Go Together



 グワーレンに来て最初の狩りだ。聡明な私のハヤブサは見知らぬ土地に戸惑いもせず、じっと獲物だけを見据えていた。空でのハンティングにマバリは連れて行けないから今日は犬舎で留守番している。今頃きっとつまらなそうにウシの骨でもかじっているだろう。
 私の合図で彼女は飛び立った。空を舞う影に向かって突進し、囲いこむように周辺を飛び交って追い詰め、無謀にも立ち向かってくる相手から華麗に身をかわし、疲れを見せ始めた獲物を鋭い爪で捕らえるとまっすぐ私の腕に戻ってくる。ほとんど一瞬の出来事。手際のよさに主人である私すら感心してしまう。
 本当はマバリと一緒に猪を追いかけて、巨大な牙から逃れつつ剣を持って立ち向かうのが好きだけど、故郷でもここでもさすがにそんなこと許されない。だからせめて、ささやかな趣味として、弓矢を使うよりも鷹狩りが好き。
 遠くから射て殺すか逃げられるかの一方的な殺意の矢じゃない、命を懸けた駆け引きを見るのは心躍る。私は結構、こういう野蛮な戦いが好きなんだ。

 馬の鞍にくくりつけた鳥の数は着々と増えている。今日の食卓は豪勢になりそうだ。右腕で誇らしげに胸を張るハヤブサをくすぐっていたら、なぜかロゲインがううむと唸った。
「どうしたの?」
「いや……華奢な腕に見えるのだが。よくちゃんと支えていられるな」
 そう言われて、きょとんと彼女を見た。確かに改めて見ると私の腕は細い枝みたいに頼りない。腕を上げていられるように鳥の方でも気をつかってくれているんだ。だから……ああうん、槍と盾を掲げて馬に乗るのはあんまり得意じゃなかったりする。
 初めて鷹狩りの訓練をしたときに連れていたのは小さな牡のタカだったけど、今の相棒はウェイキング海の断崖で生まれたハヤブサだ。自分より大きなタカだって簡単に仕留めてしまう勇猛な彼女は隣領の主アルフスタナ男爵からの贈り物だった。
 アルフスタナ卿に直接会ったことはないけれど、どうやら私を気にかけてくれているらしいのは感じていた。成人の御祝いにくれたのも大きなハイタカだった。私の成長が見えているかのように、頂く鳥はだんだんと大きくなる。しっかり扱えなければ顔向けできないとはりきったものだ。
 きっとウェイキングの荒波に揉まれて生き抜いてきた力強い人なんだろうと思う。何者にも屈しないこのハヤブサみたいに。
「主従関係を結んでるの。彼女が優秀だから私が非力でも大丈夫なんだ」
 ねーと微笑みかけたのにクルクルと喉を鳴らして答え、ちょっと呆れ顔だったロゲインもそんな私たちを見てふと口元に笑みを浮かべた。
 理解を得られるっていうのはいいものだ。私はハヤブサの望むところを察知して腕を差し伸べ、その心を知っているから彼女は私の求める通りに飛ぶ。主人は従者を信頼し従者は主人を支えて、それは私が理想とする関係だった。

 あとは自由に飛べばいい。狩りは終わりと空に放てば彼女は好きなほうへと翼を広げた。私たちが城に帰ればきちんと後をついてくる。これも信頼関係だ。
 こうやって息抜きに狩りに出て、ロゲインと馬を並べての道行きは楽しい。べつに何かつらいことがあったわけじゃないんだけど、そろそろ退屈してきたのに気づいてもらえたらしいのが恥ずかしくて嬉しかった。今日は久しぶりに心が解放された気がする。
「あなたは、女だからあれこれするな、って言わないからいいよね」
「……ん?」
 詩を読みいつも韻を踏んだ優雅な会話を心がけ、客人をもてなし、昼日中から刺繍に励んで。淑女のたしなみを私も一応、教わってはきたけれど……。
「男でも女でもやれることをやればいいし、できないことはしなければいい。それだけの話だ」
「私の母さんは、女には女の仕事があるって。でもそれは私のしたい仕事じゃなかったんだ」
「彼女は戦争を経験しているからな。お前には戦いの場に立ってほしくなくて、奥向きの仕事を与えたのだろう」
「感謝はしていますけど、私はこういうのが好きだから」
 血を流して命を奪い合うのも生きていればこその営みじゃないか。やがて訪れる苦痛も含めて戦場で得るものすべてが糧になる。そこで出会う誰かとの密接な関わりが愛しい。一番にはこの手で剣を持って戦うのが、二番は他者の戦いを見るのが、楽しくてたまらない。それでもまあ望まれるなら大人しくしているんだけど。
 けど……ほんの少し、もどかしく思うこともある。
「やっぱり、狩りに行っていいって言われて嬉しかった。野蛮だとか怒られなかったのが」
「……気を削ぐようで悪いが、私もお前が狩りに励むのはあまり歓迎していないぞ」
「そうなの? でも、女らしくないからなんて理由ではないんでしょう」
「ああ、そんなことじゃない。……近頃めっきり筋力が落ちてきたからな。お前が、自分も襲われそうなほどの大きな得物を軽々と扱っているのを見ると悔しくなるんだよ」
 背負った強弓は若い頃からの愛用品。力が弱ったなんて言いつつロゲインは今日も私が引けない弓でどれほどの獲物を射止めただろう。よく見れば大きな鉤鼻も獲物を逃さない鋭い視線も猛禽のよう。夫の横顔を眺めながら、私は優れた鷹匠だろうかと悩む。

 最近では、年下の妻にいいように操られている、と噂されることもある。彼が悔しがっているのはそんな自覚があるせいかもしれない。それはもちろん錯覚で、私はロゲインを操ってなんかいないけれど。
 彼は強大で賢明だ。従わせるのは簡単じゃない。それよりも私は彼と対等でいたいし、信頼で結ばれ支え合う関係でいたい。命じられればどこへでも飛び、その腕の中へと帰りつく。そうでなければ。
「あなたの矢が届かないところへ私が鳥を飛ばして、私には引けない弓をあなたが使う。そういうやり方でいいんだろうか」
「いいんじゃないか。お前がそうしたいなら」
「うーん」
 バランスはとれていると思うんだ。でも何かひとつ欠けてる気がしてならない。狩りをしていれば私は確かに楽しいけど?
「……強いて言うなら、私は妻の手料理を食べるのが好きだな。だから今夜は、期待していよう」
「!!」
 ああそっか。私は戦いが好きだけど、血に餓えているわけではない。穏やかに過ごすのも苦ではなかった。それは母さんが私に平和を望んだから、私が母さんの望みに応えたかったからだ。期待されれば応えたくなり、そうやって信頼が生まれる。
 ロゲインが私の望みを叶えてくれたから次は私が彼のために、仕込まれた腕を発揮するべきなんだね。なるほどこれですっきりした。今晩の食卓は、確かにとても豪勢になりそうだ。



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