はぐれた追慕



 それにしても不可解なのはブライト中にダークスポーンが見せた動きだ。
 オスタガーの戦い以来まったく姿を現さなかったアーチデーモンは、突如としてデネリムに現れた。それもただ飛んできたのではない。召集された軍が南に集結したタイミングで、無防備な首都にダークスポーンの全軍を連れて雪崩れ込んできたのだ。
 私たちが同盟軍を連れて到着すると、大量のダークスポーンがレッドクリフを襲撃していた。実際に村を襲ったのは雑魚の寄せ集めに過ぎず、部隊を指揮できるほど知能の高いものはデネリムの包囲に参戦していたのだが。
 つまるところあれは陽動作戦だった。さも其処が狙いであるかのように数だけ揃えた雑兵でレッドクリフを攻撃し、その裏で本隊はデネリムに向かって行軍していたんだ。

 ダークスポーンなんて本能のままに暴れまわるけだものだと思っていた。その傲慢な油断のせいで、私たちはやつらの“策略”にまんまと引っかかったんだ。
 あれらには知能がある。戦略を持ち、軍として機能している。
 思い返せばオスタガーでもそうだった。あの歪んだ獣どもはケイランの遺骸を谷底から引き上げ、見せしめのごとく磔にしていた。グレイ・ウォーデンでも一般兵でもなく、フェレルデンの王を侮辱したのだ。
 己が殺した人間が何者かを理解している。動物としての無意味な殺戮ではなく、やつらも“戦争”をしている。
 よりにもよってグレイ・ウォーデンの少ないフェレルデンを狙い済ましたかのようにブライトを起こしたダークスポーンは、ただの汚れた獣ではなかった。にもかかわらず私たちはやつらのことを何も知らない。
 ブライトには謎が多すぎる、グレイ・ウォーデンもまた同様だ。いずれ自らの手で調べあげなくてはならないだろう。やつらが再びこの国を跳梁することのないように。
 私の無知のせいでアリスターが磔にされるのは見たくない。フェレルデンの玉座に就いた彼をウォーデンからきっちりと切り離しておくべきだ。私にまだ為すべき役割があるとすればアリスターの王位を守ることだった。
 ……そして、そのためにも、まずは目の前の問題を片づけておかなくてはならない。

 決戦の最中にはブライトに破壊し尽くされたかに思われたデネリムだが、瓦礫を取り払ってみればなんとか人間の住処らしさは保たれていた。
 多くの人が死に、さらに多くの物が壊れても、再起不能ではない。まだ立ち直れる。ダークスポーンは明らかに王宮地区を狙っていたから、ある意味そのおかげで多くの人が暮らす居住区の被害が軽微で済んだとも言える。
 それでも連日の葬儀には未だ終わりが見えない。毎朝毎晩死体を焼き続け、首都の空はずっと曇っていた。
 いいこともある。王宮の修復以上に人手を割いた甲斐あってもうすぐ市場が再開されそうだ。ドラゴン砦が派手に壊れたので、皆に職を与えることもできる。ゆっくりと確実に、フェレルデンは息を吹き返し始めていた。

 目まぐるしい日々の中で皆、絶望に歩みを止めぬよう残された希望を探している。壊れたものを取り除いたあとにはきっとまだ何かが残されているはずだと信じて生きている。
 忙しない声の飛び交う教会前の広場を歩いていた。かつてここに建っていた小さな家はオーガに破壊されてしまったけれど、そこの住人はなんとか生き延びて教会に身を寄せている。
 彼女は私を見るなり表情を歪め、悲哀と疲労を押し隠して怒りをあらわそうと努めていた。
「……女王陛下が私なんかに何のご用かしら?」
 彼女には皮肉のつもりだろうが「グレイ・ウォーデン」と呼ばわれないのは私にとって快い。
 ああそういえば結婚式のことを忘れていたな。まだ私は女王陛下じゃないんだが。思わず苦笑が浮かび、彼女はますますムッとした顔で私を睨んだ。
 家を焼け出された者など数えきれないほどだし、夫と子供を亡くさなかっただけ彼女は幸運だった。これから時間が経てば経つほど彼女のことなど気にかける暇はなくなっていくだろう。
 だからこそ今、私はゴルダナに会いに来た。

「アリスターがマリクの隠し子だというのはもう世間に知られているが、母親の名は不明のままだ。これから公表することも、隠し隠し通すこともできる。あなたはどう思う?」
 もし彼女が王宮とは二度と関わり合いになりたくないのなら、真実はこのまま闇に葬るのが無難だ。だが彼女にもし王の姉を名乗る気があるならば、人生を選ぶ余地は与えよう。
「なぜ今更? ああそう、目を離したら新しい王様のどんな不名誉な噂をばら蒔かれるか分からないものね。そりゃあ私を手元に閉じ込めて監視しておく方が賢いでしょうよ」
「べつに無理して王宮に来いと言ってるわけじゃない。今後の関係よりも現状の支援を望むなら、この場で金を渡そう」
「それでおしまい、手切れ金ってわけね」
「どうとでも受け取ってくれ。私はあなたの望みを聞きに来ただけだ」
 ゴルダナは不快感のやり場に困っているようだ。彼女が嫌味をぶつける相手として私は相応しくなかった。私と彼女には何の関係もない。だからこそ私一人がここへ来たのだが。
 彼女はセイリン家と何の所縁もないけれど、今は確かに王の姉だ。然るべきものを求めるなら王宮に迎え入れよう。そうすれば明日の暮らしを心配することもなくなる。
 それを受け入れたくないとしても、せめて金銭的な援助だけはしよう。家を建て直すか、デネリムを出てハイエヴァーやアマランシンに移り住むことだってできる。
「あなたはどうしたい、ゴルダナ。王の異父姉として何不自由ない暮らしをするか、かつてのように金だけもらって縁を切るか?」

