さしずめごっこ



 内乱が激化するにつれアリスターが王になるべきかもしれないと考えることが増えてきた。
 ケイランが死んだところでアノーラ女王が生きていれば事足りると、私はそう思っていたのだけれど、女王を担いでいるはずのロゲインが未だに混乱をおさめられずにいるのも純然たる事実だ。
 諸侯を、そして民衆を納得させてフェレルデンを一つにまとめるため、能力以上のものが必要とされている。
 五年間の治世によって女王は民衆に受け入れられているけれど、諸侯はあくまでも王の子ではない彼女に玉座を明け渡すのが気に入らないらしい。というよりも、ロゲインが実権を握るのならば自分でもいいはずと欲をかいたのか。
 ブライトの迫る今、フェレルデンは血の正統性を求めて不毛な争いを続けていた。誰もを納得させられるただ一人の王が必要ならそれはマリクの血を引くアリスターしかいない。彼自身が望もうと、望むまいと。

 もし私がハイエヴァーを手放していなければ、この混乱にどう加わっていただろう。もし父さんが生きていたら、イーモン伯爵に縋りつくまでもなく、ずっと迅速で大胆な行動をとれたはずだ。
 権力を手にしていれば、動かせるのは自分の手足だけではない。多くの人が権力に付き従って動くのだ。正当なハイエヴァー公爵がロゲインと敵対するか、あるいは彼に同調していたら、内乱の行方は大きく違っていた。
 もしもアリスターが玉座にあれば、それ以上のことができる。彼は父親の無分別を嫌悪する前に、その血によって得られるものを考えてみるべきだ。
 レッドクリフで初めてその話を聞かされて以来、自分のことで頭が一杯だった私は彼の血筋にまったく関心を寄せていなかった。アリスターはそんな私の態度に見当違いの好意を感じたようだけれど、その齟齬を正すなら今だろう。
 彼が王位からの逃げ道にしていた家族の像が壊された今こそ説得するには最適の機会だ。……頭では分かっていた。なのに言葉が出てこない。
 アリスターが傷ついてる、そんな当たり前の事実にこうまで動揺する自分が理解できなかった。
 彼は王になるべきだ。でも彼がそれを望まないなら、私には言えなかった。

 今しがた出てきた家を努めて視界から外し、アリスターは無理のある笑みを見せた。
「あー、この町に来たのが何年か前のことに思えるよ。何しに来たんだっけな?」
「……こんな結果になって残念だ」
「そうだな。でも……予測しておくべきだったのかもしれない。今にして思えば」
 彼が夢見ていたものが何か、私は知っていた。サークル・タワーでアリスターの悪夢に迷い込んだ時にそれを見た。愚かしいほど非現実的な理想……純粋すぎる、家族への憧れを。
 ゴルダナが異父弟の存在を知らなかったはずがない。そして彼女が彼をどう思っているかも予想はついた。家族の温もりなど求めて姉に会えば、アリスターが不快な思いをするだろうと分かっていた。
 でも旅の身空で彼女の安否を気にし続けるより、とにかく無事でいることだけでも知れた方がいいかと思ったんだ。その選択が正しかったのかどうかは、後悔する段になるまで分からない。
「……誰だって自分のことで精一杯なんだ。彼女も……私も。あなたも、自身の人生に望むものを、他人に求めるべきじゃない」
 アリスターにとっては半分血の繋がった家族、しかし彼女にとっての彼は、母親を奪い去った身勝手な男の息子に過ぎなかった。
 娘に不名誉だけを残して死んだ母親に放り出されて以来ただ一人、貧困に喘ぎながらなんとか暮らしてきたゴルダナに、この弟を愛する余裕がなかったとして誰に責められる? でも……。

