サウザンド・サニー号は二年の月日を経て、『麦わらの一味』を乗せてシャボンディ諸島を出航した。目指すは魚人島。航海するのは海中。レイリーから教わったコーディング船の操縦方法について、ナミは頭の中で復習しながら、チラチラとサニー号後方の扉を気にしていた。
出航してすぐ、チョッパーはジェシカを連れて医療室に向かった。ジェシカの身体中に巻かれた包帯や湿布を変えて、診察をするためだ。ナミはジェシカに再会できた嬉しさと、再び仲間と証明された安堵と、彼女の身体の心配で混乱してしまいそうになっていた。
チョッパーとジェシカが甲板を離れてしばらく、サンジがひっそりと船の中に入っていった。ナミはそれに気づいたが、かける言葉が見当たらなかった。サンジの横顔があまりにも強ばっていたからだ。あんな表情でサンジは料理をしない。ならば考えられる行先はひとつ、医療室だ。
サンジは再会した時から、ジェシカについて何か知っているようだった。ジェシカの状態について打ち明けた方がいいと、ゾロと言い合いになっていた。その後も『仲直り』したルフィとジェシカが戻ってくると、耳が聴こえるようになったことを誰よりも喜んでいた。
――ずるい。
ナミは心の隅でサンジに嫉妬した。ずるい、ジェシカのことを知っているだなんて。ナミはこの二年間、ウェザリアにて、ひたすら天候に関しての知識を磨いてきた。シャボンディ諸島に到着してからは、仲間との再会――ジェシカと再び出逢えることを心待ちにしていた。
しかし、再会したジェシカは言葉が話せず、直前まで耳も聴こえない状態だった。怪我の後遺症だとサンジは話していたが、ナミは真実が知りたかった。ジェシカに何が起きたのか、声も出せず耳も聴こえない状態になった引き金はなんだったのか。だってきっと、サンジとゾロは知っているのだ。二人の様子からして、ジェシカの怪我の秘密についてひた隠しにしている。
――私が知っては、いけないこと?
ナミは航海の最中、扉を見つめて考える。
私だって、ジェシカの力になりたい。ジェシカのためならなんだってできる気がする。怪我するジェシカを支えてやって、一緒に冒険を楽しみたい。そう心から強く思っている。
――今頃、サンジくんはジェシカと話しているのかしら。
胸がズキンと傷んだ。サンジは仲間の中でも一等ジェシカのことを気にかけているのを、ナミは気づいている。自分やロビンに対して鼻血を噴出するような事があっても、ジェシカ相手には絶対にそれを行わなかった。掛ける言葉や振る舞いが、ほかの女性に対してとジェシカでは、どこかが違う。ただの女の勘に過ぎないと思うこともあったが、ナミは考えられる可能性の中で、一番ひどいことすら想像していた。
――サンジくんも、ジェシカのことを……。
もし、そうだったならば。それは自分がジェシカに向ける感情と同じだった。この二年燻らせた恋情を、サンジも似たように感じていたということか。
ナミは周囲にバレないよう小さく溜息をつく。よりによって、恋敵は女に目がないサンジである。それが、相手がルフィやゾロだったら違ったのかもしれない。しかし、相手はあのサンジだ。ナミはギュッと拳を握る。
――私、私は、ジェシカのことが……。
自分の想いを自覚すればするほど、なぜだか世界に一人きりになったような孤独感と弱さを感じてしまう。地に足がつかないような覚束無い感覚に、ナミは下唇をきゅっと噛む。
バタンっと扉が閉まる音がして、ナミは振り返った。そこにいたのは、チョッパーの診察を終わらせたジェシカだった。サンジに手を取られ、エスコートされるように甲板にやってくる。サンジにつられて上空を見たジェシカは、海の中の風景に目を丸くしていた。
ズキン。ナミの胸がまた痛みを抱える。海中を見上げるジェシカを見るサンジの表情に、ナミは目を逸らしたくなった。彼の顔は、ジェシカが愛おしくて堪らないといった雰囲気を醸し出している。ナミは唇が震えた。
「ジェシカー! こっち来て!」
堪らずナミはジェシカに声を掛ける。ジェシカは海中を見上げるのをやめて、ナミに顔を向けた。赤い瞳と目が合う。海中だからか、ジェシカはサングラスを掛けていなかった。手を挙げてナミに返事をし、ジェシカは近寄ってくる。
ジェシカを見送るサンジとバチりと目が合う。ナミはサンジにウインクを浴びせた。たちまちサンジは鼻血を噴出する。遅れて甲板に現れたチョッパーの叫びを聞きながら、ナミは近づいてきたジェシカと肩を組んで、海中を一緒に見上げた。
――謝ってなんか、やらないんだから。
「ジェシカ、会いたかったー!」
サンジの鼻血を必死に止めようとするチョッパーの慌てる声を聞きながら、ナミはジェシカと再会できた嬉しさから彼女を抱き締める。怪我に障らない程度の力でゆっくりと抱き締めると、ジェシカの小さく笑う呼吸音が聞こえた。控えめに背中に腕を回して抱き締め返してくれた。
嫉妬だなんて絶対に口に出してやらないけれど、ナミはこれからもサンジの体調を逆手にとってジェシカと一緒にいる機会を増やそうと心に決める。
ジェシカの温い体温と柔らかさに胸を高鳴らせながら、ナミは困難を極める恋路を少しだけ憂いた。
22,08.13