Glory of Sunrise



 小さな窓の外にカレンハド湖の向こうから太陽が昇ってくるのが見えた。清冽な空気が身を包み、厳粛な気持ちになる。朝早くに目覚めて光輝く湖面を眺めるこの時間だけは、魔道士の檻たるサークル・タワーを好ましく思えた。
「おはようジョワン」
「ああ、おは……」
 しかし背後から聞こえた馴染み深い友人の声に振り返った瞬間、それまでの清しい気分もどこへやら、ジョワンは硬直する。
「なっ、デイレン!? どうしたんだい、その格好は」
 外界の者には男のスカートだなどと揶揄される魔道士のローブだが、今デイレンが身につけているのは紛れもなく世の淑女たちが着るのと同じスカートだった。淡い紅色の布を腰のあたりで絞って留めており、華奢な少女ならば可愛らしいのだろうけれども頑健な体つきのデイレンはまるでチェイスンド人が腰巻きでも着けているようだ。
 上半身には白い麻のシャツ、重ねて着ている革のベストは胸の部分が不自然に出っ張っている。これもおそらく女物だろう。
「似合う?」
「いや、微妙だよ」
 そもそも似合って嬉しいのだろうか。屈強な体躯で威圧してくるテンプル騎士たちほどではないにしろ、貧相なジョワンと比べればそれなりに体格のいいデイレンだ。ふわふわと柔らかな色合いがまったくもってミスマッチだし、肩幅も腰の太さも男らしすぎて不気味なことこのうえない。

 彼には女装趣味があったのか……。数少ない友人を簡単に失いたくはないものの、理解の範疇を越えたその外見的違和感に冷や汗をかいた。そんなジョワンを尻目に彼は全く困ってないような顔をして肩を竦める。
「いや困ったよ、朝起きたら服がなくなってたんだ。代わりに置いてあったのが女物ばっかりでさー」
「あっ、ああ、そうなのか」
「隣のやつのクローゼットから着替えを盗もうかと思ったら、鍵が開けられなくてな」
「それは大変だったね」
 友の個人的な趣味が露見されたのではなく、やむにやまれぬ真っ当な事情があったのだ、そう安堵しかけたのも束の間。
 服がなくなっていた? それはいわゆるイジメというやつではないか。サークル内に蔓延る悪質な嫌がらせほど酷いものではないけれど、少なからず感じられる悪意にジョワンは眉をひそめた。
「誰がそんなことを?」
「さあな。べつに誰でもいいよ。私はあまりにも非凡だから愚鈍な輩が嫉妬するのも致し方ないことだ」
 そういう物言いが嫌われる原因じゃないかとは思いつつ、心底苦にしていない様子のデイレンに呆れやら尊敬やらいろいろな気持ちが渦を巻き、それらをまとめてジョワンは小さな溜め息を吐いた。

 見習いの中でもかなりの若手でありながら実力派で、筆頭魔道士にも目をかけられている彼が、他の魔道士たちのやっかみを受けているのは真実だ。
 本当に重要なのはデイレンの能力が優れているということなのだが、閉塞感に飽いた者たちは鬱憤の捌け口となる相手がどうしても必要だった。デイレンはその相手に選ばれてしまったのだ。
 デイレンは理解していた。内には悪魔、外にはテンプル騎士と敵対者に事欠かない魔道士だが、互いとて味方ではないことを。結局のところ魔法の力を蔑む気持ちがあるのは他ならぬ魔道士も同じなのだ。
 己の中にある矛盾を持て余し、怒りをぶつける相手がいなければ病んでしまう。
 デイレンが強いからこの程度の戯れで済んでいる。八つ当たりされても気にしない人物だと皆が知っているからこんな悪戯の相手にされる。か弱い者が標的になればもっと厄介なことになるから――悪戯の犯人だけでなくデイレン自身さえも納得している、いわば緊張を和らげるための儀式。
「君は時々すごく心が広いな」
「そう? 自分では時々じゃなく常々寛大だと思ってるんだが」
「まあ、ある意味ではね」
 この冷たい塔の中で安らぎを分かち合える、友と呼べる存在を得られるのは稀なこと。彼をからかって困らせた誰かも、おそらくはそんな心の広いデイレンに己の身勝手を許されたがっているだけなのだろう。

 改めて不格好なデイレンを眺めた。何も律儀に上下きっちり着てしまうことはないだろうに。それこそ寝間着のままジョワンでも他の友人でも訪ねてローブを借りればよかったのだ。こんな風にスカートなんか穿いて他人の笑い種になる必要はない。
 だがそれを敢えてやってのけ、自分でも楽しめてしまう彼の性格がジョワンはとても好きだし、それ以上に羨ましかった。
「君みたいになれたらな、って時々じゃなく思うよ」
「えっ、スカート貸そうか? ジョワンの分もあるよ」
「いらない、そういう意味じゃない」
 朗らかに笑う顔がいいなと思う。デイレンはサークル・タワーにいてさえ自由を謳歌しているようだった。自ら楽しみを見出だせる、それこそが魔道士に最も求められる才能ではないだろうか。
 あくまでも人生を幸福だと言ってのける友から視線を逸らし、窓の外の朝陽を見つめてジョワンは眩しげに目を細めた。



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