 ここへ来ることを誰にも、アリスターにも告げていない。イーモンたちにバレれば反対されるに決まっているからだ。彼らアリスターの後見人たちはライバルになり得る人物の登場を望まない。
 でも私は、ゴルダナが今さら母の名を世間に明かすことはないだろうと思っている。居なかったことにし続けてきた弟に縋って生きるほど気の弱い女性ではない。彼女はすでに、一人でここまでやってきたんだ。
「くれると言うならもらうわよ。金だけ置いて出て行って」
「分かった。それだと私の懐からしか出せないから、金額に期待はしないでくれ。今後の生活までは面倒を見てやれない」
「他人に縋りついてみじめに生きていくなんて御免だわ。これで片がついて偉大なる国王陛下が満足なさるなら、私のような下賎の者には身に余る光栄よね」
「ああ、言い忘れていたが、まだ陛下には御自身の問題に目を向けている余裕がない。彼はこのことを知らない。これは私の個人的な感傷だ」
「……あなたの?」
「ブライトの前に義姉を亡くした。べつにあなたとは似ていないが。何かしたつもりになって自分を慰めたいだけの、身勝手な自己満足だよ。だから後腐れなく受け取ってくれ」
 本当はずっとこうしようと思っていた。アリスターと彼女が険悪なまま別れてしまった時から、何かすべきだったと悔やんできた。
 これから王宮が正常に機能し始めれば旅の間に得た金もすべてフェレルデンに注ぎ込むつもりだ。個人的に彼女を助けてやれるとしたら、今しかない。

 抱くべき感情を決めかねたような複雑な顔で、ゴルダナは金貨の詰まった袋を見つめていた。
 今ありったけ渡すのはかえって危険だろう。彼女が落ち着く先を考えたあとにもう一度訪ねる方がいいかもしれないな。
「分からないわ。あなたは私とアリスターを和解させたいとでも言うの? それは無理よ」
「そんなつもりはない。受け入れ難い気持ちはよく分かる。以前あなたは無神経だったが、アリスターも同じだった。彼を止めなかった私もね」
「……」
 彼女が異父弟を愛するのはひどく難しい。アリスターはそのことを考えなかった。私は考えたけれど、敢えて無視した。
 何をしたところでゴルダナが母を奪われ一人で生きてきた時間の埋め合わせにはならないだろう。それでも、何もできないまま喪う痛みをアリスターに味わわせたくなかった。知っていれば救えたのに……と、その後悔はあまりに苦い。
「愛さなくても助けることはできる。幸せにできなくても、不幸せを遠ざけるくらいはさせてくれ」
「私たち母子は貧しかったけど、不幸じゃなかったわ。あの赤ん坊が生まれるまではね」
「だがアリスターも、あなたから奪ったもので幸せを得たわけじゃない。あなたには父親がいたが彼にはいない。あなたには母との思い出があるけど、彼は何も知らない」
「……そしてアリスターは、代わりになるものを手に入れた。私と同様に」
 彼が求め得る家族はゴルダナだけだった。そうはならなかったが、そうなったかもしれない義姉のために、一度くらいは無意味な感傷に浸ってもいいだろう。

 重いため息を吐き出して、ゴルダナはようやく表情を和らげた。好意的ではないにしろ、剥き出しの敵意は感じられない。怒ってみせるのに疲れたのかもしれなかった。
 結局のところ彼女にしても、アリスターに対して恨むほどのものはないんだ。
 和解させたいとは思わない。家族になれないのなら仕方ない。でも憎み合わずに済むならそうしたいとは思っている。
「母は気の強い人だった」
「まあ、そうだろうな。あなたを見れば察しはつく」
「うるさいわね。……母は、相手が誰であれ、好きでもない男に言い寄られても受け入れたりしなかったはずよ」
「子供にとっては幸いなことだ」
「そうかもね」
 素直じゃない言い方にちょっと笑ってしまった。彼女のひねくれた物言いはどこか私に似ていた。どうも親近感を抱いてしまう。
 アリスターに伝えるべきだろうか。少なくとも、あなたの両親の間には愛があったようだということを。しかし今は時期尚早だ。もし彼が聞く気になればイーモン伯爵にでも母について尋ねるだろう。その時にはゴルダナの言葉を伝えられる……きっと、いずれは。

「ありがとう、ゴルダナ。邪魔をして悪かったな」
「べつに礼を言われる筋合いはないわ。お金が助かるのは事実だし」
「ならよかった。あなたに主の祝福があらんことを」
「……そちらも」
 結婚して子供ができて、愛すべき家族がどんどん増えていく、その喜びを……アリスターにも知ってほしいな。
 もしいつか、二人がもう一度互いに向き合う気になれたらいい。ここで縁が切れなければ可能性だけは持つことができる。
 私にまだ為すべき役割があるとすれば、果たせる役割があるとしたら、アリスターの居場所を守ることだ。グレイ・ウォーデンなど必要ない。これ以上の犠牲を払わなくても彼にはちゃんと家族がいる。
 きっとこれも私の自己満足に違いない。それでも家族を守るためなら、まだ生きてゆく価値を感じられた。



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