奇病
ソロナは喉からぽろぽろと金平糖が出てくる病気です。進行するととても惚れっぽくなります。珊瑚が薬になります。 http://shindanmaker.com/339665
騎士団長が廊下の角を曲がっていくのを見かけた。普段は見習いの私が立ち入れる区画になんて現れない彼がこんなときばかり見計らったように目の前を通るのだから運命を感じてしまっても無理のないことだ。急いで追いかけて、ごっつい鎧の肩当てを掴み、こちらの顔を見てすぐ怒りの表情に変わりかけた団長が何か言う前に口づける。
情も厚みも薄い唇はなんとも味気ない。舌を突っ込んでさえ動揺した様子はなかった。口を離すと団長はしばし私を睨みつけ、ドスの効いた声で脅しをかける。
「……舌が甘い。また悪化したのか。なぜちゃんと治療をしないんだ!」
だってそれはと言い訳しかけたところへ、胃が持ち上げられ胸につかえるような感覚に思わず口を押さえた。何度か盛大に咳き込んで、一呼吸のあと口を押さえていた手のひらを見つめる。そこに吐血の跡でもあれば儚くも美しかろうが、私の手には金平糖が乗っていた。
団長は忌々しげにそれを睨むと引ったくって握りつぶす。ああもったいない。
小さなものとはいえ固形物を吐いた違和感がまだ喉に残っている。金平糖を口に放り込み、ガリガリと噛み砕けば途端に甘ったるさが広がって幸せな気持ちになれるのに、団長が壊してしまったのだ。
どこか北の方の暑く乾いた国で生まれたというこの奇妙な菓子が、どうして寒くて湿ったフェレルデンに暮らす私の喉から吐き出されるのか理屈はさっぱり分からないけれど、美味しいからいいやと私は思う。しかし騎士団長閣下はこの金平糖が大層お気に召さない様子だった。
見た目の暢気さもあってあまり深刻に感じないけれども、これはれっきとした病なのだ。
どんなに優れた癒し手も匙を投げる奇病。といっても症状はこの通り「喉から金平糖が出てくる」というだけのことで特に困るものでもない。夜中に吐いたら虫歯になりやすい、ってくらいだろうか。あとはまあ甘いものが苦手な人間なら悲惨だろうが、幸いにも私は偏食しない主義だった。
小さくてカラフルな星くずは見た目にも楽しい。疲れたときにすかさず甘味を摂取できる。病でありながら癒しでもある。なんとなく役得にすら思えて素晴らしい。だからちゃんと治療する気になれないのだった。
騎士団長は鎧下の隠しから粉薬を取り出して私に押しつけた。中身は砕いた珊瑚。これまた突拍子もないが私の病の特効薬であるらしい。なぜ団長殿がそんなもの持ち歩いているかといえば、それは彼が私の奇病の被害者だからだった。
病それ自体は金平糖を吐き出すだけの無害なものだ。しかし過剰な糖分摂取がいけないのか進行すると患者の精神状態にも影響を及ぼした。私の場合、どうにも惚れっぽくなる。男でも女でも人間でもエルフでもテンプル騎士でもメジャイでも見境なくちょっかいを出してはとにかく触れたくなる。
ジョワンなんかに言わせれば「いつもと大して変わらないよ」らしいけれど、そのいつもでさえ煩わしい団長殿は私の顔を見るなり薬を突っ込みたいくらい治療に熱心なのだった。
「早く薬を飲むんだ。お前のそれは精神に隙を作る。悪魔はきっとお前が我を失うのを待っているだろう」
「我を失わなくても私はあなたを追い回すけどなぁ」
「いいから飲まんか!」
「はいはいはい」
返事は一回、とか母親みたいな言い方にニヤニヤしつつ珊瑚の粉末を流し込む。結局、元から惚れっぽい性質だからこの薬が本当に効いているのかどうかよく分からなかった。
私がちゃんと薬を飲むか直々に見張っていた団長殿が不意に顔をしかめ、口に手をあてた。覚えのある仕種に首を傾げる間もなく彼が激しい咳をする。ややあって顔面蒼白。口を覆ったまま離そうとしない手を無理やり引き剥がすと、案の定その武骨な掌にかわいらしい金平糖が乗っていた。
「ありゃー。伝染したかな? あれだけベタベタくっついてたら無理もないか」
「な……なんだその言い種は。もう少し反省の色を見せたらどうだ」
「しょんぼりー」
「口だけか!」
これで団長殿も惚れっぽくなるのだろうか。まったく想像できない。でも症状は人によって違うというからどうなるかは分からないか。
誰かに触るのは好きだ。誰かと仲良くするのも好きだ。近づくのは理解の第一歩。私はきっと支配欲が強いんだろう。見知った相手のことならどこまでも知りたくなってしまう。この病にかかる前から、しょっちゅう誰にでも手を出していた。特にグレゴーが被害を受けていた。
なぜ治療しないのかと聞かれたっけな。だってそれは、悪化した方が都合がいいからだ。惚れっぽいのは病のせいだと言い訳して向かって行けるじゃないか。
金平糖の甘さに脳が沸き立ち、より欲深くなっているのだとしたら、それは彼に集中して向けられているに違いない。いつも通り、いつも以上に、その背中を追いたくなった。
団長殿の手から引ったくった金平糖を口に放り込む。本人の心も意に介さず甘かった。私と同じ味がする。それがまた妙に高揚するのだ。