンの女らしく勇猛なのは見た目でもよく分かる。
オスタガーに到着した時から武装はしていたのだが、ここまでかなりの長旅だったようで革鎧はすでにボロボロになっていた。彼女は誰で、どこから来たんだろう。洗礼の儀を行う前の素性についてはそう詳しく話をするもんじゃないが、ダンカンは未だ彼女の名前すら教えてくれていなかった。
「で、最後の新兵はどんな感じ?」
「徴集兵だ」
「ああ……、ダベスとはかなり違うな。いろいろな部分で」
「そうだな。同じだとは思わない方がいい。いろいろな部分で」
騎士ジョリーのように名誉を求めて自らやってくる志願兵とは違い、徴集兵は基本的に社会からこぼれ落ちたはぐれものをウォーデンの権利のもとに無理やり連れてくる。
その多くはダベスのような犯罪者で、刑に処されるところを救う代わりに入団を誓わせるのだ。人格に問題があることも少なくないが、それまでの人生を捨てるのに躊躇いがなく手軽とも言えた。
加えて死なせるにはあまりに惜しいとダンカンに評価されたわけだから、ある意味では志願兵よりも間違いなく腕が立つと保証されている。
しかし彼女はそんな風に見えなかった。つまり、後ろ暗い過去を切り捨てるためウォーデンに加わったようには。
ほんの少し話しただけだが、上品で礼儀正しく、表情は硬いが感じよくて、いかにも良いところのお嬢さんって感じの……どちらかといえば貴族や騎士の志願兵に思えた。
かくいう俺自身も自分の意志はさておき入団の経緯そのものは徴集兵と変わりない。彼女もなにか、のっぴきならない事情があって元の居場所から離れなければならなくなったんだろう。
「詮索するわけじゃないが、一緒に荒野へ行くんだし、彼女のことを少し知っておくべきじゃないかな? せめて名前くらいは」
渋面で溜め息を吐いたダンカンは離れたところで補給係と話す彼女を見た。つられて俺もその横顔を眺める。
正面から大きな瞳で見つめられるとただならぬ威圧感にたじろぎそうになるが、こうして遠くから見る分には俺と同じ年頃の単なる女って感じだ。でも、立ち居振舞いに隙がない。
彼女は人に見られることに慣れている。自分がどんなポーズをとるべきか知ってるようだ。ちょっと距離を感じるのはそのせいかもしれない。
野営を歩いてる間に衛兵やメッセンジャーと話すところを見た。人を従えるのにも慣れているようだった。入団すれば重大な役割を果たしてくれるだろう。彼女だけじゃなく誰にでも思うことではあるが、……無事に儀式を通過してほしいものだ。
「あの立派な剣と盾を見るに、どっかの騎士様? まさか王の隠し子ってことはないと思うが」
「名前はエリッサ・クーズランド。実戦の経験は少ないが、腕は充分に信頼できる。経験を積めば古参兵の誰よりも強くなるかもしれない」
「エリッサ、ね……。でもそれは人となりじゃないだろ」
仮にグレイ・ウォーデンへの入団を名誉に感じているからといって誰もが簡単に過去を捨てられるわけじゃない。まして無理矢理に連れて来られた徴集兵ならなおさらだ。
普通の人間ではなくなるのだと自覚するまでに、俺たちが気遣い、受け入れてやる必要がある。
ダベスやジョリーの事情はすぐに聞かされた。なのにダンカンは彼女について話さない。フェレルデン中を巡ってギリギリまで探し求めようやく手に入れてきた最後の新兵のことだけは。
新兵を見るダンカンの瞳には未だに慣れなかった。彼は彼らの運命を知っている。それを教えずこの道に引きずり込む責任を重々に承知している。だからダンカンが彼らを見る時、いつでも視線に悲しみが籠っている。
「彼女はハイエヴァー公爵の娘で……今は違う」
「うーん、貴族かなとは思ったけど公爵令嬢とはね。それにしちゃ人当たりがいいな。そういうやつらって身分をひけらかしたがるもんじゃないか?」
「ああ、お前に優しいのならまだ救いはある。だが警戒を解いていいことにはならない」
「警戒って……」
まるで彼女が重罪を犯しているかのような言い種だ。
ダンカンは確かに彼女を警戒している。ウォーデンを隠れ蓑に過去の罪から逃れ、ここからも脱走を試みる徴集兵を見るように。だが彼女から俺に視線を戻したダンカンの瞳に籠められた悲哀はいつにも増して深かった。
……ハイエヴァーは故郷だと、いつだったか言ってたっけな。
「いいか、アリスター。彼女に過去を聞いてはいけない。クーズランド家は先日なくなった。彼女の家族は、彼女の父親の友人である伯爵によって罠にかけられ、皆殺しにされた」
「……えっ?」
衝撃的な言葉はそのまま頭を通り抜けて一瞬意味がよく分からなかった。
家族を皆殺しにされた? それを気の毒に思うより先に疑問が渦巻いた。彼女はそんな風に見えない。その痛烈な悲しみをおくびにも出さない。耐えているのならまだ分かる。しかし、なぜ隠す必要がある?
「じゃあ、家がなくなったから……ウォーデンになろうと思ったのか? でも徴兵されたってことは」
彼女は入団を拒否したはずだ。そしてダンカンが無理やり連れてきたのだ。どうしてそんなことに?
「我々が城から脱出する時、彼女の両親は少なくともまだ生きていた。だが伯爵の軍に包囲され、命運は尽きていた。全員が逃げることはできなかった。瀕死の公爵は娘の命を私に託した。彼女はそれを拒絶し、両親を守って死ぬつもりでいたが、ブライトはそれ以上に重要だ」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ、それじゃあ……」
家族を皆殺しにされた。いや、されそうになっていた、だ。彼女は裏切り者のもとに両親を置き去りに……させられたのか? ブライトだから? 彼女を、貴重な新兵候補を無駄死にさせるわけにはいかないから?
徴集兵の多くはダンカンを憎む。彼らはこっちにとって都合よく死刑囚ばかりというわけじゃない。俺とは違い、ほとんどのグレイ・ウォーデンとは違って、自身の居場所に満足していた者は当然ながら入団を拒絶する。
少し前まではそんな彼らに強引な手段などとられなかった。嫌がってるやつを無理やり仲間に引き入れたって大して役に立たないことが多いのだから。ブライトでなければ、本人の意に反した徴兵なんて行われない。
「荒野に出て、彼女は行方を眩ませようとするかもしれない。……よく見ておいてくれ」
装備を新たにした彼女がこちらに歩いてきた。剣と盾はそのままだ。俺を見てるのかダンカンを見ていたのか、エリッサは笑顔さえ浮かべていた。
不自然なところはない、愛想のいい女性だ。それが怖い。彼女は俺たちに何も打ち明けるつもりはないんだ。グレイ・ウォーデンの仲間になる気など更々ないんだ。
ブライトが起きているのでもなければダンカンは彼女を徴兵しなかっただろう。彼女は故郷の城で両親と共に殺されていたか、あるいはもっと凄惨な目に遭わされたかもしれない。
命を救ってやったのだから感謝しろと言うのは難しかった。彼女は自身の未来と引き換えに、両親をその凄惨な運命に置き捨ててきたのだから。