 もしかしたらゴルダナは弟の存在を知らなかったかもしれない。もしかしたら彼女は今とても孤独で、突然現れたアリスターを家族として暖かく受け入れてくれるかもしれない。そういう可能性もないではなかった。
 たぶん私も夢を見ていたんだ。もし義姉が生きていたら、もし私にまだ帰る家があったら。もし私をまだ、愛してくれる人が、いてくれたなら……。そんな夢に巻き込んで、アリスターを傷つけてしまった。
 私は彼を止めるべきだったんだ。異父弟を憎んでいるであろう姉になど、会わせるべきではなかったのに。
「……アリスター、あなたの姉さんは少し、無神経だったかもしれない。でも余裕がないのは彼女のせいではない」
「分かってる……彼女だって親に人生を台無しにされた被害者だ。同情してるよ……」
 彼は意外にも憂いのない表情で空を見上げた。自棄になっているのだろうか。
「そう、同情はしてる。でも不思議なくらい、それだけなんだ。拒絶されて罵倒されて、そんなもんだと納得してる部分もある。結局のところ彼女は俺にとって他人なんだよな。何を求めたかったのか、よく分からなくなった」
 うまく想像もできなかったようなものを失っても実感はない。あまり痛くはないもんだな。そう言ってアリスターは笑った。さっきよりいくらか声が乾いている。
 私はそれが本当はどんなものだったのか知っている。アリスターが求めてやまないものが、どれほど優しく柔らかくあたたかに心を包んでくれるのか、知っていたのに。

 きっとアリスターは、父親への嫌悪を更に深めてしまっただろう。
「あなたの家族を壊したのは王だ。そしてあなたは、その王になり得る存在だ」
「おいおい、こんなことの後で『よーし俺も王様になりたい!』なんて思うわけないだろ。彼女と俺をこういう関係にしたのが誰か知らないのか?」
「権力を持つものは確かに他人の人生を台無しにできる。でも、何を為すか選ぶのは自分自身だ。権力を使って事を良い方向に向かわせることもできる」
「だから? バカの息子はバカに決まってるさ。それとも今さら俺に、王になれって言うのか? お前まで?」
「王になれとは言わない。ただ……アリスター、その手で何ができるのか、考えてほしい。よく考えて、自分で決めるんだ」
 私なら、もし地位を取り戻せるなら今すぐにもハイエヴァーに戻るだろう。もし私が王の隠し子だとしたら、望む人生を歩むために玉座を手に入れるだろう。
 一介のグレイ・ウォーデンなどではなくイーモンやロゲインと……ハウ伯爵と……並び立てる地位にあれば、自分の命を他人の好き勝手にさせることなどなかった。

 私の言葉への返答は曖昧に濁して、アリスターは暗く淀んだデネリムの空を見つめている。ともかくまだ何も終わっていないし、変わってもいない。私たちは進まなければいけない。
「さて、無意味な寄り道だったな。これからどうする?」
 諸侯会議までに協定書にある同盟軍を集めなければいけない。とはいえ、すぐブライトの真っ只中に戻る気にはなれなかった。
「レヴィ・ドライデンに会いに行こうか。ここからなら彼の言ってた洞窟はそんなに遠くない」
 もしドライデン家の名誉を取り戻せるなら、彼らは有力な味方になる。
 かつてのウォーデン提督が本当にレヴィの望み通り潔白だったとしたら、グレイ・ウォーデンを批判するロゲイン公爵への対抗手段にもなり得る。この混乱の中で大昔の反乱について諸侯に証明するのは難しいが、少なくともひとつの攻撃にはなるはずだ。
 でなくても、大きな商隊を持つ彼の一族と懇意にしておいて損はない。

 アリスターはどこかぼんやりしたまま頷いた。
「ソルジャーズ・ピークか……ダンカンが守れなかった約束を果たしに行くんだな」
「えっ、あ、……ああ」
 そういえばレヴィはそんなことを言ってただろうか。思いがけない名前に冷や汗をかいた。忘れようと意地になっていたのかもしれない。あの男の尻拭いをしているのだと思いたくなかった。
 表情を強張らせた私に気づかず、アリスターは暢気に呟く。
「ピークは寒そうだなぁ」
「せっかくデネリムにいるんだ、装備を整えて行こう。そのために立ち寄ったんだと思えばいい」
「ああ、そいつは名案だ」
 私がダンカンやグレイ・ウォーデンを憎んでいることと、アリスターが彼らを愛していることに何ら関係はないはずだった。近頃では無性に腹が立つ。これはまるで嫉妬みたいだ。
 アリスターは王になればいい。冷酷無慈悲なウォーデンなんかより余程似合うに違いない。だから彼自身がそれを望むまで、私は王になれとは言わないんだ。



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